コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
給食時間になって、たくさんの音が増える。
金属音や、人の声、足音。
いつだって教室には、「音」がある。
そんなことは当たり前で、別に何も気になりなんてしない。
はずなのに。
すずやみさきの笑い声がうるさくて仕方がなかった。
あの透明感のある声は、今はもう別の人の方へ向けられているのだ。
そう考えると、その声は私にとって刃物のように鋭くて、痛かった。
耳が劈かれるようだった。
『あ、またこっち見てるよー』
『キモ(笑)そんなにうちらのこと好きなのかなあー?』
『うわっ!やば、吐きそう(笑)』
『え、絶対やめてよー?』
教室に響き渡る声のその全てが、私を嘲笑っているようで怖かった。
思わず教室から出て、音楽室階段へ走った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あそこは誰もこない。
知っている人もいない。
音もしない。
まるで、あの空間だけ時間が止まっているようで、私はそれが好きだった。
ここは私を落ち着かせてくれる。
何も音のしない、静かな空間でただただ目を瞑っていると、私はいつの間にか元通りになれる。
そう思いながら目を閉じようとすると、視界の端がいつもと違うことに気がついた。
ドアが開いている。
思わず小さく息を吸い込んだ。
誰か、いるんだろうか。
そう思ってドアから顔を覗かせると、幸いなことに誰もいなかった。
きっとどこかのクラスが使って、鍵を返し忘れたのだろう、鍵も近くに置いてあった。
ふう、と息を吐いて、もう一度改めて音楽室を見渡すと、そこには埃の被ったピアノがあった。
なぜだろう。
思わず近づいていった。
まるで、そのピアノが泣いているようだったから。
捨てられているように、寂しそうだったから。
蓋を開けると、埃がこっちに舞った。
その埃が、長い年月を放って置かれていたという事を物語っていた。
ぽろん、と音を鳴らした。
一応調律はしてあるのか、ちゃんと綺麗な音が鳴った。
大きく息を吸い込んで、私は手を鍵盤の上で滑らせる。
滑らかに、しとやかに。
しとしと降り注ぐ雨のようなピアノを奏でた。
久しぶりにピアノに触れたけれど、私の指はちゃんと覚えていた。
発表会やコンクールに出るときに必死で暗譜した曲は、どれもまだ弾くことができた。
でも、
不協和音が鳴り響く。
やっぱり、この曲は弾けない。
それは、幼稚園の時の卒園式の曲で、私が伴奏を担当した曲だった。
幼稚園の割に難しく、ビリーブ、という曲だった。
信じる。
確か、そんな意味だった気がする。
信じることができない私にとって、今まで弾いてきた曲のどの曲よりも難しくて、何度も楽譜にバツ印を書きたくなった。破きたくなった。投げ出したくなった。
でも、それでも頑張ったのに。
なのに、卒園式、
私は失敗した。
頭が真っ白になって、演奏が止まった。
しいん、と静まる卒園式の会場の、あの冷たさは今でも覚えている。
そして私は思わずピアノの椅子から立って、飛び出すように走って、ひな壇を駆け降りた。
母の呼び止める声や、父の固まった顔、担任や校長の焦った顔。ざわめく会場。周りとヒソヒソ喋るクラスメイト。
それら全てを振り切るようにして私は走った。
手にはひったくってきた楽譜があった。
そこには私や先生、母の字がたくさん並んでいた。
その楽譜をもう2度と見たくない、と思った私は楽譜を破いた。
あれだけ踏ん張り続けたけど、結局破り捨てた。
でもうまく破れなくて、小さくなるまで破り続けた。
しばらくそうして、もう何かすらわからないくらい小さくなった楽譜の上に私は座り込んで、大声で泣いた。
もう嫌だ、なんでこうなるの、って。
その時の私はひどく無様で、そしてそんな私に駆け寄ってきてくれる人も、いなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー