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「そこでね! なんと私は──!」
「おぉ? そりゃスゴいねー」
夜半を過ぎてもなお、リースの口数は衰えることを知らず、もはや一方的な独擅場(どくせんじょう)と化しつつあった。
実際、彼女が語る冒険譚は面白おかしく、真夜中の閑暇をやり過ごすには打ってつけの好材であったし、葛葉とて初めて見聞きする物事に胸が時めいたのは事実である。
しかし、夢路からそよそよと渡りくる誘惑とでも言おうか。
眠気に対する抵抗というのは、決して長続きの見込めるものでは無い。
「こう、ドカン! バシッ!!」
「おぉ~」
片や、派手な身振りを交えて臨場感を演出し、片やあくびを堪(こら)えて相槌を打つ。
その傍(かたわ)らでは、遅い夕飯をたらふく食らった童が、気兼ねなく大の字で寝そべっていた。
当のリースは、この不思議に然(さ)したる躊躇はなく。
“すごい! 御遣すごい!”などと、殊更(ことさら)に感動しては、さらにも増して舌先を振るう始末だった。
呑み込みのいい者を果たして単細胞と呼ぶのであれば、彼女はまこと及第点だろうか。
もちろん、そう判じる葛葉に嫌味はない。
一緒にいて肩が凝らない相手というのは、本当にありがたく、そして得難(えがた)いものだと思う。
早くも、このリースという娘のことが好きになっていた。
「おっ? もうこんな時間だー!」
闊達(かったつ)な声に応じ、時計を見る。
デザイン性に拘るあまり、文字盤がすこし見づらくはあるが、針はだいたい午前3時の辺りを指しているらしかった。
時間を忘れるとはまさにこの事で、過ぎてみればあっという間、どうにも名残惜しいものが、心地よい睡魔の後先にしんみりと漂うような錯覚がした。
「それじゃ、そろそろお開きにしましょうか! 楽しかった!今夜!」
先んじてソファーを離れたリースが、華やかな表情で言った。
マシンガントークの形跡は、いまや肌身に淡く残る薄紅にのみ見出(みい)だせるが、こちらはまだまだ宵の口を思わせる活発さが滲んでいる。
ふと思い出した風(ふう)に、童のもとへ身を屈(かが)めた彼女は、丸餅のような頬をぷにぷにとやった。
「ん……、んん!?」
「おぉ? かわいい」
「ん、私も楽しかった。 ありがとね?」
その模様を眺めつつ、応じる葛葉の心情に嘘はない。
思ってもみない邂逅(かいこう)だったが、良い娘(ひと)に巡り会えた。
旅の出会いは一期一会というが、そうした世知辛いものを抜きにしても、今日の出来事は何にも勝る宝物のような。
心の宝石箱など端(はな)から持ち合わせてはいないが、いつまでも忘れずにいたい事というのは、ひどい悪路の道々にもたしかにある。
「じゃ、おやすみー!」
「ん。 おやすみー」
明朝(あす)はさて、彼女が目を覚まさぬ間(ま)に、こっそりと出立するのが良いだろう。
義理を欠いた行いではあるが、仕様がない。
お互い、もっと真面(まとも)な道の上で出会っていればとも考えたが、これはまったく詮無いことだろう。
ひとつ心残り、もとい後ろ髪を引かれるものがあるとすれば、この娘のこれから。
どういった道を行き、どういった場所にたどり着くのか、それが少なからず気掛かりではあった。
「あ……?」
途端、頭の中で何かが鳴った。
それはちょうど、警戒が困難な森林にあって、気休めに設けた鳴子が一斉に音を立てるように。
ともかく聞きちがいを疑う前に、いち早くリースを見る。
足取りも軽やかに、寝室へ向かう背中。何かを気取(けど)る様子はない。
「………………っ!」
「うわっ!? え、一緒? 一緒に寝る?」
これに素早く追い縋(すが)り、手を引いて下がらせる。
併(あわ)せて、右の拳に疾走を命じた葛葉は、眼前のドアを激しく打った。
「おぐ……!?」
重厚な戸板が砕ける後先に、曇(くぐも)った悲鳴が聞こえ、しかしすぐに静かになった。
見ると、妙な出(い)で立ちの男が独り、薄暗い室内で伸びている。
ひとまず戸板に鼻を折られ、程なく鉄拳に頬を苛(さいな)まれた形だろうか。 すぐに起き上がる気配はない。
いったい何者かと考える間(ま)に、別のドアが乱暴に蹴破られた。
重ねて、南側のガラス戸を突き破り、黒ずくめの一党が夜気のように雪崩(なだ)れ込んでくる。
「小烏!」
「あ!? あいよ!」
包囲されては面倒だと見越した葛葉は、ともかく相棒を大呼(たいこ)した。
その手ずから投げて寄越(よこ)された一刀をとり、リースの手を引いて廊下へ出る。
この間(かん)、ヒトの身柄をサッと失くした童は、一刀の地鉄に依(よ)り、その刃味を徹底することに専念した。