夜市は人の動く方向ができていて、沢山の店を冷やかしながら流されるまま歩いているだけでも楽しめる。
洋服は勿論、寝具やペットの服、果ては水着まで売られている。
「欲しい水着はないか?」
「水着?」
麗は明彦の言葉に首を傾げた。
「ホテルにプールがあるから、明日は泳がないか?」
「泳ぎたい!!」
あの美しいホテルにただ泊まるだけでは勿体ないと感じていたので、明彦の提案に麗は飛び付いた。
水着を売っている店はさきほどの店に比べるとかなり小さく、人が一人通るスペースしかない。
明彦が路上に出ているサーフパンツを選んでいる間に、麗は中に入り、セクシーすぎるものや、虹色の派手なもの、果ては昭和の有名アイドルの代名詞である貝殻の水着が並ぶ中で、一番地味に見える黒の胸にフリルがついたビキニとプールの中でも使える丈の長いメッシュタイプの紺のパーカーを選んだ。
試着ができないので、ビキニは勿論一番小さいカップだ。間違いがない。
「地味だな」
明彦が麗の後ろから声をかけてきた。
(そりゃぁ、歴代の恋人たちは脱いだときにバーン!と実ってらしたから、派手なものでも着こなせたでしょうけどねー。こちとら不毛の大地なんやぞ)
と、麗は思ったが、言えば貧乳を認めることになるので、口には出さなかった。
「これが気に入ってん」
「わかった」
明彦が店の奥でかき氷を食べている店員に声をかけ、水着を買ってくれた。
「ありがとう、いっぱい買ってもらってごめんね」
麗は明彦の手を握り、再び人の波に乗り、夜市を歩く。
また人が増えた気がし、通行人の邪魔にならないよう明彦に更に近づいた。
「謝られるほど高い買い物はしていない。それより、ほら、お目当ての行列ができてるぞ」
明彦の視線の先は、道幅が広くなっており、衣料品の店が多く並ぶゾーンから屋台が並ぶゾーンに着いたようだ。
「これは並んでどんな名物か確かめなあかんね」
行列の先が見えないので何の店かはわからない。
そこがまたワクワクする麗は、早速行列に加わろうと明彦を引っ張る。
「何が出てきても知らないからな」
「大丈夫。何が出てきても美味しく食べてみせる!」
自信満々に麗は宣言し列に並ぶ。
店の回転率はそこそこで、一歩、暫く待ち、また一歩と、ゆっくりと前に進んでいく。
現地人に人気の店のようで、外国人らしき人は列の前にも後ろにもあまり見受けられない。
「ママー!!!」
ふと、列の外から子供の泣き声が聞こえ、麗は目を向けた。
親とはぐれてしまったのだろうか、5才くらいの男の子が泣きながら一人で歩いている。
大変だ! と麗は思ったが、それは他の人もそうだったようで、近くを歩いていた台湾人のおばさんが声をかけた。
現地人が保護してくれるなら中国語のわからない他国民の麗が出る幕はない。
「ママー! どこー!!!」
(日本人やん!)
麗が列から抜けたのは、明彦と同時だった。
明彦の手を離し、麗は子供の前まで行ってしゃがんだ。
「ボク、ママとはぐれたんやね。一人で頑張って偉かったな。お姉ちゃんも一緒に探してあげるから安心してな」
麗は男の子と目線を合わせ、ゆっくりと優しいトーンを心がけて誉めた。
子供を安心させる方法として、店舗研修で習った事を異国の地で発揮することになるとは。
「大丈夫だからな。名前は言えるか?」
明彦の質問に男の子がしゃくりをあげながら口を開いた。
「よう……くん」
「じゃあ、よう君、お姉ちゃんと一緒に探しにいこうか?」
麗が繋ぐために手を差し出したが男の子は首を振った。
「ダメ、知らないっ人には、着いていっちゃ、ダメってママが、言ってた」
ちゃんとした理由で拒否され、麗は困った。
(私より賢い)
親御さんの教育が行き届いているようだ。
「偉いね、でも……」
今回はそうは言っている場合ではない。
怪しい人間ではないとどうやって証明しようかと麗は悩んだ。
「麗、無闇にこの子をつれて歩き回ったところで、逆に親が探している場所から離れてしまうかもしれない。俺が親を探してくるから、この子と待っていてくれ」
明彦が辺りを見渡しながら、親がいないか確認している。
「そっか、わかった」
明彦が腕時計を外し、麗に持たせてくれた。
また高そうな時計である。
「10分探しても見つからなかったら一旦ここに戻ってくる」
よう君のお母さんいませんか、保護してますと、日本語と中国語で大声を出しながら、男の子が歩いて来た方向に向かって明彦は走って行ってしまい、男の子と二人、取り残された。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!