テラーノベル
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〜注意事項〜
・一話参照
◇◇◇
その日、shpはciにパンを持ち帰った。
utのパンである。
自分からciに説明するのは不安らしく、shpから言って欲しいとのこと。
本当の自分を知ったciが、もし自分を嫌がったらもうパンを届けるのはやめる。
関わらないようにする。
そう言って、utは閉まった暗い店から、パンを1つ持ってきた。
小さな袋に入った甘いブリオッシュが、テーブルに置かれる。
こんな時間でもciは起きていた。
帰ってこないshpを心配して、洗濯物を畳みながら待っていたのだ。
「これ、utさんの店のパン」
「わあっ!!ありがとう」
車椅子のciが目を輝かせる。
洗濯物をソファに置いて、車椅子を動かした。
テーブルの側までくると、パンを手に取り頬張った。
そういえば、夜ご飯を忘れていた。
もう時間帯的には、朝ご飯になるだろうか。
「…ci。話がある」
shpはciに向かって、utの本当の姿をゆっくり話した。
過去にknという友人がいたこと。
彼が、足を不自由にしていたこと。
彼が、パン屋になりたいと言っていたこと。
彼が、ふわっふわのパンを作ろうと努力していたこと。
それを、utも協力していたこと。
そして
彼が、既に故人であること。
ciはパンをひと口かじり、目を伏せる。
「……そうだったんや。全然知らへんかった」
「…嫌いになるか」
「ならへんよ」
ciは小さく笑った。
「もうutさんは、俺と…お前の友達やからね」
それから、人差し指を伸ばして思いついたように言い出す。
「なあなあshpッ!!ええこと考えた!!」
◇◇◇
その 翌日、ciとshpはutの店を訪ねた。
utの店は暗いままで、扉にはクローズの看板が掛けられていた。
shpが、ぎゅうと唇を噛むのを無視して、ciはその扉を強引に開けた。
鍵は掛かっていなかった。
なんて不用心なパン屋だ。
「お邪魔しまーす!!」
驚いたutが顔を上げる。
utは電気のひとつも付けずに、カウンター席に座っていた。
目の下の濃いクマを見るに、寝れていない。
「c、ci…?shpも…」
またknになっているな、とshpは困ったように頭を搔いた。
仕方がない、彼にとってこれは日常であって、安定剤でもあるのだろう。
「俺!utさんのパンが食いたいねん!」
ciは車椅子を押してカウンターに近づく。
utは視線を落としたまま、何も言えない。
knとutが、utの頭の中で戸惑っている。
「utさん!!の作るパン、美味しいから」
ciは笑顔でそう言った。
utの胸の奥がじんと温かくなる。
「…ありがと」
それは初めて、utがutで微笑んだ瞬間である。
ciは狙っていたかのように満足そうに頷いた。
それから、shpの手を掴む。
shpもその手を握り返した。
「だから、俺らutさんにパンを注文しにきた!!」
「…えっ?ちゅーもん、?」
「ふわっふわのパンをよっつ!!!」
◇◇◇
その日を境に、3人は一緒に過ごす時間が増えた。
パン屋の片隅でciがノートにスケッチを描き、shpが裏でコーヒーを淹れ、utがパンを焼く。
笑い声が小さな店に溶けていく。
utも、客の前ではまだだが、3人だけになると素を出すようになってきた。
その時、utの後ろには安心したようなknが浮かび上がって見える。
まあ、それは幽霊でしかないのだが。
本当に幸せそうな顔をするものだから、shp達が何も言えることはなかった。
utはknの書き途中のレシピを見ながら、試行錯誤していた。
ふわっふわのパンを作るためだ。
どれも美味しいのだが、utはこれじゃないの一点張り。
それから数週間、三人の時間は穏やかに過ぎていった。
パン屋の奥の小さなテーブルに、ciのスケッチブックが常に置かれるようになった。
shpはコーヒーを淹れる係、utは焼き上がったパンを見せる係。
笑い声はいつも柔らかい。
客も、utは明るいだけじゃなくなったと微笑ましく笑う。
それは、明るいknに、優しいutが混じっていたことを意味した。
utは照れくさそうに鼻を触っていた。
そんなある朝だった。
shpがciを連れて散歩に出かけていた。
ciが、パン作りに没頭するutに花を上げたらどうだと提案したのである。
素を出すようになったのは良いが、今度はパン作りに没頭して寝る時間は遅くなっていた。
花はいい匂いで、癒してくれる。
切羽詰まるutを解してくれるだろう。
shpはそんな提案をするciの頭を優しく撫でた。
とにかく、それに向かう途中であった。
通りの角で、車が急ブレーキをかけた音が響いた。
ほんの一瞬。
荷台から落ちた木箱が歩道に転がり、ciの車椅子にぶつかった。
ガタン、と音を立てて車椅子が横転する。
頭を強く地面に打ち付けたciは、治まってきていたはずの過呼吸を起こした。
追い打ちをかけるように、もう1つ木箱が落ちる。
それはciの下半身を、車椅子ごと押し潰した。
「ciッ!!!!!!!」
shpの叫び声が街路に響く。
血の気が引いた顔で、shpはすぐに駆け寄る。
慌てて、木箱を退けてciの頭を膝に乗せる。
呼吸の音を聞かせると、過呼吸は止んだ。
けれども、ciは脳震盪か、意識をふっと飛ばした。
かすかなうめき声が、shpの耳にこびり付く。
◇◇◇
救急車。病院。真っ白な廊下。
ciは意識はなく、腕に打撲を負い、足は不自由な上に骨折。
しばらく入院が必要だと告げられる。
shpは手を握りしめて泣きそうな声をこらえる。
「ごめんッ、ごめん、俺がもっと気をつけてれば…」
「……shpの、せいじゃないよ」
utは弱々しく、慣れない様子で背中を撫でた。
「…ッ、ci、ごめん…おれのせいで、」
shpの心はすぐに壊れた。
家に戻っても泣き続け、冷蔵庫の前で座り込む。
その部屋は、暗く不安を掻き立てるほど静かであった。
部屋に送り届けたutは、鍵を閉めなと言って、そのまま扉を閉めた。
他に言えることはなかった。
utは、いつもの明るい声が出ないまま店を閉めた。
頭の中に浮かぶのは、knが静かに息を引き取った日の光景。
「また、ぼくは、こんなとき、に…守れなかった…」
utはカウンターに突っ伏した。
笑顔が作れない。
knの声も聞こえない。
あれほど鮮やかだった明るい人格が、knが、霧のように消えていく。
knも、遂に呆れたのか。
翌日、パン屋の厨房には重い空気が漂っていた。
粉を計る手は震え、バターを切る音がぎこちない。
utは鏡に映った自分を見て、唇をかむ。
僕だけじゃ、明るくできない。
knがいないと、knが、いないと。
それでも、頭の中にいるはずの彼はいない。
一人じゃなにも出来やしない。
一人じゃ…
いや。救わなければならないだろう。
僕はshpとciに救われた。
knの手に縋っていただけの僕を、2人は解いてくれた。
出来ないじゃない。やらなきゃいけない。
僕、
俺が、2人に助けてもらったように。
◇◇◇
夜明け前、utは黙々とパンをこねた。
knのレシピはutの手元に見られない。
utは自分で、今までの経験で、自分だけのレシピを作ることにした。
今まで自分の手を掴んで動かしていたknは、今では背後で見守ってくれているようだ。
明るい声はひとつも出さない。
静かな、パン屋の中。
ただ、手の中の生地に心を込める。
焼き上がる頃には、窓の外が淡い朝焼けに染まっていた。
香ばしい匂いが店中に広がる。
ふわっふわのパン、よっつ。
ciのと、shpの、そして。
「…ん?よっつ、?」
utはパンを見て、首を傾げた。
「ふたつやないんや…欲張りやな」
くす、と笑うとパンを包みにいれた。
kn、俺出来たよ。
お前にも食わせてやりたいところだけど。
ごめん、俺これ注文されてるんだ。
包みを手に、utは病院へ向かった。
白い廊下を進む足取りは重いが、目だけは真っ直ぐだった。
病室のドアを開けると、shpがciの手を握っている姿が見えた。
目の下にはクマができ、髪は乱れている。
荒れている、それが当時の自分と重なる。
utはそっと声をかけた。
「注文のパン、届けに来たで」
shpが顔を上げる。
「…、ぱん、」
utは強く頷き、ciのベットに置く。
いい香りが広がるのに、shpは泣きそうになった。
「…ci、utさんが、ぱん…とどけてくれた、で」
そう言って、shpがパンを包みから出した時。
ciはベッドの上で微笑んだ。
「…いい、におい」
shpは目をまん丸にして、ciに抱きついた。
utは安心したように、包みを差し出す。
「…ご注文の、ふわっふわのパンや。」
俺が作ったから、味は保証できひん。
ciはその言葉に一瞬驚いた顔をしたが、やがて微笑んだ。
独りをあれほど恐れていたutが、1人で。
それが嬉しくて仕方なかった。
「食べたい」
utは震える手でパンをちぎり、ciとshpの手に渡した。
ciは一口かじり、涙ぐんだ。
「おいしいなあ」
その一言で、utの胸の奥が温かくほどけた。
shpもその様子を見て、かすかに笑った。
「utさん、ありがとう。気持ち、落ち着いたわ」
「それはciが起きたからちゃうか」
「それもあるけど、このパンのおかげでもある」
shpの頬はふっくらと膨らんでいる。
ciはパンをもうひと口食べ、うなずく。
「utが作るパンは、utのパンやもんね」
「…うん」
ぎこちなく頷くと、shpが包みの中の残りのパンを渡した。
「はい」
「…なに?いらへんかった、?」
「ちゃう。これは」
「”ut”さんと、knさんのぶん」
「…ッ、!」
「knさんも、これ注文してたんちゃうの?食べさせたってよ、きっとその人が1番楽しみにしてるんじゃないの」
shpがutの肩をぽんと撫でる。
それから、ciが微笑んだ。
「ほんでね、utさんも自分で作ったパンを食べるんやで。自分を受け入れてこ。誰もアンタを否定しない」
病室の空気がふわりと柔らかくなった。
笑顔はまだ不器用で、声も小さいけれど、三人のあいだに確かな絆があった。
明るく取り繕わなくても、そこにいるだけで、温もりが繋がっていた。
◇◇◇
病院の窓から差し込む午後の光が、車椅子のciの髪を柔らかく照らしていた。
その膝の上には小さな外出許可証が置かれている。
「やっと、会いに行けるな」
shpが明るく微笑む。
ciもかすかに頷いて、うん と短く答えた。
その声は少し震えていた。
パンをよっつ注文したのには、意図があった。
もちろん、ふたつはshpとciの分である。
ひとつは、utの分。
utが自分で作ったパンを食べることによって、自分を受け入れることができるだろうと考えた。
そして、もうひとつは、knの分だ。
誰よりもそれを待ち望んだ彼。
きっと、shp達が分からないほど長い間、待っていた。
車椅子を押すshpの隣を、utは歩いていた。
今日もknをまとったutではなく、素の落ち着いた表情のままだ。
だが、その目には確かな決意が宿っていた。
「…じゃあ、いこか、」
包みの中には、いい香りのパンがひとつ。
utが夜明け前から仕込んだ、knがいつか焼きたがっていたふわっふわのパンである。
道は静かで、空気には初夏の匂いが混じっていた。
shpが車椅子を押しながら、何度もciを覗き込む。
「無理してへん?大丈夫?」
「大丈夫。…おれも会いたい」
ciはかすかに笑った。
その笑顔に、utの胸が詰まる。
もっと早く、こういう時間をつくってやればよかった。
やがて、小さな墓地に辿り着く。
木漏れ日の中に佇む一角に、knの名前が刻まれた石碑があった。
三人は自然と黙り込む。
utがそっと包みを開け、パンを一つ取り出して墓前に置いた。
「…kn、お前が言ってたふわっふわのパンやで。…おれ、やっと焼けるようになった」
その声は、普段の軽さも、無理に作った明るさもなく、まっすぐだった。
そして、knのレシピを隣に置いた。
「…knに助けられて、それに縋ってばっかりやったって、きづいた。でも、おれ…俺。一人でやってみようと思う。」
暖かな風が吹く。
utの髪の毛がそれに靡く。
「…まだ、knのパンには、適わへんけど。」
やってみる、とutは立ち上がった。
shpが両手を合わせて祈る。
ciも同じように目を閉じた。
「knさん…食べてくれるかな」
ciの呟きが風に乗って流れる。
「…食べて欲しいなあ」
utが応える。
その瞬間、三人の間に、長い時間を越えたような温かさが広がった。
失ったものの痛みよりも、そこに確かにあった優しさが、胸いっぱいに満ちる。
しばらくして、shpが立ち上がり、ciの肩に手を置いた。
「帰ろう!パン、もっともっとたくさん作ろうな!!」
ciが微笑み、utも静かに頷く。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。
三人の影が、柔らかく重なり合って伸びていく。
墓地を後にする道すがら、ciはふと呟いた。
「ありがとう、連れてきてくれて。…なんか、心が軽くなったわ」
utがにこりと笑い、shpも笑った。
「これからも、utのパン食べたい!!!」
「うん、せやな。俺も食いたい。」
「そ、そう…?嬉しいなあ」
「今から行きたい!!」
「お前は病院じゃい」
ciはそっぽ向いて拗ねた様子を見せた。
shpも泊まりで見守るらしく、今日は帰らないと言った。
utは頷く。
「その方がええ。じゃあ…明日はなんのパンがええ?」
「んー、メロンパン!!!!」
「ほんなら、そうするか」
その笑い声は、風に揺れる木々の葉音に混じり、遠くまで溶けていった。
静かで、穏やかで、そして温かい時間の中で、三人は歩き続ける。
knの記憶を胸に、それぞれの未来へと。
◇◇◇
「お前はずっと頑張っとったよ」
ひとつの影が、パンへと伸びる。
直接食べることは出来ないが、触れてみたら暖かく、柔らかな気持ちになった。
utのパンは世界一である。
俺たちの夢は宇宙一である。
「…こんだけ美味けりゃ、お前はやってけるな」
ひとつ、涙を零す。
影は、その場に座って、空を見上げた。
普通はそこにいるべきだが、どうにも俺はいけなかった。
心配だったのだろうか。
それとも、後悔していたのだろうか。
でも、アイツは強い。
「俺が邪魔するわけにはいかへんからな」
パンを見つめながら大きく叫ぶ。
「世界一のパン!!おかわり欲しいわァ!!!」
ut!!!!!!!!!
そうして、また注文が届くのであった。
ふわっふわのパンをよっつ、と。
リクエスト貰ってから、私もやりたい!ってなって爆速で仕上げました
昔と書き方変わっててごめんね
あと多分昔はこういうオチにしたかったんじゃないと思うから、物語もぐちゃぐちゃかも
リクエストは来た順でやってたけど、
これだけどーーーしてもやりたくなっちゃった
また来た順にやってくね
ありがとう!!!
コメント
8件
このお話しめちゃくちゃ気になってたから読めてめちゃくちゃうれしい!!!! いつのここちゃんでも私の好みどストライクの小説で幸せ
1話から一気に見てきた! めっちゃパン食べたくなっちゃった ciくんも事故でknさんと同じようになっちゃわないか焦った💦 タイトル回収しててほんとすごい
本当に良ければ湯気と無意識系詐欺師の続きを作って欲しいです!!マジで気になりすぎてハゲた(過去形)私がemさん化する前にッッッできたらで良いんですが…