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ねこむすび
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戸の前で足音が止まり、すぐに戸が開いた。
「ハイボールとチャイナブルーお持ちしました」
盆を持った店員が入り、空いた皿の間を縫うように二つのグラスを置く。
真希の前には、氷の詰まったハイボール。もう一つは、細長いグラスの中で青い液体が照明を透かしていた。
「空いてるグラスお持ちしますね」
店員は真希の空になった生ビールのジョッキと、美帆のグラスを盆へ載せた。料理の皿が減った分、テーブルの中央にもようやく隙間ができ始めている。
大輝は青いグラスへ目を止めた。
「チャイナブルー?」
「あたしあたし」
美帆が右手を上げ、そのままグラスを引き寄せる。
向かいでは陽斗が唐揚げを箸で摘んだ。
「チャイナブルー好きだよね」
「そう。好きなんだけど、いまだに何入ってんのか知らないんだよね」
美帆は笑いながら一口飲んだ。
氷が傾き、グラスの内側で鳴る。
大輝は枝豆の鞘を皿へ置きながら、青いカクテルをもう一度見た。
「ライチとグレープフルーツとキュラソーでしたっけ」
「ああ、だからなんか混じってる味なんだ」
美帆が納得したように言い、もう一度口をつける。
陽斗は唐揚げを口へ運んでから、美帆を見る。
「カクテルをなんか混ぜた味って食レポで言ったら相当ガバガバすぎね?」
「そうだよね。全然なんのお酒なのかピンとこない」
真希が笑い声を上げる。
さっきまでの生ビールより細いグラスを手に取り、ハイボールを一口飲んだ。氷が崩れ、テーブルへ戻したところでまた小さく鳴った。
「いやいや。レディキラーカクテルみたいなのは流石に飲んでるうちに気づくよ」
美帆はチャイナブルーを持ったまま返した。
真希は箸を伸ばしかけていた枝豆から手を止める。
「ロングアイランドアイスティーだっけ? バーかなんかで出されたのって」
陽斗も箸を止めた。
「ヤバいカクテルじゃないっすか、それ。ウォッカとジンとラムとテキーラとキュラソー」
並べられた名前を聞いて、大輝は陽斗へ顔を向ける。
「そこだけ聞くとコナンの黒の組織大集合してるわ、めっちゃヤバい」
「テキーラって黒の組織にいたっけ?」
「いたよ。関西弁でうっかりトイレかなんかでカバン開けて爆死した一発屋。キュラソーは天海祐希」
「マジか。俺全然コナン観てねえから覚えてないや」
陽斗は首を傾げ、コーラを一口飲んだ。
陽斗がグラスを置いたところで、真希が大輝へ顔を向ける。
「結構コナン観てるの?」
「そういう訳じゃないんすけど、今サブスクでコナン映画やってるから、暇つぶしに陽斗と観てるんすよ」
大輝はそう答えながら唐揚げを一つ取り、口へ運んだ。
「なんか今Huluでやってるよね、あたしも観てる」
美帆も酢モツを摘んだ。
「仕事終わってからずっとタブレットで観てるよね。私もスマホ触りながらコナン映画見てるけど、何かしらコナンくん破壊してない?」
真希はハイボールを持ち上げたまま笑った。
「ですね。一番ヤバかったのはシンガポールのマリーナベイ・サンズ破壊っすね。そもそもあの話ってコナンくんが『空手の試合みてえから、哀ちゃん、解毒剤くんね?』って頼んで断られるとこから始まるんで」
隣で真希がまた笑い、ハイボールの氷が揺れた。
「それでなんか眠らされてシンガポールにポツンと送られちゃうんだっけ」
「エスパー伊東みたいに『はいぃぃ』ってスーツバッグの中に入って密入国した感じで」
「あれ、X線検査よく通ったよな」
陽斗がコーラを持ったまま相槌を打つ。
「どうやって通ったんだっけ? なんか言ってたけど忘れちゃったし、コナンくん日サロで焼いた感じになったのは覚えてる」
美帆はチャイナブルーを一口飲み、グラスを料理の皿の脇へ戻した。
「日サロで焼いたから、蘭姉ちゃんもコナンって認識してなくて、『黒田アーサー』みてえな日系人ですってゴリ押しで騙されてたんで。アーサー・ヒライって名乗ってる時点で、僕コナンですって言ってるようなもんなのに」
真希がグラスを持ったまま、笑いを含んだ声で訊いた。
「なんか理由あるんだっけ?」
大輝は唐揚げの皿へ伸ばしかけた箸を止めた。
「あいつ、頭いいですってイキりつつなんにも考えてねえから、江戸川乱歩の本名の平井太郎と、アーサー・コナン・ドイルから捩って名乗ってるんで」
美帆がチャイナブルーのグラスを置き、呆れたように眉を上げた。
「蘭姉ちゃんよく気付かなかったね」
「蘭姉ちゃんたぶん、視力悪いんすよ」
真希がハイボールのグラスを口元へ運びながら、また小さく笑う。
向かいでは、陽斗が思い出したように顔を上げた。
「海賊がうっかりマリーナベイ・サンズにロケットランチャーぶっ放すんだよな、確か」
「そうだよ。『あ、ヤベッ』って胡椒入れ過ぎた感で破壊しちまうからさ」
真希の口元が引きつった。
グラスを置き、唇を噛んで堪えようとする。だが、胡椒の瓶を振り過ぎた手つきが頭に浮かんだのか、鼻から勢いよく息が抜けた。
「胡椒入れ過ぎた感てなに!」
言うなり、真希は背もたれへ身体を預けて声を上げて笑った。隣の個室の話し声が、少しの間だけ止まる。
「そんな軽いノリで撃ったんだっけ?」
美帆が聞いてくる。
「いやマジっすよ。『キッド殺すわ』って飛んでる所狙って案の定ミスってるんで。とりあえずマリーナベイ・サンズでド派手に暴れて、最終的にはコナン御一行入国ビザ降りなくなったんで」
大輝はそう言いながら、枝豆を一つ鞘から押し出した。
美帆がチャイナブルーのストローを指で弄りながら、首を傾げる。
「確かにその次から日本舞台ばっかになったよね。やっぱりビザ発給ないの?」
「まあ、密入国した挙句にマリーナベイ・サンズぶち壊したんで。逮捕されてないだけマシかなって」
大輝が答えると、隣で真希がまたグラスを置いた。
膝の上で両手を握り込み、俯いて堪えようとする。背中が細かく震え始め、鼻から息が漏れた。
「あっはっはっはっ! 逮捕って!」
真希はテーブルに肘をつき、額を手のひらへ預けたまま、遠慮のない声を響かせた。通路を歩いていた店員が、戸の隙間から一度だけこちらを見て通り過ぎていく。
「今までコナンの映画観て、マリーナベイ・サンズ壊したから海外行けないって発想思いつく人いないよ」
真希は指で目尻を拭いながら、大輝へ顔を向けた。
「マジでそうとしか言いようないんすよね。ずっとそこから国内舞台になるんで」
大輝は箸で枝豆の鞘を皿の端へ寄せた。
「それでも東京タワー蜂の巣にしたり、長野の天文台にご迷惑かけまくるんで。あ、サクッとテレビ局も破壊してたかも。ぶっちゃけ迷惑系YouTuberよりもタチ悪いっす。ざっくり言うとへずまみたいなもんっすね」
大輝はビールを一口飲み、ジョッキをテーブルへ戻した。
隣では真希がまだ笑いを引きずっている。斜め向かいの美帆も口元を緩め、陽斗は唐揚げを咀嚼しながら大輝を見ていた。
戸の向こうから、別の席の笑い声が聞こえてきた。
「蘭姉ちゃんが実弾避けたのは、アパッチヘリで東京タワー蜂の巣にした時だっけ?」
陽斗がコーラのグラスを置きながら訊いた。
「そうそう。新一とデート中に『ライフルよりもピストルの方が弾遅いんやで』って言われたの思い出して避けたんだけど、俺あのセリフ聞いてさ『どんなデートしてんの?』って思わずソファーから起きてテレビに話しかけちゃったんだよな」
「それな。しかも背景遊園地だったしな」
「そう。で『京極さんみてえにライフル無理っぽいけどピストルならイケる』て蘭姉ちゃんガンギマリだから俺の話聞いてねえの」
大輝はテーブル脇に置いていた煙草を一本取り出した。
口に咥えてライターを擦る。火を吸い込むと先端が赤くなり、細い煙がジョッキの脇を上がっていった。
大輝は煙が真希の方へ流れないよう顔を外して吐き、灰皿を自分の手元へ少し寄せる。
隣では、真希がハイボールのグラスを持ったまま肩を揺らしていた。
「結構コナンくん詳しいよね。ちゃんと観てたんだ」
真希が大輝へ顔を向ける。
「いやいや、俺ホントはサブスクで別の映画観たいんすけど、陽斗が適当に流してるから」
大輝は煙草を指に挟み、向かいへ顎を向けた。
「Huluだとたまに期間限定で定期的にやるから話のネタに観てんすよ。大輝いちいちツッコミ入れてくるから聞いてて面白くて」
陽斗はそう言って、唐揚げの皿へ箸を伸ばした。
真希はハイボールを口元へ運びかけたところで陽斗を見た。
「なんか今のモビ大生って、昔と違う気がする」
グラスを少し傾けて一口飲み、テーブルへ戻す。
「私の頃のモビ大生って、ずっと車の話しかしないタイプだったし、服もお金ないからTシャツにジャージみたいな子達だったよ」
真希は大輝と陽斗を順に見た。
「見えないっしょ」
美帆がチャイナブルーのストローから口を離し、陽斗の方へ顎を向けた。
「うん、ていうか大輝くんて全く車の話とか飲み会でしてこなかったから、ちょっとびっくりしてる」
真希はそう言いながら、ハイボールのグラスを指先で自分の方へ寄せた。
「俺とか陽斗はな、TPO弁えたタイプだから。な?」
大輝は向かいの陽斗へ話を振った。
陽斗は唐揚げを箸で摘み、そのまま大輝を見る。
「お前がTPO弁えてるタイプかまでは知らんよ」
「まあ、コイツ職場の飲み会とかで車の話とかした記憶ないんだよね。ずっとモノマネしてた感じ」
美帆がチャイナブルーを持ったまま真希へ告げた。
「アレやってよ。福山雅治」
陽斗が唐揚げを口へ運びながら、大輝へ雑に振る。
大輝は枝豆へ伸ばしかけていた手を止めた。
喉を落とし、口角を横へ引く。胸の奥へ響かせるように低く声を作り、息を多めに混ぜた。
「実に迷惑だな」
語尾を切らず、低い声の後ろへ息だけを薄く残す。
「ヤバっ、ホント似てた」
真希は一度口元を押さえたが、その手はすぐに役に立たなくなった。
「あっはっはっはっ!」
ハイボールをテーブルへ戻し、空いた方の手で大輝の肩を叩く。戸の外まで届きそうな声で笑いながら、真希は背もたれへ身体を預けた。
「超ヤバい! もう1回やって!」
真希が背もたれから身体を起こし、大輝の袖を引いた。
大輝は顎を引き、もう一度声を胸の奥へ沈めた。
「しょうがないなあ」
さっきと同じ低さで、息を混ぜたまま語尾を伸ばした。
コメント
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めっちゃリアルな飲み会の空気だ……!コナン映画のくだりで「へずまみたいなもん」って言い回しに吹いたし、真希さんが「胡椒入れ過ぎた感」で笑い転げるシーン、画面越しに伝わってきたわ。福山雅治のモノマネまで再現してくれて現場にいる気分になった。ああああさんの会話劇、ほんと"その場にいる"って感じで好き。続き読ませてくれ🔥