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――私は、母親が苦手だ。


「あなたは、あなただけは私の宝物」


母親は、いつも出かける前にそう言って、居なくなる。

私はそれを――そのとても耳障りの良い言葉を、笑顔を作りつつ無感動に聞き流す。


「うん。私はお母さんが帰ってくるまで家に居るから、心配しないで」


「ありがとうミエル」


母親が求めている言葉だけを返し、母親は笑顔の裏に隠れた虚無と無関心を見せないようにして、家を出ていく。


私には分かっている。


母親が私に求めているのは、自分の邪魔をしない事。

愛情がない訳ではないのも知っている。

だが、私への愛情以上に、あの人には大切なものがたくさんあるのだという事も知っている。

それは、自分だったり、男であったり、金だったり。

あの人にとって、私は、あの人を裏切らない居場所というだけだ。

時として、私を邪魔だと思っているのも知っている。

母親は、容姿が良いぶん男癖も悪い。

これまで、幾度お父さんと呼んだ人間が居ただろうか。

初めは当然嫌だった。

だが、私は自分が母親の庇護下に無ければ、生きていけない事も理解している。


だから、今は、人生を消化しているだけ。


一人で生きていけるようになるまでは、誰かの望む私を演じ、月日を処理するだけ。




――私は、他人が嫌いだ。


街を歩けば、聞きたくもない雑音が次々と私の心を踏みにじる。


だいたいの人間が、内心とは真逆の事を思って生きている。

私の視線の先で遠慮がちに贈り物を受けている男女も、


「え〜、本当に貰っていいんですか? 私なんかに気なんか使わなくても良いのに。(はぁ〜、ねぇわ。もっとマシなもん選べやカスが。このあと別れたら、終わりだなコイツとは)」


「気にしないで。僕が君にあげたいと思っただけだから。(めんどくせぇな。とっととヤラせろや。身体くれぇしか良い所ねぇ癖に、良い子ぶってんじゃねえぞB級女が)」


表の言葉と内の言葉が違い過ぎて、とても汚いものの様に感じる。

この人達はまだいい。


本当に怖いのは、人を害そうとする悪意だ。


憎悪、憤怒、嫉妬、強欲……そうした外に向けられる強い感情が、私は怖かった。


そうしたものを受け取った瞬間、私はそれが本当は私以外に向けられていると知っていても、恐怖で心が凍る。


大抵、人が他人に悪意を向ける場合、内から外に出す過程で、悪意は相当に薄まったものとなる。

こいつ殺してぇ。という思考だとしても、それが行動に移されることはまず無い。

人間には理性があるからだ。

悪意は理性によって薄められ、表出しても、嫌悪感や悪口程度のものになる。


だが、私が受け取るのは内面から伝わる純粋な感情。

なんのフィルターも介さない、生の感情。


それは、とても強く衝動的で、生々しくて。


私から見れば人は、外側は理性の仮面で綺麗に飾られているけど、心は皆、悪魔だった。




――私は世界が嫌いだ。


どうして私をこんな風に生まれさせたのか。

誰かの心の中なんて、知りたくもなかった。

他人の心なんて知らなければ、私も綺麗な世界で生きれたのに。

こんな汚物まみれの世界で、生きていくなんて、まるで罪人だ。

どんなに美しい人でも、どんなに高潔な人でも、心が綺麗な人は居なかった。

この世界は、私が物心ついた時から、私の心を壊して捨てた。この世界に私の居場所など無いと言わんばかりに。


もし、この世界で心の綺麗な人なんて居たら、それはきっと、神様という存在なんだろう。


私は、十二年しか生きていないけれど、これまで心を許せた存在は居なかった。

たった一人の友人も、母ですらも、信じる事は出来ない。

ただ、あの人達の望む自分を演じるだけ。

それが一番、悪意を受けないから。


この世界で生きていく限り、それは続くんだろう。


ずっと。ずっと。




――私は、父の事が好きだった。


父とは会ったことが無いからだ。

父は傭兵で、私が生まれて間もなく亡くなったと聞いている。

だから父は、写真の中だけで綺麗な笑顔で赤ん坊の私を抱いていて。

もし生きていてくれたら、きっと綺麗な心で私を愛して、慈しんでくれたんだろうと、そう思っている。


そう……そうしなければ、私は――。



――私は、異能が嫌いだ。

私は誰にも話してないけれど、異能を持っている。

異能者は百万人に一人程の割合でしか生まれない。

この星、アーレスの総人口は凡そ二億人といわれているから、この世界でも二百人程しか居ない計算になる。

そんな稀有な力を持つ者は、大抵の場合、国に拾い上げられ軍人や官僚になるか、戦闘に向いている力であれば、高い報酬を得られる傭兵になる事が多い。

有名な異能者で言えば、エネイブル諸島連合王国に仕える専属傭兵一族のフォルネージュ家の『炎』や、世界最強の傭兵団と名高い『黒き風』の団長であるネイヴィス・ヘイズゲルトの『渦』あたりが私でも知っている有名どころだろうか。


そして私が生まれ持った異能は、またしても世界が私に咎めを受けさせているとしか思えないようなものだ。


『精神干渉』。私が生まれ持ったその力は、私の他人の心が勝手に私の中に入ってくる病気によって、更に私の心を虚無にした。


五歳の頃、ずっと私に嫌がらせをしてくる男の子がいた。

その子は、心の中では私に好意を抱いていたくせに、私にずっと嫌がらせをしてくるのが、私はたまらなく不思議だった。

だから、私はその子に言ったのだ。


「どうしてわたしのことがだいすきなのに、こんなにいやなことばかりするの?」


私のその言葉を聞いたその子は、瞬く間に様々な感情を生み出した。

羞恥と、恐怖と、焦燥と、劣等感。そして、僅かな怒り。

今まで、少なくとも私に対しては心が綺麗だったその子も、すぐに泥水みたいに内側が濁っていって、その強い感情が自分の中に入って来たのが怖くて、私は無意識に異能を使った。


「こわいのやだ!」


異能を受けた男の子は、突然眠る様に倒れてしまい、私は怖くて家に逃げ去ってしまった。

それからしばらくすると、その子のお葬式が開かれていた。

お葬式に並んだ人達の中から、私に入って来たものは、悲壮であったり、喪失感であったり、お葬式が面倒だと思う苛立ちであったり。

だが、耳に届く会話のほうがその時は私の心を抉った。

その子の死んだ理由は、安楽死。

少し前に、道端で倒れているのを親が発見し、寝ているようだと思ったらしいが、何をしても目覚めない。

病院に連れて行っても、医師の診断は、原因不明の植物状態になっていて、いつ目覚めるかはわからないし、目覚めない可能性もあるとの事だった。

私は、すぐに自分の責任だと自覚した。

同時にこの事を話せば、この場の全員の強烈な悪意が私を襲う事も理解した。


私は罪悪感と恐怖を押し殺し、その子に花を手向けると、その子のお母さんが私に向けて礼を言った。


「ミエルちゃん。ありがとう。きっとこの子も、喜んでる」


――違う。きっと恨んでる。


「ううん。ともだち、だったから」


私は嘘をついた。嘘をついて、あの子の親によく思われて、私がやったんじゃないと言い聞かせて。

ただ、罪から逃げる為に。

そして、この世界で誰よりも自分が汚いものだと自覚した。



――私は、私が一番嫌いだ。







▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



あとがき



え〜、想像以上に重い第一話ですね。

本編の救われた後のミエルを見ていなければ、そっ閉じしてしまうような内容ですが、安心してください。

これは、ミエルが救われる物語です。

どういった過程で、紅の黎明第一部隊部隊長にまでいたり、白銀の黎明本編のミエル・クーヴェルが形成されたのか、心を操る力を持ちながらも他人の心を強制的に感じ取ってしまう存在である彼女の葛藤と、ただの不幸な少女から成長していくミエルを見ていただければ幸いです。

大事な事なのでもう一度言いますが、これは、ミエルが救われる物語です。





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