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宝石のようなカードキーを使い、目当ての客室に踏み入った男性は、ひとまず帽子を脱ぎ置き、室内の様子を一巡して打ち眺めた。
最上階のロイヤルほどではないが、充分な居住性、それに気の利いたラグジュアリー感は、全室スウィートの謳い文句に相応(ふさわ)しい。
その直中(ただなか)に、何やら不可解な一党が、列を組むようにして居座っている。
それぞれ、揃(そろ)いの黒ずくめを一貫し、手近には得意の武器を常備。
頭部には、同じく愛想のない綿布が頑なに巻かれており、目だけが異様に光っていた。
いずれも綿密なものが身辺に芬々としており、よく均整の取れた居住まいは、訓練の行き届いた兵卒のようだった。
「………………」
細(ささ)やかな外光を頼りに、そちらへチラリと視線を投げかけた男性は、特に反応を寄越すでもなく、厚手のソファに音を立てて腰かけた。
「早のお着き、結構です」と、これを律儀に見届けた後、一団の頭目と思しき人物が流暢に発した。
しかし応答は無く、代わりに酒瓶の封を切る間抜けな音が、薄暗い室内で無沙(ぶさ)を打った。
「この後(のち)の手筈ですが……」
これを上役の不義理と取るか、横柄と取るかはさておき、頭目の男性は特に気分を害した様子もなく、事務的に話を進めた。
職務を共にするのは今回が初めてであるが、先方の為人(ひととなり)はそれとなく聞いている。
「殺せ」
「は?」
ところが、矢庭に小耳を打った極端な語意は、あまりにも唐突で、断じて聞き捨てならないものだった。
よもや聞きまちがいではないだろうが、どうにも疑わしい。
「なんと?」
「ぶっ殺せ」
しかし先方の口は、やはり同じ事柄をまったく同じ調子で唱え、本来なら妄(みだ)りに動じることはない頭目の内心を冷やつかせた。
単なる思いつきや悪態の類では無いだろう。
とくに酔(え)い心地に操られている気配もない。
「いや、しかしそれは……」
「あ? 耳悪いんかてめえ?」
ゆるりと腰を上げ、一党に歩み寄る。
途端、無骨な手腕がサッと伸び、頭目の胸ぐらを乱暴に捻(ひね)り上げた。
たちまちの内、彼の頭頂は天井に達し、上階に筒抜けんばかりの噪音を立てた。
「分かったろ? 分かったよな?」
「とら……、虎石(とらいし)さ……っ!」
苦悶する当人であるが、これも宮仕えの悲しさか、こうした状況下でもなお、頭の片隅はひどく冷めており、この後の精算──
取り分け業務上の都合をどのようにつけようか、躍起になって立ち働いている嫌いがあった。
「上の言うことなんざ無視しろよ? アレはここでぶっ殺す」
「は……っ」
「いいな?」
出し抜けに、万力のような手がパッと開いたものだから、頭目はなす術(すべ)もなく落下の憂き目をみた。
これが尻餅をつき、次いで激しく咳き込む間(ま)に、男性はさっさと背中を向けている。
「分かったら行けや。しくじんな」
片手をひらひらと振るう様は、心底から面倒事に当たる際のそれに似つかわしく、その真意を汲むのは造作なかった。
──彼は本気なのだ。 本気であのお方を
“心ならずも”という表現が、果たして正しいのかは知れない。
伝え聞きの為人(ひととなり)など、あまり参考にはならないのが世の常だ。
「……心得ました」
ややあって、居住まいを正した頭目は、常々そうあるように平坦な声で応じた。
まざまざと滲む苦衷は、既(すんで)に奥歯を使って噛み潰したため、決して口先に浮かぶようなことは無かったものと思う。
「報告しようと思えばできるんだけど? 上に」
「やってみろ。 やれるモンなら」
一団が去った後、あきれ調子の女声がいつもより音程を控え気味にして囁いた。
これを好しとする男性の声に躊躇(ためら)いはない。
自分たちの繋がりはまこと希薄なものでしかないが、裏切りだけは断じてあり得ないと、双方ともに理解している所以(ゆえん)だ。
そうした付き合いであるからこそ、心の機微すら逐一に拾得してしまうため始末が悪い。
「ダッサい男……」と、こちらも等閑(なおざり)に嘆じた女声は、一転して物静かな口振りで訊(き)いた。
「いいの? 本当に?」
「いいんだよ、あいつぁ……」
上等なボトルの首を折り、まるで溜飲を下げるかのように中身を流し込む。
程合いの甘味から来るものか、輪郭が整った口当たりの良さとは裏腹に、すなわち食道が焼けた。
これが腹の底へ落ち入る間際、男性は歯牙を軋ませ、思いの丈を諸共に呑み込んだ。