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あたしには十二歳年の離れた兄がいる。
この話をするとみんな揃ってビミョーな顔をする。だいぶ年の離れたきょうだいがいるってのは確かにビミョーで。十二年も経って両親が子作りを始めた理由なんてあたしは知らないし聞きたくもない。
さておき。
では実際友達に兄を会わせてみるとどんな反応をするかというと。
揃ってホクホク顔で「綾音(あやね)ちゃんあんなかっこいいお兄さんいるなんていいなー」と来る。そう。
兄は眉目秀麗。かつ成績優秀通信簿の成績は常に4か5。さすがにオール5とは行かないが大学を首席で卒業した男だ。
しかも、性格もいい。面倒見がよくて、あたしの幼い頃おむつまで替えてくれたのは忘れて欲しい過去だが、年の離れた妹の世話を焼くため、どうやら反抗期を迎えそこねたらしい。
両親との関係は良好。そんな兄がモテないはずがない。
彼女も、いたに違いない。仔細は知らない。――というのは、兄は、恋愛は秘密主義のひとだったからだ。彼女のいるいないを家族に隠し通して、学生時代を過ごした。大学を卒業してからは家を出て、一人暮らしを始めたものの月に一度は実家に帰ってきて、母の作る夕飯を食べた。家を出て初めて自炊を始めた兄は、どうやら母の手料理が恋しくなったらしく、帰り際、いつも母の手料理をどっさり貰って帰っていった。
半年ほど前から、月に一度は実家に帰っていたはずの兄が、帰らなくなった。異変を感じたものの男は基本家に寄りつかないものだからな、と思って過ごした。
あたしは四月から受験生だ。ほかに考えることが山ほどある。明日当てられるリーディングの授業の予習とか受験する大学のこととか部活のこととか。
三月の最後の週末。久々に兄が帰ってくると言った。
だが、それまでと違ったのは。
兄が、『会って欲しい』女性を連れてくるということ。
三田家に、激震が走った。そんなことは初めてのことだった。お母さんなんか、赤飯炊いたほうがいいかしらなんて騒いでた。
ばっかみたい。
あたしはとりあえず、家に居ろと命じられた。本当は兄の彼女なんか、会いたくもなかったけど――
好奇心もあった。
兄が生まれて初めて連れてくる『彼女』とはいったいどんな女だろうかと。
兄は、常にあたしの憧れだった。身近に完璧過ぎる男がいるから同級生や先輩後輩に、まったく魅力を感じなかったし、兄にならどんなことをされても構わないというくらいだった。不幸にしてあたしの願望は、『彼女』の出現によって破られるわけだが。
――
「母さん。ただいま。父さんは?」
「いま、買い出しに行ってるわ。……あらあ、初めまして」
「母さん。こちらが、桐島莉子さん。……で後ろにいるのが妹の綾音」
「は、じめまして……」
「そんな緊張しないで」くすりと笑う兄が、さりげなく彼女の背中に手を添え家へと招き入れた。
手を添える兄の動作。それを受け入れる彼女の存在。二人の言動があまりに恋人同士として自然なもので
胸の奥が焼け焦げる感覚がした。
*