テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
湊は目を開けた時、自分が日本の自宅のベッドにいることに気づいた。周囲を見回し、懐かしい部屋の匂いを吸い込んだ瞬間、全ての記憶が甦ってきた。
「……ここは……本当に日本なのか?」
彼の記憶の中にあるのは、三年前の突然の異世界転移と、そこでの厳しい戦場生活だった。魔法もなく、特殊な能力もないまま戦争の最前線に立たされた日々。多くの仲間を失いながらも生き延びたことが信じられなかった。
「俺は……どうやって帰ってきたんだ?」
窓の外には見慣れた街並みが広がっていたが、どこか違和感があった。その違和感の正体に気付いたとき、湊は凍りついた。
街の人々の頭上に、奇妙な文字が浮かんで見えるのだ。
「……なんなんだこれ」
自分の右手を挙げてみると、手のひらの上にも何かが表示された。
湊 《無能力者》
スキル:記憶改竄(能力を奪うことも可能)
「……無能力者?記憶改竄……」
愕然とした湊だったが、すぐに冷静さを取り戻した。異世界での三年間は決して無駄ではなかったはずだ。少なくとも身体能力は格段に向上しているはず。
「まずは状況を把握しないと」
立ち上がった湊は、姿見の前に立った。そこに映っていたのは、三年前と変わらない自分の姿だった。ただし—
「身長が伸びてる。それに筋肉質になってるな」
そして何よりも重要な変化に気づいた。右腕の傷跡が消えていたのだ。
「そうか……夢じゃなかったんだ。でもなぜ……」
考えても答えは出なかった。時計を見ると午後八時を指していた。
「親がいない時間帯に帰れてよかったかも」
湊は慎重に家の中を探り始めた。冷蔵庫には食べ物が残されていたし、母親の書き置きもあった。
“湊へ 突然いなくなって心配したわ。今日は帰らないよ。ゆっくり休んでね”
書き置きの日付は三年前と同じ日のものだった。
「時間の流れ方が違うのか……?いや、そんなことより明日だ。学校に行かないと」
彼は三年間の空白を埋める方法を考え始めた。異世界での経験を活かせるとは思えない。だが一つだけ確信していたことがある。
「もう誰も俺を『無能』とは呼ばせない」
翌朝、湊は緊張しながら玄関を出た。三年ぶりの高校生活が始まろうとしている。
「おいおいマジかよ」
校門に向かう途中、男子生徒たちが集まっているのが見えた。彼らは一人の少女を取り囲んでいるようだ。
「ちょっと教えてくれよ、そのスキル見せてくれない?」
「いいじゃないか。減るものじゃないだろ?」
少女は困った表情で後退りしていた。湊の胸の中で何かが疼いた。異世界でも似たような光景は何度も見たことがある。
「やめろ!女の子嫌がってるじゃないか!」
突然声を上げた湊に、男子生徒たちの視線が集中した。
「あぁん?誰だテメェ」
リーダー格らしき大柄な男が前に出てきた。湊は一瞬躊躇したが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「彼女が嫌がってるだろ」
大男が睨みつけながら近づいてくる。湊は拳を握り締めた。
「お前誰だ?新入りか?」
湊は深呼吸して答えた。
「湊だ。今日からここに通うことになった」
大男は鼻で笑う。
「フンッ!どうせお前も低レベルのゴミスキルだろうがな!」
彼のスキルを見ると、ゲラゲラと笑う。
「無能力者じゃないか。よくもまぁ堂々とこんな所に来れたな」
周囲の男子生徒たちも同調して笑い出す。しかし湊は平静を保った。むしろ心の中で炎が燃え上がっているのを感じた。
「確かに今は無能力者だ。だがそれは過去のことだ」
「今何と?」
大男が一歩詰め寄る。
彼は右手を差し出した。
「俺がスキルを得るのに必要なことは一つだけだ」
男子生徒たちが訝しげな顔をする中、彼は手を掴んだ。湊は小声で呟いた。
「記憶改ざん……完了」
突然大男の目が虚ろになり、「ごめんなさい……」と言い残して去っていく。周りの生徒も次々と困惑した様子で立ち去る。
少女は驚きの表情で湊を見つめていた。
湊は微笑みかけた。
「大丈夫か?」
少女は頬を赤らめて頷いた。
「はい……ありがとうございます」
「お礼なんていいよ」と言いながらも彼は内心ほっとしていた。
(これが俺の能力……触れるだけで相手の記憶を変えられる能力か)
この能力が復讐への第一歩となることを確信した。しかし同時に複雑な思いも抱える。
「奪った能力は……」
どうやら彼の能力は身体強化とコピー能力だ。今の彼はどちらも使うことができるようになっている。
湊は静かに心の中で呟く。
(これは素晴らしい報酬だな)
少女が恐る恐る尋ねてきた。
「あの……あなたは何者なんですか?」
「ただの転校生さ」と答える湊。彼の瞳の奥には決意の色が宿っている。
「君の名前は?」
少女は恥ずかしそうに答えた。
「私は鈴村葵といいます」
葵との出会いが新たな展開への幕開けになることなど予想もできずにいた。しかし確かな事実がある。今日という日が始まる。新たな日常と共に。
「これからよろしく」と湊は言った。
彼の新しい学校生活の一日がついに始まろうとしていたのである。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!