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「可愛い!こんな可愛いお店が王都にはあるのですね!」
白い壁にツタの葉が這い、赤い両開き扉を開けると、懐かしさを漂わせるアンティークなテーブルセットに綺麗なレース編みでテーブルランナーが敷いてある。
所々に植物が配置されていたり、吊るされていたりして、なんだかほっと一息つけるような空間になっている。
「最近、女性に人気のカフェなんだ」
何度か来たことがあるのか、お店のことを饒舌に説明してくれるノアによると、卵を蒸すお菓子とそれを季節の果物などで彩っているプリンアラモードというメニューが大人気らしい。
ノアは誰とこのお店に来たのか気になるので聞いてみたいところだけど、こんな素敵なお店に友達や恋人と来ることにすごく憧れていたわたしは、思わずはしゃいでしまう。
メニューを穴のあくほど凝視して、あれもこれもと悩む。
「アグネスはカフェ初体験なんだろう。気になるものを好きなだけ食べたらいいよ」
ノアの目の前であれやこれやとうんうんと悩むわたしを幼子を見るような温かい眼差しで見ながら、魅力的な提案をしてくる。
「いいえ。そういう訳にはいきません。厳選に厳選を重ねます」
「また、今度一緒に来たらいいじゃないか」
その言葉に一瞬ドキリとしてしまう。
「うん…そうね。今日はこのお店の一番人気のプリンアラモードにするわ」
何気ないノアの一言に少し苦笑いをしながら、そっと左手の人差し指に嵌めてある指輪を撫でる。
女神様との約束は忘れてはいない。
わたしには「また」はないのだから。
注文を終えて、やっと今朝のセレーネ嬢との対面や仕立屋でウェディングドレスを買い取ってもらったりとバタバタしていたことがひと段落して落ち着いた。
改めて正面に座るノアを見ると、今頃かとノアに怒られそうだが、彼の小さな変化に気づいた。
「ノア、髪を切ったのね」
「まあな、アグネスと並んで歩くなら、そこはちゃんとしたいんだ」
今日のノアはいつもの不良っぽいシャツの着こなしはやめて、シャツをきっちりと着ている。
いつもは長い黒髪を無造作にひとつに括っていただけなのに、今日はきっちりとまとめて、長かった髪もバッサリと切って、ようやく括れるぐらいの長さになっていた。
一体、どういう心境の変化なのだろう。
でも、きっちりとした恰好をした今日のノアからはただならぬ気品が溢れている。不良のようだったいままでがウソのようだ。
真っすぐにノアを改めて見て、ノアと目が合うと素敵になったノアに自分が照れてしまった。
ノアが恰好良すぎて、正視出来ないなんて。
「あの、確認したいことがあるのだけど良いでしょうか?」
真っすぐに見ると照れるので少し目線を落としながら、セレーネ嬢に言われてからずっと気になっていたことを聞いてみる。
「何でも聞いてくれ。俺に答えられることなら」
「ありがとうございます。セレーネ嬢はノアについていけばお兄様の願いはわかるはずだと仰られていたのですが、ノアは兄の願いについてなにか心当たりがあったり、知っているのですか?」
わたしのこの言葉を聞いたノアの表情が一瞬、曇る。
ノアが言葉を選ぼうとしているのがわかり、少しの沈黙が続いた。わたしはノアが言葉を紡ぐのをじっと待つ。
「心当たりはある」
ひとつひとつの言葉をゆっくり噛みしめるように、そしてわたしの視線を逸らすことなく真っすぐにわたしを見て答えてくれた。
まだ続く言葉があるのがわかり、口を挟まずに最後までノアの言葉を待つ。
「俺もセレーネ嬢もレオンが口ぐせのようにいつも言っていた「言葉」があるのを知っている」
ふたりの様子からしてやっぱりそうだったんだ!
「それは何なのですか?」
前のめりになってノアに問い、ノアの真っすぐな眼差しが自分に向けられていることに気づく。
「わたし?まさか… え…わたしのこと?」
ノアが黙ったまま、優しく微笑むと大きく頷いた。
「そのまさかだよ。アグネス」
落ち着いた優しい声で肯定された。
「どうして…わたしのことなの?」
その時タイミング悪く、お給仕の係が注文した飲み物を持ってテーブルに来られたので、この続きの会話を聞かれまいと会話が途切れお互いが黙った。
ノアが注文した温かい紅茶とわたしが注文した王都で人気らしい「冷たい紅茶」がテーブルに並べられ、シュガーポットやミルク、透明の液体が並べられる。
お給仕の係が一礼をしてテーブルから離れたのを確認してから、わたしはテーブルに並べられたシュガーポットの砂糖に手を伸ばし、備付けのスプーンでガサッと目の前の初めて注文した自分の「冷たい紅茶」に砂糖を入れた。
そしてまたすぐにわたしはさっきの会話の続きをしようとノアを見ると、ノアの瞳が明らかに悲しそうだった。
「えっ?わたし、なにかしましたか?」
「アグネス、紅茶が…」
「???」
ノアがなにを言いたいのか全くわからない。
「レオンが一番口にしていたのは、このことなんだよ」