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深冬芽以
轟音と共に天井のコンクリートが裂け、濁流がドーム内へと雪崩れ込んできた。
父・誠の肉体であったものは、その濁流に呑み込まれ、一瞬で暗い底へと消えていく。
「お姉ちゃん、こっちだ!非常用の脱出ポッドがあるはず……!」
蓮が浸水し始めた床を走り、壁面のハッチを指差す。
私は、未だ意識が朦朧としている九条さんの腕を肩に回し、必死に足を動かした。
だが、私たちの行く手を阻むように、サーバータワーの残骸から無数の赤い光の筋が立ち昇る。
父が遺した最後の防衛プログラム『パンドラ・ゼロ』
それは特定の目的を持たない
ただ周囲のすべてを道連れにして消滅するための、純粋な「悪意」の塊だった。
赤い光が熱線となり、脱出ハッチの電子ロックを焼き切ってしまう。
「……っ、開かない……!」
蓮が泣き出しそうな声でハッチを叩く。
背後からは数千トンの海水が迫り、私たちの逃げ場を奪っていく。
喉は潰れ、九条さんは動かず、出口は閉ざされた。
その時、浸水してショート寸前の私のスマートフォンが、激しいバイブレーションと共に光り輝いた。
画面に表示されたのは、登録されていない番号……
いや、かつて私が自ら消去したはずの、あの「名前」だった。
【着信:結衣】
私は震える指で通話ボタンを押した。
画面に映し出されたのは、燃え盛るビルの屋上で、衛星通信端末を操作する結衣の姿だった。
彼女の隣には、包帯だらけの美波が、力なく、けれど確かに生きている姿で座っている。
『……栞、聞こえる?感傷に浸っている暇はないわよ。今から、そのドームの非常用システムを外部からハッキングして、強制開放する。…ただし、猶予は10秒。それを過ぎれば、水圧で扉は二度と開かないわ』
「ゆぃ、さん……!」
私の声にならない感謝を、結衣は不敵な笑みで遮った。
『お礼なんていらない。私はただ、最高に面白いシナリオがバッドエンドで終わるのが許せないだけ。……美波も、あんたに「借りを返せ」ってうるさいのよ』
画面越しに、美波が小さく頷くのが見えた。
彼女たちは、パンドラの崩壊によって解放された「演出家」と「女王」として、最後のリベンジを果たそうとしていた。
『——今よ!!』
ガコン、という重厚な音と共に、ハッチのロックが強制解除された。
私は九条さんの体をポッドの中へと押し込み、蓮を滑り込ませた。
「お姉ちゃんも早く!」
私がポッドに飛び込んだ瞬間、背後のハッチが水圧でひしゃげ、凄まじい勢いで海水が流れ込んでくる。
自動的に閉鎖される強化ガラス越しに見えたのは
崩れ去るエデンの中心で、赤い光が完全に消滅していく光景だった。
激しい衝撃と共に、脱出ポッドが海中へと射出される。
暗い海の底から、私たちは光の差す「上」へと、急浮上を始めた。
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