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「——っ、く、黒瀬……さん?」
「こんにちは、柊吾さん」
なぜか私服姿の瑞樹が立っていた。
いつもの穏やかな笑み。けれど、私服姿の瑞樹から漂う気配は、どこかいつもと違っていた。眼鏡の奥の瞳が、見たこともないほど低く濃い熱を孕んでいるような気がする。
「……黒瀬さん……仕事だったんじゃ……」
「いえ。ずっと家にいました」
「そ、そうですか……っ。あの、僕……今ちょっと手が離せなくて」
「へえ、そうなんですね。じゃあ、手伝ってもいいですか?」
「え、あのっ、ちょっと……っ!?」
強引に隙間へ差し込まれた瑞樹の長身が、すっと室内へ押し入ってくる。パタン、とドアが閉められた瞬間、腕を強固に掴んで引き寄せられ、何が何だか分からないまま柊吾の背中が玄関の壁に強く押し付けられた。
「な、なにを……っ」
逃げようとした顎を、瑞樹の大きな手が掴んで固定する。抵抗させない強さと、どこか愛おしむような指先の温度。目の前にある瑞樹の美しい顔。眼鏡の奥の瞳が、恐ろしいほど色っぽく自分を見つめていた。
「……あんな甘い声で名前を呼ばれたら、誰だって堪らなくなりますよ」
「……っ!!??」
一瞬で頭が真っ白になった。
(聞かれてた……!? え、嘘だろ!? 薄い壁越しに……僕の声が!?さっきの、全部……っ!?)
全身から火が出そうなほどの恥ずかしさに、柊吾がアワアワと口を開閉させてパニックに陥った、
その時。
ふわりと視界が陰り、唇に柔らかく温かいものが重なった。
「……んっ!?」
瑞樹の唇だった。羽のように軽く触れ、離れるかと思われたのは一瞬のこと。
「……柊吾さん」
低く掠れた声で名を呟かれた直後、一度離れた唇が逃がさないと言わんばかりに再び深く塞がれた。
すっと角度を変えて重ねられた唇の隙間から、熱く湿った舌が容赦なく口内へと侵入してくる。
「ん……ぁ……っ!?」
瑞樹の体温と、かすかな煙草の香りと、荒い息の熱さが一気に柊吾の口内へと流れ込んでくる。
上顎を優しく撫で上げられ、逃げようとした舌を絡め取られるたび、頭の奥が痺れるような快感が全身を駆け巡った。
(ど、どうしよう……僕いま、キス……してる。黒瀬さんと……!)
頭が弾けそうなほどの羞恥と快感の渦の中で、柊吾の身体が勝手に反応してしまう。拒絶するどころか、達しきれなかった下半身の欲求不満の熱も相まって、理性がぐずぐずに溶けていく。
気づけば自分からすがりつくように、瑞樹の広い背中に回した腕へぎゅっと力を込めていた。もっと触れてほしい、もっと強く抱きしめてほしいと、身体が勝手に求めてしまう。
——その瞬間。
「……っ」
背中に回された柊吾の腕の温もりに、瑞樹がハッと息を呑んだ。
すがりつくような柊吾の純粋な体温を感じ取った瑞樹は、吸い寄せられるように重ねていた唇を強引に離すと、瑞樹は見たこともないほど苦しげに目を細め、一歩後ろへと下がった。荒い息を吐き出しながら眼鏡のブリッジを押し上げる瑞樹の手は、かすかに震えているようにも見えた。
「……すみません。……理性が、追いつかなくなりそうで」
「え……?」
「忘れてください」
感情を押し殺したような低い声を残し、瑞樹は自分の部屋へと戻っていってしまった。
ガチャリ、と重いドアが閉まる音が玄関に虚しく響く。
後に残されたのは、甘いキスの痺れるような余韻と、熱を孕んだ静寂だけだった。柊吾は壁に背を預けたまま、へたり込むようにその場に崩れ落ちた。
震える指先で、そっと自分の唇に触れてみる。まだ瑞樹の体温が残っているような気がした。
(……忘れられるわけ、ないじゃないか……っ)
熱く火照った顔を膝に埋めながら、柊吾は激しく打ち鳴らされる胸の音を、ただじっと聞き続けていた。
コメント
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いやあ……もう、冒頭から息が止まりました。私服の瑞樹さんの「ずっと家にいました」だけで、あの壁越しの声を全部聞いてたんだなって察して背筋が伸びましたね。あの「忘れてください」のセリフが逆に、彼の理性と感情のギリギリの綱引きを感じさせて切なかったです。柊吾くんも「忘れられるわけない」って、もうお互い沼ですね。ぬるくない、しっかり熱い展開、堪能しました。
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