「ふぅん、スポーティーなご家族なんだね」
「なので私も今でもソロキャンとかしています。……というか、そういう家庭で育ったので、女の子らしくするのが苦手で、こうなったんだと思います。別に家族を恨んでいる訳じゃないし、女の子らしくなりたい訳でもありません。……でも、人は環境に左右されるっていうの、ある程度本当なんだなって感じます」
すると涼さんは意味深な笑みを浮かべて、私の頭を撫でてきた。
「俺はそのままの恵ちゃんが好きだよ。無理して何かに寄せなくてもいいし、君は十分女性らしいと思う」
また三日月クオリティで褒められ、私はボッと赤面する。
「おっ、女らしくなんてないですよ。……いまだにスカート穿くのも慣れてないですし」
「抵抗がある?」
涼さんはその辺りの話をしたかったらしく、少し真剣な表情で尋ねてくる。
「……学生時代は制服のスカートを仕方なく穿いていた反動で、私服でスカートを穿いた事は一度もありませんでした。大学生、社会人になったあとも、服屋でスカートを見る事は滅多にないです。マネキンのコーディネートを見て『可愛いな』とは思うし、朱里が着ている物は無条件で可愛いと思います。……でも自分がヒラヒラした物を着ると思うだけで、物凄く落ち着かない気持ちになるんです。……これっておかしいでしょうか」
自信なさげに言った私は、溜め息をついて続きを言う。
「色んな人がいるのは分かっています。……でも、パンツ派の人でもデートの時はスカートを穿いて、ギャップ萌えを狙うとか、両方をうまく扱えているんです。……でも私は友達の結婚式でもパンツスタイルでしたし、就職活動もパンツスーツでした」
「スカートを穿かなくても生きていけるし、いいと思うよ。……でも気になるなら一緒に原因を探ってみようか。……スカートを穿くと思ったら、どういう気持ちになる?」
涼さんに言われ、私はソファの上で膝を抱える。
「……まず『兄貴たちに笑われる』って思ってしまいます」
「お兄さんたち、結構落ち着いた年齢になったと思うけど、それでも妹の服装を見て笑うと思う?」
「……分かりません。ずっとスカートを穿いてないので、今はどんな反応をするか想像できないので」
「いつ笑われた?」
私は遠い昔の事を思いだし、溜め息をつく。
「……小学生四年生の時に、祖母が『いつも男の子みたいな格好だから、これを着なさい』ってフリフリの可愛いワンピースを買ってくれたんです。動きづらそうだから、あまり気が進まなかったけど、『大好きな祖母が買ってくれたんだから』と思ったし、クラスの女子みたいに可愛い格好をするのに当時は憧れを抱いていました。……だからそのワンピースを着て家族で出かけたんですけど……」
私はまた深い溜め息をつく。
「兄二人に『似合わない』って笑われて、凄く恥ずかしかったです。……おまけにデパートで友達の家族にも会って、月曜日に『こないだ可愛かったけど、どうしたの?』ってめっちゃ興味津々に聞かれたんです。……その顔が、純粋に褒めているというより、揶揄しているような表情で……。……『私はスカートを穿いたら駄目なんだ』って強く思いました」
今思えば、とても些細な事だ。
でも子供心に傷付いた出来事は、深く根付いてその後の人生にも影響を与える。
「小学生の卒業式も、ワンピースを着せたい母親と熾烈なバトルを繰り広げました。結局『スカート穿くなら休む!』って言ってズボンになったんですが、今思うと『記念日に子供を可愛く着飾らせたい』という母の気持ちを踏みにじったかもしれません」
「うーん、確かに当時のお母さんは残念に思ったかもしれないけど、ずっと引きずってはいないと思うよ。むしろ今の恵ちゃんを見て、悩みがないか心配はしてるかもしれないけど、元気にやってるから聞くまでもないと思っている感じかな」
「……やっぱり今の私か……」
私は「はぁ……」と溜め息をつき、続きを話す。
「朱里の事をとても好きな自分は、LGBTQ的な何かなのかと悩んでいました。好きな男性はできないし、スカートを穿くのは嫌いだし、女性らしいものに一切興味を持たない。……周りでは、……言い方が悪いですけど、地味な女性もスカートやワンピース姿を楽しんでるのに、もっと言えば人によってはロリータ服とかコスプレみたいな服を楽しんでる人もいるのに、私はスカート一つで何をこんなに拘ってるんだろう……って。……そんな自分が、欠陥のある人間に思えてしまいます」
言ったあと、涼さんはソファの上で胡座をかき、考えながら言う。
「実際、恵ちゃんは俺を好きになってくれてるよね? 朱里ちゃんへの想いは、傷付いた時に手を差し伸べてくれた人だから、とても強い感情を抱いてしまっただけだと思うし。……そんなに劣等感を抱かなくてもいいんじゃないかな。服装の好みも性格も、恋しやすいかどうかも、何かに当てはめなくていいんだよ」
軽やかに言った涼さんの言葉を聞き、少し心が軽くなる。
「男でもスカートを穿く人はいるし、セーラー服姿のお爺ちゃんも、女装したヒゲマッチョな男性もいる。パンツスーツを着て働いている女性は格好いいし、メンズライクな格好をしているのもいい。アパレル界ではユニセックスなデザインが流行っているし、恵ちゃんがスカートを穿かなくても誰も君を責めないよ」
「……はい」
否定されないって、とても楽だ。
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