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第十章 夜歩く操り糸
刀の都に夜が降りた。
祭囃子の余韻が遠のき、行灯の揺れる光だけが通りを照らす。
桜姫の邸で休む竹爺たちも、久々の静けさに体を預けていた。
朗は竹爺の布団の隣で丸くなり、小さく寝息を立てている。
――その時だった。
夜の静寂に吸い込まれるような、乾いた金属音。
まるで関節が鳴るようだが、それは明らかに“人間の音”ではなかった。
刀の都の外門近く。
薄い霧の中、黒い影がひとつ佇んでいた。
その影は、ゆっくりと首を傾げた。
変な角度。
人間では絶対に動かせない向き。
街灯の明かりが届くと、その姿が露わになる。
黒いドレス。
白い装飾。
関節が球体の節で繋がれた“人形の体”。
そして手に持つのは――
分解され、再構築されたような二本の大きなハサミの刃。
侵入者。
操り人形・ククレア。
その無機質な顔には何の表情もなく、瞳だけがかすかに光を宿していた。
ククレアは門前に立つ二人の武士を見上げる。
武士たちは最初、子供かと思い油断した。
「おい、お前? こんな夜中に――」
言い終える前に、
ククレアの刃が淡く光を放った。
スッ……。
斬られた感触はなかった。
だが次の瞬間、武士たちの身体から力が抜け、ひざまずく。
「っ……体が……!? 動か、な……」
ククレアは何も言わない。
ただ、指を一本、ゆっくり動かす。
すると――
武士たちの体が“操り糸に引かれたように”立ち上がり、門を開けた。
刀の都へ、静かに侵入するククレア。
足取りはぎこちなく、
しかし音はまったくしなかった。
***
桜姫の邸の近く。
夜警をしていた影は、異変に気づいた。
「……誰だ?」
影が手をかざすと、足元の影が波打ち広がる。
その中から黒い刃が伸び、空気を裂いた。
刃が何かを切った感触。
しかし――
影は目を細める。
(……切ったはずの“何か”が存在しない?)
その一瞬の“違和感”の後。
頭上。
屋根の上にククレアが立っていた。
月光に照らされたその姿は、まるで人形劇の舞台から抜け出したかのようだった。
影は即座に身構える。
「侵入者……いや、“操りの術”か。お前は何者――」
ククレアは答えない。
ただ、ゆっくり影に向けて刃を下ろす仕草をした。
その動きは、まるで“糸を垂らす”ように。
次の瞬間――
影の足が勝手に一歩、前へ進んだ。
「……ッ!? 俺の身体を……!」
ククレアがほんの指先を傾けると、影の体はそれに合わせてぎこちなく動き出す。
変な音がした…これは影を切る音ではない。
“意識と肉体の連結”が断たれた音。
影はなんとか抵抗し、地面の影を伸ばしてククレアを掴もうとする。
その黒い腕がククレアに触れ――
影の腕が、ククレアに“操られはじめた”。
影の表情がわずかに揺らぐ。
(……これは、まずい……!
触れたものの自由を奪い、操る……!)
ククレアは無表情のまま、影の操られた腕で自らに刃を向けさせる。
「……ちっ……!」
影は全身をひねり、無理やりその影腕を切り離した。
黒い影が霧のように消えていく。
「桜姫様を……起こさねば……!」
影が走り出そうとしたそのとき。
ククレアが指をすっと動かす。
影の足が、勝手に止まった。
「……!」
強制された静止。
その間にククレアは影へ距離を詰める。
その動きはまるで壊れかけた人形のように不規則。
影の目の前に立つと、
ククレアはゆっくり、刃を影の喉元へ持ち上げ――
影が歯を食いしばり、最後の力で影ごと後ろに飛んだ。
ギリギリで刃が頬をかすめる。
(……やばい。
この女……ただの刺客じゃない)
刹那、風がざわつく。
桜姫の邸の奥――
朗が丸くなったまま、寝言のように呟いた。
「……こわい、よ……だれ……?」
ククレアの無表情な瞳が、わずかにそちらを見る。
静かに、静かに。
まるで“呼ばれたかのように”。
影が叫ぶ。
「――桜姫様!! 竹爺殿!! 侵入者だ!!」
夜の刀の都が、静かに、しかし確実に騒乱へと傾き始めた。
・つづく