しばらく進んで行くと王都を囲む門が見えてきた。入って来た門とは別の門だ。
イヴァル帝国の王城にもたくさんの門があるけれど、この城にはいくつの門があるんだろうと思いながら、足を止めたトラビスの横で僕も止まった。
「門番がいます。少しお待ちください」
「わかった」
トラビスがロロの手綱を僕に預けると、自分の馬を連れて門へ近づいた。そして近寄ってきた門番の首へと素早く手で触れる。
門番は、先ほどの厩舎の見張りの男と同じように、その場に崩れ落ちた。
トラビスは、門番の身体を塀にもたれさせると、僕の方へと振り向いた。
「こちらへ」
僕は頷きロロの手綱を引いて門に近寄る。そしてトラビスが開けた門をくぐり外へ出た。
続いて出て来たトラビスに、僕は首を傾げて聞く。
「ここの城の門って、開けるのに特殊な仕掛けがなかった?」
「これですか?」
トラビスが指に挟んだ四角い紙を見せる。
僕はトラビスに近寄り、その紙をじっくりと見た。
「どうしたのそれ…」
「門番の懐に入っていた物です。この城の門や扉の鍵は、これで開けたり閉めたりできるようですね」
「その紙…魔法がかけられてる?」
「そのようです。良い発想です。我が国もこの方法を採用されたらよろしいかと」
「そうだね。でもそれは姉上に言って。僕には関係ないことだから」
「そんなことは…」
「時間が無い。早く行くよ。ところで、他の者とはどこかで落ち合うのか?」
「いえ」
トラビスは紙を懐にしまうと、僕に馬に乗るように言い、自身も馬に乗った。
「とりあえず王都を出ましょう。出て少し行くと森があります。そこでこれからのことを話します」
「わかった」
僕は頷くと、進み出したトラビスの馬の後に続く。
建物と建物の間の細い道を下り、誰にも会うことなく王都を囲む塀に辿り着いた。
トラビスが塀の手前で一旦馬を止める。
僕も手綱を引いて、ロロの足を止めた。
「フィル様、しばしお待ちを」
「うん…」
トラビスが馬から降りて近くの建物の中に入る。何かの店らしい。
僕も馬から降りて待っていると、しばらくして商人が着るようなシャツとズボンに着替え、分厚そうな丈の長いコートを持って、トラビスが出てきた。
「フィル様、これを」
「マントがあるから別にいいのに…」
「それだけでは冷えます。今からかなり飛ばしますので、しっかりと防寒をしていただかないと」
「おまえは僕を殺そうとしたくせに心配するんだ?変なの…」
「そのことはもう…」
僕はマントを脱ぐと、トラビスが広げてくれたコートに腕を通す。少し大きめだけど、確かに暖かい。
「コートの上からマントをしっかりと羽織って。フードは決して脱がないように。あなたの髪は、唯一無二の美しさですから目立ってしまいます」
自身もコートを羽織りながら、トラビスが真剣な顔で言う。
僕はチラリとトラビスに目を向けて鼻で笑った。
「ふふっ、唯一無二って…。姉上も同じ髪だよ」
「お二方を近くで見たことのある者なら、あなたの方が美しいと知っています」
「なに言ってるの。おまえは変だよ。見ただろ?僕の身体には醜い痣がある…」
「あなたは美しいです」
トラビスは本当におかしくなったのかと、僕はマントを羽織りながら、溜息をついた。
姉上は僕とそっくりだけど、僕よりも優しい雰囲気で綺麗だ。銀髪も僕と同じで綺麗だ。なのに僕の方が美しいと思うなんて。前にリアムが言ってたけど、イヴァルの王城にいる者は、本当に目が悪いのかもしれない。
考え込む僕の頭に、トラビスがフードを被せると、荷物を馬の背に乗せて「俺の後についてきて下さい」と言う。
馬の手綱を持って歩き出したトラビスの後を、僕もロロの手綱を持ってついて行く。
「どこから外に出るの?」
「正面の門からです。この塀の門の鍵は持っていませんから」
「正面から?でもおまえの通行証でバレるんじゃ…。それに僕の通行証は…」
国境を越える時だけでなく、王都の出入りにも通行証がいる。入る時は王族のリアムが一緒だったから提示する必要はなかった。だけど今は傍にリアムがいない。門を通るためには通行証を提示しなければならない。
一応リアムにもらった通行証は持ってきている。だけどあれには、バイロン国の紋章が記され、しかも僕の名前の後ろにバイロンと書いてあるから、確実に不審に思われる。
そんな僕の不安を払拭するように、トラビスが「大丈夫です」とはっきり言った。
「俺はイヴァル帝国の高官としての正式な通行証の他に、商人としての通行証も所持しています。もちろんあなたの分も」
「どうしてそんなのを持ってるんだ?」
「その時その場の状況によって使い分けるためです。便利ですから。今回は、あなたがバイロン国にいるかもしれないと思い、念の為にあなたの分も準備していました。持ってきて正解でした」
「ふーん。じゃあ問題なく出れるんだね?」
「はい」
そのために軍服から商人の格好に着替えたのかとトラビスを見上げる。
「なにか?」
「おまえは商人にしては屈強だなぁと思って」
「最近の商人は、こんなもんですよ。盗賊から荷を守るために鍛えてるらしいですから」
「じゃあ貧相な僕はどうするの?商人に見えないけど」
「あなたは商人のフリをしなくても大丈夫です。ただ…」
「なに?」
「俺の…妹のフリをしてください」
「は?」
思わず大きな声を出してしまった。
正門に近づくにつれて人が増えてきている。
僕は慌てて手で口を押さえると、「なぜだ」と低く聞いた。
「いえ…あなたは男というには華奢なのですよ。商人と言っても、たぶん信用してもらえない。俺の弟と言っても、綺麗すぎて信用してもらえない。でも妹なら信用してもらえる。門を抜ける一瞬の間だけです。女のフリをしてもらえませんか?」
「…いいよ、やる。どうせ十六年間、女のフリをしてたんだ」
「…あなたはあなたです。フェリ様と似ても似つかない」
「黙れ。おまえにそんなことを言われたくない」
「は、申しわけございません」
僕は無言で早足になる。
すぐにトラビスが隣に来て、「俺から離れないでください」と僕の手を掴んだ。
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