コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
複雑な思いを抱えながら、守は自宅に帰り、日常へと戻ろうとした。洗面台の前に立ち
歯を磨く守の脳裏には、天城のキスが何度もよみがえっていた。
「天城くん、なんであんなことを…もしかして俺のこと…?」
ふと鏡に目をやると、そこには中年の、太っていて、冴えない顔をした自分自身が映っていた。
現実に引き戻され、守は思わず声を上げた。
「そんなわけないだろう!!俺みたいな汗くさいおっさん、誰が好きになる?
しかも、俺は紗良ちゃんのことが大好きなはずじゃないか…大好きなはずなのに…」
しかし、下半身はその思いとは裏腹に反応してしまっていた。
守は、自分の感情と体のギャップに苛立ちを覚え、思わず「くそぉ!!」と叫んでしまった。
眠れそうもない。その感情を振り払うかのように、
守は久しぶりにオンラインゲーム「地球防衛軍」にログインした。
何か別のことを考え、気を紛らわせたかったのだ。
ログイン画面が表示され、懐かしいキャラクターが現れる。守は小さくつぶやいた。
「さすがに初期ギルドにもう『シンシアさん』はいないよな…」
守のキャラクター「フク」は、しばらくギルドを離れていた。
仕方なく一人で冒険に出かけようとしたその時、「フクさん?」と誰かに声をかけられた。
その名前に振り返ると、そこには見覚えのあるキャラクター「シンシア」が立っていた。
守は驚きと嬉しさが一気にこみ上げ、「シンシアさん!」と声を上げて彼女に抱きついた。
シンシアも笑顔を浮かべながら、「久しぶりですね」と、フクにハグを返した。
フクは感動しながら、「もうとっくにこのギルドからいなくなったかと思いました」
シンシアは優しく微笑みながら言った。
「はい、でもまたフクさんと会いたくて、たまにこのギルドに来ているんですよ」
その言葉にフクは胸が熱くなった。
シンシアが立派な武器とコスチュームを身にまとい、
以前よりも強く成長していることに気づく。
「オレがいない間も、頑張ってたんですね」と、フクは感心したように呟いた。
シンシアは笑いながら、「ええ、マリアさんとルナさんに毎日しごかれてますからね!」と冗談交じりに答えた。
フクは少し申し訳なさそうに、
「あの2人に…そういえば、パトロールすると言ってそのままにしてましたね、すみません」と謝った。
シンシアは柔らかく、「仕方ないですよ。現実世界のほうが大変ですから」と優しく受け入れた。
「ありがとう、シンシアさん…」フクは心から感謝した。
シンシアは少し照れくさそうに、「さぁ、一緒にモンスター退治に行きましょう!」と提案した。
フクは一瞬ためらった。「でも、レベルの差があるし、迷惑かけるんじゃ…」
シンシアは軽く笑って、「なに言ってるんですか、フクさん!
あなたのレベル上げを手伝うために決まってるでしょ!」と言い放ち、ギルドの外へと駆け出した。
フクも慌ててその後を追った。彼女と一緒に行動することで、
少しずつ心の重さが軽くなっていくのを感じた。
二人で力を合わせ、次々とモンスターを倒し、ゲームの世界での友情が再び芽生えていった。
現実の悩みを一時忘れ、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
その夜、フクはシンシアと共に過ごした時間の中で、心の中のもやもやが少しずつ晴れていくのを感じていた。
モンスター退治もひと段落し、守のキャラクター「フク」とシンシアは、美しい景色が広がるフィールドで休憩を取っていた。静かな風が心地よく、二人は少しの間、言葉を交わさずに空を見上げていた。
「今日はマリアさんとルナさんはいないんですか?」と、フクがシンシアに尋ねた。
シンシアは頷き、「ええ、今日はチームで巨大モンスターを倒しに第7セクターまで行ってますよ」と答えた。
「巨大モンスターか…さすがだなぁ。あの二人なら楽勝だろうけど、やっぱりすごいな」
シンシアは微笑んで言った。「実はマリアさん、妊娠してるんですよ」
フクは驚いて「なに!?」と声を上げた。
「ええ、相手は同じチームのリーダーらしいです」とシンシアはあっさりと告げた。
このゲームの中では、アバターを一度選ぶと変更はできない。
新しいアバターを手に入れるには「出産」というシステムがあり、
子供として育てなければならない。そして、男性アバターは自分のチームを作り、
そのチーム内の女性アバターたちから子供を産んでもらい、新しいキャラクターを増やしていく。
中には、一人の男性アバターに何人もの女性がつくこともあり、強大なチームを形成していることも少なくなかった。
「そんなシステムがあったとは…」フクは呆然としながら、
このゲームの中では、単なる戦闘や冒険だけでなく
こうした「育成」の要素まで組み込まれていることに驚きを隠せなかった。
「じゃあ、あの男たちが襲ってきたのは、自分の子孫を残すためだった?」
フクは疑問を抱きながら、シンシアに問いかけた。
シンシアは小さく首を振り、「いえ、あいつらはただ、
その行為自体を楽しんでいるだけのようです。無理やり襲われたとしても、
妊娠する確率は低いんですよ」と静かに答えた。
「仲間を襲って、何が楽しいんだ?」フクは納得がいかない様子で首をかしげた。
シンシアは遠くを見つめながら、「このゲームは、ただ痛めつけて殺すこともできる。
現実ではありえないことができる場所だから、
そういうところに引き込まれていく人もいるんでしょうね。
私にも正直、理解できませんが」と答えた。
フクはシンシアの言葉を思い返しながら、あの時のことを思い出した。
下半身を露わにした男たちの姿。そのリアルさが脳裏に焼き付いていた。
「フクさんも、あいつらの“アレ”を見たでしょ?」シンシアが、
少し戸惑いながら尋ねた。
フクは重々しく「はぁ」と頷いた。
「あの時は、アバターがどれだけ殴られても現実の私たちには痛みはない
でも…心は、壊れていくような気がして、とても苦しかったんです」シンシアは声を少し震わせながら続けた。
フクは拳を握りしめた。「ボクも同じだ。あの恐怖は、まだ消えていない。
ゲームだとわかっていても、体が覚えてしまっているようで…」
シンシアはふと静かに言った。「このゲーム、アバターは完璧に人間の構造を模して造られています
それも影響してるのかもしれません。痛みこそ感じないけれど、催眠にかけられたような
感覚に陥ることもある。現実と仮想の区別がつかなくなる瞬間があって…だから、このゲームは不思議なんです」
「中毒性が高いってこと?」フクは心配そうにシンシアを見た。
「さぁ、それはどうでしょう。でも、わたしたちのように、
しっかり現実世界での生活も大事にしている人間には、ただの楽しいゲームですよ。
バランスさえ取れていれば、大丈夫です」とシンシアは明るい声で答えた。
「そうですよね!」フクは彼女の前向きな姿勢に安心し、笑顔を返した。
「さあ、もうひと暴れしに行きましょうか!」シンシアは軽やかに立ち上がり、フィールドの奥へ視線を向けた。
「もちろん!」フクも立ち上がり、彼女とともに再び戦場へ向かって歩き出した。