翌日、リオンたちはブルーローズ家の屋敷で出発の準備をしていた。
物資を補給してもらい、食料や武器を詰め込んでいく。
特に、アリスは薬の材料を譲ってもらい嬉しさと興奮を隠せないでいた。
ブルーローズ家が保有する生花や香水などをもらったのだ。
これらは市場でもなかなか出回らない物品。まさにお宝である。
そんなこんなで準備を終え、ついに出発の時が来た。
すると、見送りに来たラフィーナが言う。
「リオンさん、道中気を付けてください」
「はい、ご心配なく」
リオンは笑顔で言う。
ラフィーナは、そんな彼の表情を見て少し安心した。
昨日話していた時と比べると、随分と明るい表情になっている。
それは、彼が立ち直ったことを示していた。
そのことにほっとするラフィーナ。
「リオン様ー!またいつか会いましょう!」
屋敷の窓からアリスが叫ぶ。リオンはそれを見て手を振って答えた。
そんな二人のやり取りを見て、シルヴィが微笑む。
「仲が良いな」
「は、ははは」
昨夜のことを思い出してしまったリオン。
アリスは悪い人間では無いのだが、その距離感の取り方がどうも苦手だ。
だが、それを表に出すわけにもいかない。
リオンたち一行はブルーローズ家を後にする。
目的地は『ゴールドバクトの錬金術師』が居る街。
そこは、ここから馬車で三日ほどの場所にある。
歩いていくとなると、もっと時間がかかるだろう。
「さて、そろそろ出発するか」
「あ、そうだ。リオン。ちょっといいかな?」
エリシアが言った。
もともと彼女はこの町に来るためにリオンたちに同行していた。
彼女とは、ここでお別れだ。
「またいつか会おうね」
「ああ。約束だ」
「お元気でね、エリシアちゃん」
「へへ。じゃあみんなさよなら!またいつか会おうね!」
そう言ってエリシアは去っていった。
騒がしい少女だったが、いなくなると寂しいものだ。
しかし何故だろう。
そう遠くない未来、また会えそうな気がしてくる。
またきっと彼女と会えるだろう。
「行きましょう、リオンさん」
「ああ、行こう」
アリスの言葉にリオンが返事をする。
と、そこに割って入るものがいた。
ブルーローズ家の護衛の女騎士、シルヴィだ。
「私も連れて行ってくれないか?」
「え?」
突然の申し出に戸惑うアリス。
しかし、護衛の仕事を上手く果たせなかったことに責任を感じているのだという。
ラフィーナとリリアに許可をもらい、修行をすると決めたのだ。
修行の間は、先代のブルーローズ家の護衛を務めたシルヴィの叔父が代わりに護衛を務めるという。
叔父としても、シルヴィに経験を積ませたいらしい。
「頼む!」
そう言って頭を下げるシルヴィ。
とはいえ、断る理由も無い。
彼女の願いをリオンは受け入れた。
そして、彼らはゆっくりと歩き出した。
リーブルシティを後にし、ゴールドバクトの村を目指して。
十日ほど経ち、リオンたちはゴールドバクトの村にたどり着いた。
ここに『ゴールドバクトの錬金術師』と呼ばれる人物がいるという。
村の入口に立つ門番の男に尋ねる。
「すみません、この街の方ですか?」
「ん?ああ、そうだよ」
「あの、この村で一番腕の良い錬金術師の方はどこに?」
「それなら、ここをまっすぐ行ったところにある館に住んでるぜ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言ってリオンたちは、そのまま真っ直ぐに進んで行く。
村には金色の麦が実る畑があった。
それが太陽の光を反射して輝いている。
だが、どこか寂れた印象を受ける。
その理由は、人の数の少なさだろう。
あまり活気のある村ではないようだ。
「なんだか、静かですね…」
アリスが小声で呟く。
確かに、すれ違う人も少ない。
「まぁ、今は収穫期じゃないからな。もう少ししたら慌ただしくなるだろう」
「へぇ~…」
シルヴィの説明を聞いて納得するアリス。
すると、ここでリオンが言う。
「ほら、あれが目的の館のようだよ」
「えっ!?」
リオンが指差す先を見るアリス。
しばらく歩くと、目的の建物が見えた。
リオンたちが見た建物は、古びた屋敷だった。
他の建物に比べて明らかに老朽化が進んでいる。
敷地内に小さな蔵のようなものが複数並んでいる。
「あれが錬金術師の住む場所か…」
「どんな人なんでしょうね…」
「会ってみればわかるだろう」
リオンは不安と期待が入り混じった気持ちだった。
ブルーローズ家に仕えているシルヴィも、錬金術師には会ったことは無いという。
「ボロっちい…」
「こら、そういうことを言っちゃダメだよ」
「あはは、ごめんなさい…」
思わず本音を漏らしたアリスを注意するリオン。
彼は屋敷の扉をノックした。
すると…
「ちょ、ちょっと待ってくれ!すぐに出るからぁ~」
中から男の叫び声のようなモノが聞こえてきた。
慌ただしい足音が聞こえる。
そして、勢いよくドアが開かれた。
そこには一人の女性が立っていた。
金髪碧眼の美形、年齢は二十代中ごろくらいだろうか。
リオンよりは年上だが、その名声の割には若い人物であることに違いは無い。
服装は、桃色の服の上に白衣を羽織っている。
下は膝丈までのスカートだ。
「君達が私を訪ねて来た者かい?」
「はい、私はリオンと言います」
「アリスといいます!」
「同じくシルヴィです」
「ふむ、よろしく。それで用件は何だい?」
「実は…」
リオンはこれまでの経緯を説明した。
自分が『ゴールドバクトの錬金術師』を探していること。
ブルーローズ家のラフィーナ・ブルーローズから推薦を受けたこと。
そして、この村に錬金術師が住んでいるという話を聞きやって来たこと…
「なるほど、事情はわかったよ」
「それじゃあ…」
「ああ、私が『ゴールドバクトの錬金術師』と呼ばれている人物だ。まあ錬金術以外にもいろいろと手を伸ばしているがね」
女性は笑顔で言った。
どうやら彼女が『ゴールドバクトの錬金術師』というのは間違いないらしい。
錬金術だけでは無く、薬学、化学など…
想像していた人物像よりもずっと若い、ということに驚きを隠せない。
「それでは早速だけど、見せてもらいたいものがあるんだ」
「これですか?」
「ふ、わかっているじゃないか」
そう言ってリオンはブルーローズ家の手紙を取り出した。
それを女性に手渡す。
彼女は手紙を読んでいた。
そして、しばらくして顔を上げる。
「うん、確かにこれは私に宛てたものだね。それにしても、こんなに早く見つかるとは思わなかったよ」
そう言って、にっこりと笑う。
リオンは、その表情を見てホッとした。
しかし、次の瞬間、その表情が曇る。
何故ならば、女性の口からとんでもない言葉が出たからだ。
それは、彼女の一言から始まった。
「よし、決めたぞ!」
突然大声を上げた女性。
その表情には決意が満ち溢れている。
一体何を決めたのだろう。
そんな疑問が浮かぶ。
「えっと…何を?」
恐るおそる尋ねるリオン。
すると、彼女は答えた。
「もちろん、君達三人についてさ!」
「ど、どういうことでしょうか…?」
戸惑うリオン。
隣にいるエリシアとアリスも動揺している。
「なに、簡単な話さ」
そう言うと、女性は笑みを浮かべた。
とても嬉しそうだ。
「私の工房で働いてもらうんだよ。大丈夫!給料はちゃんと出すから!」
「えっ!?」
リオンたちは驚いた。
まさか自分達が『ゴールドバクトの錬金術師』の元で働くことになるなんて思いもしなかったのだ。
リオンとシルヴィはともかく、アリスには生活もある。
ここに滞在するかどうか、そう簡単に決められる物でもないだろう。
「えーと…あの…」
リオンが何かを言いかけた時だった。
アリスが大きな声で言った。
「わぁ~すごいですね!」
「えっ!?」
「ほら、見て下さいよ!」
「あっ…」
アリスが指差す先に視線を向けるリオン。そこには大量の書物があった。
どれも古いものばかりである。
アリスはその本を興味深げに見つめていた。
「これが全部、錬金術に関する本なんですか!?」
「錬金術以外にも薬学、鉱物、植物、その他いろいろさ」
「へぇ~…」
アリスは目を輝かせながら本を見つめていた。
その姿を微笑まし気に見る女性。
すると、ここで女性が口を開いた。
「興味があるのかい?」
「はい!」
元気よく返事をするアリス。
彼女は薬学に精通している。
それらにも興味があるのだろう。
すると、女性は笑顔になった。
「それなら、もっといい方法がある」
「え?なんですか?」
「私の弟子になればいいんだよ!そうしたら色々と教えてあげることができるからね」
「弟子になるんですか?」
「ああ、そうすれば毎日ここに通って本を読むこともできる。どうだい?」
「でも、私なんかが弟子になってもいいんでしょうか?」
「構わないよ。むしろ歓迎する」
「それじゃあ…」
アリスはリオンの方を見た。
リオンは小さくため息を吐く。
とはいえ、よくよく考えてみれば何も悪い話では無い。
アリスは『ゴールドバクトの錬金術師』に弟子入りできる。
リオンは仕事が手に入る。
シルヴィも、ここを拠点として修行ができる。
「よろしくお願いします」
こうして、『ゴールドバクトの錬金術師』に弟子入りすることになったアリス。
彼女は新しい生活が始まることに胸を躍らせていた。
「そう言えば、キミたちはこの私の名をしっているのかい?」
「いえ…ラフィーナさんから高名な錬金術師の方であるとは聞いていますが…」
「ははは、そうか。この私の名は『ロゼッタ・ミレニア』。周りからは『ゴールドバクトの錬金術師』と呼ばれているよ」
「はい、よろしくお願いします。ロゼッタ師匠」
「うん、こちらこそ頼むよ」