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大葉は慌てて羽理から視線を逸らせると、売り場に並んだコスメたちの値札を確認して。
(ん!? ファンデーションがコンパクト込みで二千円以下!? 口紅も一本五百円ほどしかしねぇし、スキンケアアイテムとやらもちっこいのだと千円しないじゃないか)
要するに、全然高くない。
大葉が今まで付き合ってきた女性たちが買っていた化粧品は、ファンデーションもコンパクト込みだと一万円以上したし、口紅も一本四千円は下らなかったはずだ。美容液系に至っては一種類じゃ済まない上、ひとつずつが最低三千円以上はしたと記憶している。
(こら、荒……じゃなくて羽、理っ! 何でこれで俺の顔を見る!?)
もしかして、自分はこんなコスメも買ってやれないくらい甲斐性のない男だと思われているんだろうか?
そう思いながら羽理をソワソワと見詰めたら、羽理が観念したように口を開いた。
***
「あのっ、手っ! このままだと商品の吟味が出来ません」
買ったことのあるものを選ぶならまだしも、新手の何かを買うときは色味を見るためにテスターを手の甲へつけてみたりしたい。
そう言うことをしないまでも、アレコレ手に取ろうと思ったら、片手だけは厳しいではないか。
捕まえられたままの手を掲げただけで分かってもらえると思ったのに、目で訴えてみても一向に解放してくれる気配のない大葉に、羽理は仕方なくそう言わざるを得なくて。
眉根を寄せて、指を絡ませられたままの手元を見詰めながらそう言ったら、大葉が慌てたように「あっ、あぁっ、すまんっ」とどこか名残惜しそうな様子でギュッとしていた手指を解いてくれた。
「あ、いえ。あの……むしろ有難うございます……?」
何となくの流れ。
眼前の大葉が少し気落ちして見えたから、『気になさらないで下さい』と言ったつもりが、何故か『有難う』になってしまって。
「――? それは……何に対する礼だ!?」
大葉から至極まともな返しをされてしまった。
手を解放してくれたことへの感謝か、はたまた歩くのが遅い自分を気遣って、大葉がずっと手を引いて歩いてくれたことへの謝辞か――。
多分大葉としては後者のつもりに違いない。
そう思った羽理は、
「えっと……どんくさい私がはぐれないよう、手を掴まえて歩いて下さったことに対して、……ですかね?」
と自分としての最適解を選んだ。
そうしながら――。
(もぉ、部長ったら普通につないで下さったんで大丈夫なのに……指先がんじがらめとか。……どんだけ私のことはぐれやすいと思ってるのっ!)
確かに羽理はどうしようもないほどの方向音痴ではあるけれど、実際はぐれたところでそんなに客でごった返しているわけでも、店舗がめちゃくちゃ広いわけでもない。
いざとなれば携帯で連絡を取ることも出来るし、会えなくなんてならないはずだ。
自分でもよく分からないことを言ったと思いながら、何か言いたげに、中途半端にこちらに手を伸ばしたままの大葉からあえて視線を逸らせると、羽理は自由になった手でオールインワンジェルの入った小さめのチューブを手に取った。
容器がいつになくひんやりして感じられるのは、羽理の手が常より温かいからだろう。
大葉の大きな手でギュッと握られていた左手は、少ししっとりして熱を持っていたから。
それが何だか妙に気恥ずかしく思えてしまっているのは何故だろう?
「あ、あのっ。私っ、カゴ持って来ますね」
まるでその気持ちから目を逸らしたいみたいに……。ジェルを手にしたままハタと気が付いたように言ったら、「お、俺がっ」と片手を上げて羽理を押しとどめた大葉が、そそくさと羽理のそばを離れる。
そこでふと気付いたように「すぐ戻ってくるから……そこ、動くなよ? 迷子になるぞ!?」と付け加えてきた。
「いやっ、私、ちっちゃい子供じゃないですから。そんなすぐ迷ったりしませんって」
条件反射でそう答えながらも、羽理は(やっぱりあれは私がはぐれないようにしてくれてたんだ……)とちょっぴり寂しい気持ちで自分の左手を見詰めた。
***
「あれぇ~? 荒木先輩?」
ファンデーションはいつも使っているパウダータイプにすべきか、それともサッと塗り伸ばせばいいだけのリキッドタイプにすべきか。
うーん、と悩んでいたところにいきなり声を掛けられて、羽理は「へっ?」と間の抜けた声を上げた。
「……五代くん?」
およそ化粧品売り場には縁遠そうなワンコ系後輩――五代懇乃介の突然の登場に、羽理はキョトンとする。
スーツ姿できっちり決めているのに、大好きな飼い主を見付けて尻尾ブンブンで喜ぶワンコみたいな笑顔を振りまきながら駆け寄ってきた懇乃介に、羽理は思わず笑ってしまった。
「先輩っ♥ お買い物ですか?」
「うん、まぁそんな感じ。――五代くんも?」
「はいっ。今日はひっさびさに定時上がりできたのでデオドラントグッズを買いに来ました」
においに気を遣うとは……またチャラチャラした五代くんらしいな?と思いつつ「そっか」とつぶやいたら「あのっ。先輩って化粧とかなさってたんですか?」と、羽理が手にしたリキッドファンデーションを指さしてくる。
「えっ。してるに決まってるじゃない。五代くん、私のこと、一体何歳だと思ってるの!」
「二十歳くらい?」
至極真剣な顔をしてそんなことを言う懇乃介に、羽理はぷはっと吹き出してしまった。
「それじゃあ五代くんより年下になっちゃうよっ。――でも……若く見積もってくれて有難う! 今度お礼しなきゃね」
「じょ、冗談じゃないですからねっ!? 先輩は俺にとっていつだって可愛らしい女の子なんですからっ! あっ、そうだ! ここで会えたのも何かの縁ですし、これから俺と一緒に食事でも……」
「生憎だがコイツは俺の連れだ」
懇乃介が羽理を食事に誘おうとしたと同時。
二人の間に割り込むようにヌッと買い物かごが突き出された。