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「森川さん、昼休みちょっといいですか?」
社内がざわつくのがわかる。花が来た時に、他に人がいる前で義姉を泥棒猫と言ったという事で色々と憶測を呼んでいるらしい。
そして何より皆んなが気になっているのが
「いいわよ新二くん」
おれを名前で呼んでいることだった。
「森川さん、いい加減おれを名前で呼ぶのはやめてください。いくら幼馴染でも公私の区別はきちんとしてください」
一瞬きょとんしてから「ごめんなさい」と小さな声で応えた。
12時になって森川さんのデスクに行くとそこにはすでに森川さんがいなかった。朝、注意したことに不貞腐れているんだろうか?
「森川さんは?」
花との一件ですっかり噂の的になってしまっているため、周りは興味深々と言った感じだ。
「森川さんなら今出ていきましたよ、でもポーチだけ持っていっているから戻ってくると思います。」
「そっか、じゃあここで待っているよ」
「ところで、大島くんと森川さんって幼馴染だったんだ」
「そう、森川さんは昔、近所に住んでいたことがあって、兄さんとおれと森川さんで一緒に遊んだり、勉強したりしてたんだ」
「だから、ここを最初助けようとしてたんですね」
幹部以外は森川住販からそのまま勤めている人が多いため、立直しに兄さんが一枚噛んでいることを知っている人たちもいる。
「うん結局、こういうことになったけどね」
「いや、俺たちはすごく感謝してるんです」
「そうですよ、ISLANDに代わって待遇も福利厚生も凄く良くなったんです」
「それならよかった」
それは全部兄さんのおかげなんだよな。
おれも兄さんに及ばなくても近づきたい。
こんな風に会社のことを話したのは初めてかもしれない。おれは今こういうことを直に聞ける場所に居るんだ。
おれは仕事を覚えてこなすだけではいけないんだ
10分ほどするとしっかりとメイク直しをした森川彩香が戻ってきた。
「待たせちゃった?ごめんなさい。じゃあ行こう」
あああ、そうだ。
彼女はいつだってそうだった。
おれは何時間でも待ったから。
11年間、おれと彼女は対等ではなかったんだ。
「それじゃあ、また。今度飲みに行こう」
「いいですね、行きましょう」
今まで話をしていたスタッフに会釈をして歩き出した。
特に森川さんには声をかけず、目的の場所まで歩いていく。
「新二くん、何を食べに行くの?」
「森川さんと食事をするわけじゃないです。ただ、周りの人たちに聴こえると良く無いので、森川さんが花に嘘を吹き込んだこの公園で5分だけ話をするだけです。」
花という言葉に反応した森川さんは口元を手で隠す仕草をした。
「朝は公私と言いましたがおれと森川さんは何の関係もない、ただの社員とパートです。おれを名前で呼ぶのは今後一切やめてください」
「なんでそんなこと言うの?」
「私は将来、新二くんを補佐する為に頑張ってるのに、その為に私をこの会社に誘ったんでしょ」
「おれと森川さんに同じ未来はもう無いんです。それに、森川さんはこの11年間1秒だっておれのことを好きだったことはないよね」
「そんなことは・・・」
「この会社に誘った理由?そんなの、全てを無くした惨めな元令嬢に同情したからですよ。ずっとおれを見下してきた森川さんを今度はおれが見下す為ですよ。おれが森川さんにどんな扱いをされても、いつまでもあなたを好きでいると思っていたんですか。おれにとって森川さんは過去であり、苦い思い出の人です、未来にあなたはいない」
「もしまた、花に言いがかりをつけるなら侮辱罪で訴えることも考えてます。この先まだISLAND住販で働くも辞めるもご自分の好きなようにしてください。誰も止めません」
かつて好きで焦がれていた女性(ひと)はただ呆然と力なく立ち尽くしている。
彼女が涙を流しても、何の感情も湧かなかった。
それよりも、あの夜流した花の涙がいまだに心に焼き付いている。
「じゃあ、おれは行きますから。名前の件、くれぐれもお願いします」
森川さんに背を向けたところでちょうど5分経っていた。