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ホテルを出た二人は、ゆっくりと海の方へ歩いていた。
朝の町はまだ静かで、
人の姿はほとんどない。
潮の香りが、風に乗って運ばれてくる。
やがて視界が開け、
目の前に 青い海 が広がった。
波が静かに岸に打ち寄せている。
ザァ……
ザァ……
朝の光が海に反射して、
キラキラと輝いていた。
ひかり
「わぁ……!」
ひかりは嬉しそうに声を上げる。
ひかり
「きれい!」
まるで子どものように目を輝かせている。
蓮は少し後ろから、その様子を見ていた。
ひかりは砂浜まで走っていく。
そしてその場で立ち止まり、
靴を脱いだ。
ポイッと砂の上に置く。
続いて 靴下 も脱ぐ。
ひかり
「よーし!」
そう言うと、裸足のまま海の方へ歩いていった。
冷たい波が、足に触れる。
ひかり
「ひゃっ!」
少し驚いた声を出す。
でもすぐに楽しそうに笑った。
ひかり
「冷たいけど気持ちいい!」
朝の風で髪が揺れる。
太陽の光を受けて、
その姿はまるで光に包まれているようだった。
少し離れたところで
蓮はその様子を見守っている。
蓮
「……」
胸の奥が、なぜか温かくなる。
蓮(なんだろう…)
蓮(昨日出会ったばかりなのに)
ひかりは波と遊ぶように歩き回っている。
笑顔で、楽しそうで、
とても自由そうだった。
その姿を見ながら、
蓮は心の中でつぶやく。
蓮(この世に…)
蓮(天使がいたなんて…)
自分でも少し恥ずかしい言葉だと思った。
でも、それくらい——
ひかりはまぶしく見えた。
その時、ひかりが振り向く。
ひかり
「蓮くーん!」
蓮
「ん?」
ひかり
「こっち来なよ!」
「海、気持ちいいよ!」
蓮は少し笑う。
蓮
「いや俺は…」
そう言いかけたが、
ひかりは悪戯っぽく笑った。
ひかり
「もしかして」
「海、怖い?」
蓮
「は?」
蓮は少しムッとした。
蓮
「怖くないって!」
ひかり
「じゃあ来てみなよ」
挑発するように笑う。
蓮はため息をつきながら
靴を脱いだ。
蓮
「まったく…」
砂浜を歩き、海へ入る。
波が足に触れた瞬間——
蓮
「うわっ、冷たい!」
ひかりは大笑いする。
ひかり
「でしょ!」
蓮もつられて笑った。
朝の海で、
二人の笑い声が響く。
昨日まで知らなかった二人。
それなのに今は、
同じ海を見て、同じ時間を過ごしている。
その偶然が、
少しずつ 運命 に変わっていく。
まだ、二人は気づいていない。
この出会いが
どれほど大きな意味を持つのかを——。
朝の海は、まだ人が少なかった。
静かな波の音だけが、砂浜に響いている。
ザァ……
ザァ……
幸山蓮 と 阿須賀ひかり は、浅い海の中に立っていた。
冷たい水に足をつけながら、
二人はゆっくり歩いている。
ひかりは海を見ながら言った。
ひかり
「海っていいね」
「なんか、全部流してくれそう」
蓮
「……うん」
しばらく沈黙が続く。
そして蓮は、ふと思い出したように言った。
蓮
「そういえばさ」
ひかり
「ん?」
蓮は少し首をかしげながら聞いた。
蓮
「ひかりは…」
「昨日、なんで深夜バスに乗ってたんだ?」
その言葉に、ひかりは一瞬だけ止まった。
波が足元を通り過ぎていく。
ひかり
「……」
少し考えてから、小さく笑った。
ひかり
「実はね」
「お兄ちゃんがいるんだけど」
蓮
「うん」
ひかり
「名前は 阿須賀月」
蓮
「月?」
ひかりは少し苦笑する。
ひかり
「うん」
「そのお兄ちゃんがさ…」
「私にばっかり厳しくて」
砂をつま先でいじりながら続ける。
ひかり
「ちょっかいばっかりかけてくるの」
「勉強しろとか」
「危ないことするなとか」
「友達と遊びすぎるなとか」
ひかりは空を見上げた。
ひかり
「もちろん…」
「心配してくれてるのは分かるんだけど」
少し寂しそうに笑う。
ひかり
「なんか…」
「疲れちゃって」
「嫌になって、家を出ちゃった」
波がまた足元に触れる。
蓮はその話を黙って聞いていた。
ひかりは少し申し訳なさそうに言う。
ひかり
「バカだよね」
「私」
蓮は首を振った。
蓮
「いや」
「そんなことない」
ひかり
「え?」
蓮は海を見ながら言った。
蓮
「俺も…」
ひかり
「?」
蓮
「昨日、家出したんだ」
ひかりの目が少し大きくなる。
ひかり
「え?」
蓮
「家でさ…」
「テストのことでめちゃくちゃ怒られて」
苦笑する。
蓮
「なんか…」
「自分の居場所がない気がして」
少し遠くを見る。
蓮
「気づいたら、夜の街歩いてて」
「それで…」
ひかりを見る。
蓮
「バス停で、ひかりに会った」
ひかりは驚いたあと、
少し笑った。
ひかり
「じゃあ」
「私たち…」
蓮
「うん」
二人同時に言った。
蓮&ひかり
「家出仲間だ」
一瞬沈黙。
そして——
二人とも吹き出した。
ひかり
「ふふっ」
蓮
「はは」
朝の海に、二人の笑い声が響く。
昨日まで知らなかった二人。
でも今は、
少しだけお互いのことを知った。
ひかりは少し優しい目で蓮を見る。
ひかり
「蓮くん」
蓮
「ん?」
ひかり
「昨日、バス乗ってきてくれて…」
少し照れながら言った。
ひかり
「なんか嬉しかった」
蓮の胸がドクンと鳴る。
蓮
「……俺も」
波が静かに揺れる。
二人は同じ海を見ていた。
似た者同士の二人の物語は、
まだ始まったばかりだった。
そしてこの後——
二人の運命を大きく変える人物が現れることになる。
その頃——
蓮とひかりがいる町から遠く離れた街。
まだ朝の光が完全には広がっていない時間。
住宅街の中を、一人の青年が走っていた。
荒い息。
焦った表情。
その青年の名前は
阿須賀月。
ひかりの 兄 だった。
月
「ひかり!」
「どこ行ったんだ!」
月は家の近くを何度も探していた。
公園。
駅前。
コンビニ。
ひかりが行きそうな場所を全部回っている。
しかし——
どこにもいない。
月はスマホを握りしめる。
画面には、ひかりの連絡先。
何度も電話した形跡が残っていた。
しかし返事はない。
月
「くそ…」
「なんで出ないんだよ…」
焦りが顔に出ていた。
その時、月の頭の中に
昨日の出来事がよみがえる。
昨日の夜
リビング。
月は腕を組みながら言っていた。
月
「ひかり」
「ちゃんと勉強したのか?」
ひかり
「したよ!」
月
「嘘つくな」
「昨日も遅くまでスマホ触ってただろ」
ひかり
「ちょっとくらいいいじゃん!」
月
「よくない」
「お前は体弱いんだから」
ひかり
「またそれ!?」
ひかりは怒った顔で言った。
ひかり
「もう子どもじゃないんだよ!」
月
「だから言ってるんだ」
「無理したら倒れるだろ」
ひかり
「うるさい!」
ひかりはそう言って
自分の部屋へ走っていった。
月
「……」
その時、月は小さくため息をついた。
月
「なんで分かってくれないんだよ…」
そして今。
月は空を見上げる。
月
「ひかり…」
その目には、怒りよりも
強い心配があった。
月は小さくつぶやく。
月
「バカ妹…」
「どこ行ったんだよ」
実は月は——
超がつくほど、ひかりが大好きだった。
もちろん
兄妹として。
小さい頃のことを、月はよく覚えている。
ひかりは昔から 体が弱かった。
学校を休むことも多く、
病院に通う日々。
夜、熱を出して苦しそうにしていた姿。
泣きながら
「お兄ちゃん…」
と呼んでいた声。
それをずっと見てきた。
だから月は決めた。
自分が守ると。
だからこそ——
厳しくしていた。
月
「無理するな」
「夜更かしするな」
「危ないことするな」
全部、
ひかりを守るための言葉だった。
でも——
それが逆に、
ひかりを苦しめてしまっていた。
月は拳を握る。
月
「……」
そして決意したように言った。
月
「絶対見つける」
「どこに行っても」
「俺が迎えに行く」
その頃——
遠く離れた海辺の町では、
幸山蓮と阿須賀ひかり が
まだ何も知らないまま笑っていた。
兄が、必死で探していることを。
そして——
二人の運命が、
もうすぐ大きく動き出すことを。
朝の海は、少しずつ人が増え始めていた。
それでも、まだ静かな時間。
幸山蓮 と 阿須賀ひかり は砂浜を歩いていた。
波の音が穏やかに響いている。
ひかり
「この町、いいね」
蓮
「うん」
その時だった。
ひかりの表情が突然変わる。
ひかり
「……!」
蓮
「どうした?」
ひかりは遠くを見ていた。
砂浜の向こうから、一人の人影が歩いてくる。
その姿を見た瞬間——
ひかりの顔が青くなる。
ひかり
「……お兄ちゃん」
蓮
「え?」
ひかり
「お兄ちゃんだ…」
蓮は驚いて振り向く。
遠くから歩いてくる青年。
背が高く、真っ直ぐこちらへ向かっている。
ひかりは慌てて言った。
ひかり
「どうしよう…」
蓮は少し考えてから、小さく言った。
蓮
「ひかり」
ひかり
「?」
蓮
「隠れといて」
ひかり
「え?」
蓮
「大丈夫」
「俺がなんとかする」
ひかりは少し迷ったが、
近くの岩陰へ急いで隠れた。
その直後——
青年が蓮の前まで来た。
それが 阿須賀月 だった。
月は少し疲れた様子だったが、
表情はとても優しい。
月
「ねぇ」
蓮
「……」
月は穏やかな声で聞いた。
月
「きみ」
「ひかり知らない?」
その言葉に、蓮の胸が少しドキッとする。
(やっぱり…兄ちゃんか)
一瞬だけ、岩陰のひかりを見る。
ひかりは不安そうにこちらを見ていた。
蓮はすぐに視線を戻す。
そして、ぶっきらぼうに言った。
蓮
「……知らね」
月は少し不思議そうな顔をした。
月
「本当に?」
蓮
「知らないって」
少し沈黙が流れる。
波の音だけが聞こえる。
月は蓮をじっと見つめた。
そして、静かに聞いた。
月
「……ひかりとは」
「どういう関係なの?」
その質問に、蓮は一瞬言葉を失う。
(どう答える…?)
もし正直に言えば、
ひかりは連れて帰られるかもしれない。
岩陰のひかりを見る。
不安そうな顔。
その瞬間——
蓮は思わず言ってしまった。
蓮
「……ひかりの」
少し間を置く。
そして言った。
蓮
「彼氏だけど」
岩陰のひかりは
(えぇ!?)
と心の中で叫んでいた。
一方——
月は完全に固まった。
月
「……え?」
数秒の沈黙。
月の頭が状況を理解しようとしている。
月
「え……?」
「彼氏……?」
蓮
「……」
月の顔がゆっくり変わっていく。
困惑。
そして——
ショック。
月
「ちょっと待って」
「え?」
「ええ?」
頭を押さえる。
月
「俺の妹に……」
「彼氏……?」
信じられないという表情だった。
岩陰では、ひかりが真っ赤になっている。
ひかり(蓮くん!!)
(なに言ってるの!?)
しかし蓮は、真剣な顔で月を見ていた。
妹を守るための、
とっさの嘘。
だがそれが——
兄・阿須賀月の心を大きく揺さぶった。
波が静かに打ち寄せる。
そしてこの瞬間から——
三人の関係は、大きく動き始める。
朝の海。
波の音が静かに響く砂浜で、
幸山蓮 と 阿須賀月 は向かい合っていた。
月は腕を組み、ため息をつく。
月
「はぁ……」
少し疲れたような顔で言った。
月
「出てこいよ、ひかり」
蓮
「……」
月は砂浜の岩の方を見ながら続けた。
月
「隠れてんだろ?」
「バレバレだぞ」
その言葉に——
岩陰に隠れていた 阿須賀ひかり の心臓が跳ねる。
ひかり(やっぱりバレてる…!)
蓮も気づいた。
(さすが兄ちゃん…)
月はゆっくり蓮に近づく。
月
「それとさ」
「彼氏って言ったよな?」
蓮
「……」
月
「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
蓮は一瞬、ひかりの方を見る。
ひかりは不安そうにこちらを見ている。
(このままだと…)
(ひかり連れて帰られる)
その瞬間——
蓮は動いた。
ガシッ!!
蓮は 月の腕を掴んだ。
月
「え?」
次の瞬間——
蓮
「悪い!」
ドンッ!!
蓮はその勢いのまま、
月を海の方へ押し投げた。
バシャァァ!!
月
「うおっ!?」
海に水しぶきが上がる。
月は浅い海の中に尻もちをついた。
月
「なっ…!」
その隙に——
蓮は岩陰へ走る。
蓮
「ひかり!」
ひかり
「え!?」
蓮はひかりの 袖を優しく掴んだ。
蓮
「逃げるぞ!」
ひかり
「う、うん!」
二人はそのまま砂浜を走り出す。
後ろでは——
月が海から立ち上がっていた。
髪も服もびしょ濡れ。
月
「おい!!」
「待てぇぇ!!」
しかし二人は止まらない。
砂浜を全力で走る。
ひかりは息を切らしながら言う。
ひかり
「蓮くん!」
「お兄ちゃん怒ってる!」
蓮
「そりゃ怒るだろ!」
ひかり
「どうするの!?」
蓮は走りながら言った。
蓮
「とりあえず!」
「今は逃げる!」
後ろから月の声が響く。
月
「待てこらぁぁ!!」
「俺の妹ぇぇ!!」
朝の海に、三人の声が響く。
こうして——
兄から逃げる二人の追いかけっこが始まった。
だが蓮はまだ知らない。
阿須賀月が——
想像以上に妹を大事にしている兄だということを。
砂浜を、幸山蓮 と 阿須賀ひかり は全力で走っていた。
後ろからは——
月
「待てぇぇぇ!!」
阿須賀月 がものすごい勢いで追いかけてくる。
蓮
「くそ…!」
息を切らしながら振り向く。
蓮
「なんであんな速いんだよ!」
ひかり
「お兄ちゃん昔陸上部だから!」
蓮
「聞いてない!!」
二人は必死に走る。
しかし距離はどんどん縮まっていく。
月
「逃げても無駄だぞ!」
蓮
「くそ…どうすれば…」
蓮は焦りながら言った。
このままじゃ追いつかれる。
その時——
ひかりが突然立ち止まった。
蓮
「え!?」
ひかりは真剣な顔で言う。
ひかり
「任せて…」
蓮
「な、なにを!?」
ひかりはくるっと後ろを向く。
そして、全力で叫んだ。
ひかり
「お兄ちゃーーーん!!」
月
「!」
ひかり
「今でもーーー!!」
「小学生の頃のパンツ履いてるーー!!」
砂浜に沈黙が走る。
蓮
「え」
ひかりは止まらない。
ひかり
「それにーー!!」
「夜ごはんはピーマンだけ残す!」
「食べ残しマン!!」
蓮
「ひかり!?」
ひかり
「それだけじゃない!!」
「トイレの時間がめちゃくちゃ長い!」
「便秘野郎ーー!!」
蓮
「ひかり!!」
蓮は慌てて言う。
蓮
「余計に怒るぞ!!」
しかし——
後ろを見ると
月が立ち止まっていた。
月
「……」
数秒の沈黙。
そして——
月はゆっくりその場に 座り込んだ。
砂浜の上で、膝をつく。
月
「……」
顔はショックで真っ白。
月
「ひかり……」
「お前……」
声が震えている。
月
「それ……」
「全部……」
小さくつぶやく。
月
「人前で言うことじゃないだろ……」
完全に 精神ダメージ を受けていた。
蓮
「……」
蓮は呆然とその光景を見る。
そしてひかりの方を見る。
ひかりはドヤ顔だった。
ひかり
「作戦成功」
蓮
「成功じゃない!!」
蓮は頭を抱える。
蓮
「兄ちゃんめちゃくちゃ傷ついてるぞ!!」
遠くでは——
月がまだ砂浜で座り込んでいた。
月
「……俺の妹が……」
「ひどい……」
朝の海に、静かな波の音だけが響いている。
こうして——
妹の暴露攻撃 により
兄・阿須賀月は大ダメージを受けたのだった。
砂浜でショックを受けて座り込む 阿須賀月 を後ろに、
幸山蓮 と 阿須賀ひかり は全力で走っていた。
蓮
「い、今のうちだ!」
ひかり
「うん!」
二人は海から離れ、町の道へ入る。
朝の町はまだ人が少なく、静かだった。
蓮
「ホテル戻るぞ!」
ひかり
「わかった!」
二人は息を切らしながら走り続け、
やっと 昨日泊まったホテル に戻ってきた。
ドアを開けて中に入る。
バタン。
蓮
「はぁ……」
「つ、着いた……」
ひかりも息を整えながら言う。
ひかり
「お兄ちゃん……追ってきてないよね?」
蓮はカーテンの隙間から外を確認する。
蓮
「今のところ大丈夫…」
「でも油断はできない」
ひかり
「だよね…」
しばらく二人は黙っていた。
部屋の中は静かで、
外からは遠くの車の音が少し聞こえるだけ。
ひかりは少し不安そうだった。
ひかり
「もしお兄ちゃんここまで来たら…」
蓮
「……」
蓮は少し考えてから言った。
蓮
「とりあえず」
「見つからないように隠れよう」
ひかり
「うん」
その時——
廊下から 足音 が聞こえた。
コツ…コツ…
ひかり
「……!」
ひかりの体がビクッとする。
蓮
「静かに」
蓮はひかりの手を軽く引いた。
そして部屋の奥へ。
二人はベッドの影に身を寄せる。
ひかりは少ししゃがみ込んだ。
蓮はその前に座り、
ひかりを 自分の体の近くに引き寄せた。
ひかり
「え…」
蓮は小さな声で言う。
蓮
「動くな」
蓮は右手を伸ばし、
ひかりの頭をそっと支えた。
できるだけ姿が見えないように。
二人の距離は、とても近い。
ひかり
「……」
ひかりの顔が少し赤くなる。
蓮の心臓も早くなっていた。
ドクン…ドクン…
廊下の足音が近づく。
コツ…コツ…
二人は息をひそめる。
ひかりは小さな声で言った。
ひかり
「蓮くん…」
蓮
「ん?」
ひかり
「ありがとう…」
蓮
「……」
蓮は少し照れながら答える。
蓮
「守るって言っただろ」
ひかりの胸が少し熱くなる。
足音はそのまま廊下を通り過ぎていった。
しばらくして——
完全に静かになる。
蓮
「……大丈夫そうだな」
ひかり
「うん」
でも二人は、
まだそのままの距離で動かなかった。
とても近い距離。
お互いの息が感じられるくらいだった。
そして二人はまだ知らない。
阿須賀月がすぐ近くまで来ていることを。
ホテルの部屋の中。
蓮
「……もう大丈夫そうだな」
ひかり
「うん…」
二人はゆっくり立ち上がった。
蓮
「今のうちに外出よう」
ひかり
「うん!」
二人はドアに近づく。
ガチャ…
ドアを開けた。
そして——
蓮
「……!」
ひかり
「え……」
そこに立っていたのは、月だった。
廊下の真ん中で腕を組み、
じっと二人を見ている。
月
「……」
蓮
「やば…」
ひかり
「お、お兄ちゃん…」
蓮はひかりを少し後ろにかばった。
蓮
「何しに来たんだよ…」
すると月は深くため息をついた。
月
「お前ら」
「俺の話ぐらい聞けよ。」
廊下に静かな空気が流れる。
月はひかりを見た。
月
「ひかり…」
「なんで俺がお前に
あんなに厳しくしてたか分かるか?」
ひかり
「……」
ひかりは首を横に振る。
ひかり
「……わかんない」
月は少し目を伏せた。
月
「だろうな」
蓮
「……」
月はゆっくり話し始めた。
月
「お前は昔から」
「すぐ人を信じる」
「優しいし、バカみたいに素直だ」
ひかり
「……」
月
「だから心配だったんだよ」
蓮は少し驚いた。
月
「この世の中」
「優しいやつばかりじゃない」
「お前みたいなやつは」
「簡単に傷つく」
ひかりの目が少し揺れる。
月
「だから俺は」
「わざと厳しくしてた」
「強くなれって思ってな」
蓮
「……」
ひかり
「お兄ちゃん…」
月はさらに続けた。
月
「でもな」
「一番怖かったのは——」
月は蓮を見る。
月
「お前みたいな男が現れることだ。」
蓮
「は?」
月
「ひかりを連れていくやつだ」
廊下の空気がピリッとする。
月
「でも」
月は少し笑った。
月
「……さっき見た」
蓮
「?」
月
「お前」
「ちゃんとひかり守ってたな」
ひかり
「……!」
蓮
「……別に」
月
「ふん」
月は壁にもたれた。
月
「とりあえず」
「逃げるのやめろ」
「少し話そうぜ」
ひかり
「……」
ひかりは蓮を見る。
蓮
「……」
蓮は少し考えてから言った。
蓮
「……わかった」
ひかり
「うん」
こうして三人は——
初めて本当の話をすることになった。
しかしこの後。
月はさらに 衝撃の一言 を言う。
ホテルの廊下。
しばらく沈黙が続いたあと、
月がゆっくり口を開いた。
月
「……実は俺」
「昔、中2の頃」
「毎日テスト勉強ばっかりの生活だった」
蓮とひかりは黙って聞いている。
月
「朝から夜まで勉強」
「いい点を取れ、いい学校に行けって」
「そればっかりだった」
月は少し遠くを見る。
月
「親からは」
「愛情なんて、ほとんど感じなかった」
「期待だけ背負わされて生きてきたんだ」
ひかりの目が少し揺れる。
月
「だから俺は——」
「家族から逃げた」
蓮
「……」
月
「ある夜」
「夜中に家を出て」
「深夜バスに乗って逃げた」
ひかり
「……!」
月
「それからずっと」
「家族とは距離を置いてる」
「学校には一応行ってるけど」
「家族とはほとんど会ってない」
蓮
「そうだったのか…」
月は小さくうなずく。
月
「でも」
月はひかりを見る。
月
「ひかりのことは」
「ずっと心配だった」
ひかり
「……」
月
「だから」
「家族が家にいない時だけ」
「こっそり会いに行ってた」
ひかりの目が大きくなる。
ひかり
「え…」
月
「お前がちゃんと元気か」
「それだけ確認して帰ってた」
蓮
「……」
月
「でもある日」
「ひかりがいなくなったって聞いた」
ひかり
「……」
月
「だから俺」
「ずっと探してたんだ」
廊下が静かになる。
ひかりの目に涙が浮かぶ。
ひかり
「お兄ちゃん…」
月
「……」
ひかり
「そんなこと」
「全然知らなかった…」
月は少し困ったように笑う。
月
「言ってないからな」
蓮は腕を組んで言った。
蓮
「でも」
「それならなんで」
「ひかりにあんな厳しかったんだ?」
月は少し考えてから言う。
月
「簡単だ」
「俺みたいな人生を」
「歩いてほしくなかったからだ」
ひかりの涙がこぼれる。
ひかり
「……」
その時。
蓮が前に出た。
蓮
「月」
月
「?」
蓮
「安心しろ」
月
「……」
蓮
「ひかりは俺が守る。」
廊下の空気が止まる。
月はしばらく蓮を見ていた。
そして——
月
「……言うじゃねえか」
少し笑った。
でも次の瞬間。
月
「ただし」
蓮
「?」
月
「俺より弱かったら」
「認めない」
蓮
「は?」
月
「つまり」
月は指を鳴らす。
パキッ。
月
「勝負だ。」
ひかり
「えぇぇ!?」
ホテルの廊下。
月は腕を組み、静かに言った。
月
「勝負の内容は簡単だ」
蓮
「……?」
月はひかりを見る。
月
「ひかりに決めてもらう」
「俺か、蓮か。」
ひかり
「……!」
蓮
「おい、月…」
月は続けた。
月
「もし俺を選んだら」
「ひかりは俺のところに戻る」
「そして——」
月は蓮を見る。
月
「蓮、お前が選ばれたら」
「ひかりをお前にくれてやってもいい」
廊下の空気が重くなる。
月
「さあ…」
「選べ。」
ひかり
「……」
ひかりはうつむいた。
頭の中にいろんな思いが浮かぶ。
小さい頃の記憶。
優しかったお兄ちゃん。
でも——
海で助けてくれた蓮。
ホテルで守ってくれた蓮。
ひかりの手が少し震える。
蓮
「……」
蓮は何も言わなかった。
ただ静かに待っていた。
長い沈黙のあと——
ひかりは顔を上げた。
そして言った。
ひかり
「……蓮がいい。」
月
「……」
廊下が静まり返る。
月
「理由は?」
ひかりは少し息を吸った。
そしてゆっくり話し始めた。
ひかり
「お兄ちゃんは」
「ずっと私のこと守ろうとしてくれてた」
月
「……」
ひかり
「厳しかったのも」
「本当は心配してくれてたからって」
「今わかった」
月の表情が少しやわらぐ。
ひかり
「でも」
ひかりは蓮を見る。
蓮
「……」
ひかり
「私が逃げたとき」
「一緒に走ってくれたのは蓮だった」
ひかりの目が少しうるむ。
ひかり
「怖いとき」
「そばにいてくれたのも蓮」
「守るって言ってくれたのも蓮」
蓮は少し驚いている。
ひかり
「だから」
ひかりははっきり言った。
ひかり
「私は——」
「蓮のそばにいたい。」
静かな廊下。
月はしばらく黙っていた。
そして——
ふっと笑った。
月
「……そうか」
蓮
「月…」
月は蓮の前まで歩いてくる。
そして言った。
月
「約束だ」
「ひかりをくれてやる」
ひかり
「お兄ちゃん…」
月は少しだけ真剣な顔になる。
月
「でも」
蓮
「?」
月
「泣かせたら」
「その時は——」
月は拳を軽く握った。
月
「俺がぶっ飛ばす。」
蓮
「……望むところだ」
ひかり
「も、もうケンカしないで!😖」
三人の間に、少しだけ笑いが生まれた。
でもその時——
ホテルの外から
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
ウーーーウーーー
蓮
「……え?」
月
「……まさか」
ひかり
「え!?」
実は——
ひかりの失踪が大騒ぎになっていた。
ホテルの外から聞こえる パトカーのサイレン。
ウーーーウーーー
蓮
「……やばい」
ひかり
「警察…?」
月は窓の外をちらっと見た。
そして深くため息をつく。
月
「はぁ…」
ひかり
「お兄ちゃん…?」
月は二人の方を向いた。
そして静かに言った。
月
「……しょうがない」
蓮
「?」
月
「蓮、ひかり。逃げろ。」
ひかり
「え?」
蓮
「お前はどうするんだよ」
月は肩をすくめた。
月
「俺がなんとかする」
ひかり
「だ、だめだよ!」
月
「いいから」
月は少しだけ優しく笑った。
月
「こういうのは」
「兄貴の仕事だ。」
ひかりの目に涙が浮かぶ。
ひかり
「お兄ちゃん…」
月
「ほら」
「早く行け」
廊下の向こうから
人の声が聞こえてくる。
「このホテルらしいぞ!」
「部屋を確認する!」
蓮
「……チッ」
蓮はひかりの手をつかむ。
蓮
「行くぞ」
ひかり
「でも…!」
月
「ひかり」
ひかり
「……」
月
「大丈夫だ」
「俺は逃げ慣れてる」
少し冗談っぽく言った。
ひかり
「……!」
蓮
「月」
月
「?」
蓮は真剣な顔で言った。
蓮
「絶対また会うぞ」
月は少し驚いたが、笑った。
月
「……当たり前だ」
「俺は簡単に捕まらねえよ」
ひかりは涙をこらえながら言った。
ひかり
「お兄ちゃん!」
月
「ん?」
ひかり
「ありがとう!」
月は軽く手を振った。
月
「いいから行け!」
その瞬間——
蓮とひかりは 非常階段へ走った。
バタン!
ドアが閉まる。
そして廊下には
月一人だけが残った。
足音が近づく。
警察
「この階だ!」
月は首を鳴らした。
コキッ。
月
「さて…」
「どうやってごまかすかな」
そして——
警察が廊下に入ってくる。
警察
「君!」
月
「ん?」
月は何も知らない顔で振り向いた。
物語はまだ終わらない。
その頃——
蓮の家族も、蓮のことを探していた。
蓮の母
「蓮がいない…?」
蓮の父
「昨日から連絡もつかない」
家の中は少し騒がしくなっていた。
母
「警察にも連絡したほうが…」
父
「待て」
父は少し考えて言った。
父
「蓮はあいつなりに考えて動くやつだ」
「きっと理由がある」
しかし、心配な気持ちは消えなかった。
その頃、ホテルでは——
蓮とひかりが非常階段を駆け上がっていた。
ダン!ダン!ダン!
ひかり
「はぁ…はぁ…」
蓮
「もう少しだ!」
二人は階段を登りきった。
そして——
屋上のドアを開ける。
バン!
強い風が吹く。
屋上だった。
空は広く、海も遠くに見える。
ひかり
「ここ…」
蓮
「とりあえずここなら」
「少し時間稼げる」
ひかりは不安そうに言った。
ひかり
「お兄ちゃん…大丈夫かな」
蓮
「……」
蓮も少し心配そうだった。
蓮
「あいつなら大丈夫だ」
ひかり
「うん…」
風が二人の髪を揺らす。
ひかりは空を見上げた。
ひかり
「今日いろいろありすぎだよ…」
蓮
「だな」
ひかり
「海に行って」
「追いかけられて」
「ホテルに逃げて」
「お兄ちゃんと会って…」
蓮
「……」
ひかり
「でも」
ひかりは少し笑った。
ひかり
「蓮と一緒でよかった」
蓮
「……」
蓮は少し照れた。
蓮
「急にそういうこと言うなよ」
その時——
屋上のドアの向こうから
ドン!
という音がした。
ひかり
「……!」
蓮
「……誰か来た」
ドアノブが動く。
ガチャ…
ひかり
「警察…?」
蓮
「わからない」
ドアがゆっくり開く。
ギィ…
そこに立っていたのは——
意外な人物だった。
ひかり
「え…?」
蓮
「お前…!?」
屋上。
風が強く吹いていた。
蓮は静かに言った。
蓮
「ひかり…」
ひかり
「え…?」
蓮はゆっくり ひかりの手をやさしく取った。
ひかりの心臓がドキッとする。
ひかり
「蓮…?」
蓮は真剣な顔だった。
そして——
ひかりの額に そっとキス をした。
ひかり
「……!」
ひかりの顔が赤くなる。
蓮
「俺が守る」
蓮は屋上の端の方へ一歩進んだ。
ひかり
「蓮…?」
蓮
「もし警察が来たら」
「俺が全部引き受ける」
ひかり
「なに言ってるの!?」
蓮
「だから——」
蓮が屋上の端に近づこうとした その瞬間。
ガシッ!
誰かが 蓮の腕を強くつかんだ。
蓮
「……!」
振り向くと——
そこにいたのは 月 だった。
月
「バカかお前」
蓮
「月!?」
ひかり
「お兄ちゃん!」
月は蓮をぐっと引き戻す。
月
「そんな無茶なことして守るとか言うな」
蓮
「でも…!」
月
「守るってのはな」
月は真剣な顔で言った。
月
「生きて一緒にいることだ。」
屋上の風が吹く。
ひかりの目に涙が浮かぶ。
ひかり
「蓮…」
月
「お前がここでいなくなったら」
「ひかりはどうなる」
蓮
「……」
月
「守りたいなら」
「最後まで逃げ切るか」
「ちゃんと向き合え」
ひかりは蓮の手を握った。
ひかり
「蓮…」
「一緒にいて」
蓮はしばらく黙っていた。
そして——
屋上の端から一歩離れた。
蓮
「……わかった」
月
「最初からそうしろ」
その時。
屋上のドアの向こうから声がした。
「屋上を確認しろ!」
ひかり
「……警察!」
月はニヤッと笑う。
月
「よし」
蓮
「?」
月
「俺に作戦がある。」