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第九章 刀の都へ
朗が記憶の残響にうなされて目を覚ました翌日、竹爺は静かに決断を下した。
「……刀の都へ向かう。
あそこなら、“あの刀”について何かわかるかもしれん」
川の底に消えた、朗の血刀。
サギが持ち去ったその刀は、ただの武器ではない。
鬼堂楽園の者たちの直感が、それを示していた。
朗はまだ幼い外見のまま竹爺の袖を掴み、不安げに見上げる。
「……いくの?」
「ああ。お前さんの過去にも、もしかしたら関わるかもしれんからな」
竹爺は朗の頭を大きな手で軽く撫でると、外へ歩き出す。
その後ろから、雷花・青蘭・酒鬼も同行する形でついてきた。
「竹爺が出るなら、わっちも行くよぉ。なんか面白そうな匂いするしねぇ〜」
「刀の都……武器の宝庫だもの。気になるわ」
「……何か起きてる。放ってはおけない」
南・西・東の統治者たちが揃い、鬼堂楽園の中心地を出発した。
***
――刀の都。
そこは山々に囲まれた盆地の中、古き和の空気をそのまま封じ込めたような場所であった。
朱の橋を渡ると、木造の屋根が並び、旗が風に揺れてカラカラと音を立てる。
武士たちが行き交う姿は凛とし、どこも研ぎ澄まされた気配が漂っている。
「すごい……」
朗は目を丸くした。
ぶかぶかの着物の裾を踏みそうになりながらも、初めて見る光景に瞳を輝かせる。
そのとき――
桃色の花弁が風に舞った。
一枚ではない。
まるで春そのものを切り取ってきたように、桜色の風が通りを包み込んでいく。
朗は思わず見惚れた。
通りの奥から、優雅な足音がした。
姿を現したのは――
柔い赤の和服を纏い、桜の文様を散らした美しき女性。
その舞うような動きに、空気すら和らいでいく。
「桜姫様だ……!」
武士たちの声があがる。
桜姫は静かに微笑み、訪問者である竹爺たちに近づいてきた。
「竹爺殿。久方ぶりにお会いしますね。
鬼堂楽園の皆々が揃って訪れるとは……ただごとではない、と受け取りますが」
その声音は穏やかだが、どこかに鋭さを含んでいる。
竹爺が頷くと、朗がそっと竹爺の背に隠れた。
「……この子が、理由かしら?」
興味深げに朗へ目を向ける桜姫。
だがその瞬間――影が揺らいだ。
桜姫の背後から黒衣の男が音もなく現れた。
黒い狐面、漆黒の和服。
「桜姫に無用な接近は控えていただきたい」
低い声で告げる“影”。
彼は桜姫の守護者であり、影を操る剣士だ。
「影よ、そんなに警戒なさらずとも」
桜姫は柔く笑ったが、影は微動だにしない。
「……竹爺殿は信頼しておりますが、周囲に未知の気配があります。念のためです」
――未知の気配。
それはもちろん、朗が抱える“空白”のことだ。
桜姫は朗の瞳を見つめる。
その奥に揺れた微かな影に、胸がざわついた。
(……弟を奪われたあの夜。
あの子と同じ……恐怖の色……)
桜姫の心の奥で眠っていた痛みが微かに疼く。
その緊迫を破ったのは、ふたりの老人だった。
「よう来なさった!竹爺に雷花、青蘭に酒鬼まで!」
「おぉ、わしは勘老!こちらは鉄老!あんたらの噂はよく聞いとるぞ!」
ひょろりと細い老人・勘老が手を振り、
大きな羽織を着た鉄老が朗を覗き込む。
「ふむ、この子……面白い。
刀の匂いが抜けちょらんの」
「わしも思ったぞ。なんか、一度は“武”の渦に飲まれた目をしておる」
竹爺は深くうなずき、老人たちに事情を説明する。
――血を吸う刀。
――鬼殺の朗という男の存在。
――それを奪い去った道化のサギ。
その名を聞いた瞬間、鉄老の表情が引き締まった。
「……サギ。あの変人か。
あやつは全てに異常な興味を持つ。
刀の都へ向かっておっても不思議はない」
勘老が鼻を鳴らす。
「厄介な奴が来るかもしれんのぉ。
だが安心せい。刀の都は、わしらが守る」
桜姫は静かに竹爺たちを見渡し、最後に朗へ視線を落とした。
「……竹爺殿。
あなたがそこまでして守るのならば、この子はきっと――」
言葉が途切れた瞬間、風が舞い、桜の花弁がひらひらと散る。
まるで、遠い過去に失った“弟”の背中を重ねるように。
「……この都で守りましょう。
あなたたちは、私の客人です」
桜姫の言葉に、竹爺たちは深く頭を下げた。
しかしその一方、
朗の瞳の底では、黒い影が微かにうごめいた。
刀の都の歓迎の裏に、
この地へ向かってくる“闇”も確かに存在していた。
その影は――
笑いながら、刀を携えて近づいてくる。
・つづく