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【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》。】
虫に両目を食われた女魔法使いが炎槍を放ち、聖堂騎士が炎上する。
助けてくれと叫ぶ仲間を蹴飛ばして、続く炎槍を防いだ。
「くそ、どうなってやがる!!」
俺たち聖堂騎士団に命じられたのは、オークと操られた村人の討伐だった。
危険な任務だ。
断りたかったが、今回は事情が違った。
女神ピトスを名乗る邪教の徒が宣戦布告してきたのだ。
聖堂教会が信奉するピトスの名を騙るばかりか、敬虔なる信徒を殺害されて、のんきにしてはいられない。
「村人とオークじゃなかったのかよ!!」
ここは帝都より遙か北、局所的に自生する森林の中。
向かってくるのは冒険者らしき一団に村人と、一足先に戦場へ向かった正規兵たちだった。
眼窩がぽっかり空いているところから、虫に操られているのがわかる。
皆、悪趣味にも聖堂教会の聖印らしきものが腹や背に描かれていた。
赤黒い文字、血文字だ。
我ら聖堂騎士は聖印を鎧に刻み、神の加護を願う習慣があるが、それを真似たのだろう。醜悪の一言に尽きる。
戦士が放つ大振りの一撃を受け止めると、わらわらと現れた村人が俺にしがみついてくる。
身動きのとれない俺に戦士が振りかぶると、突然炎上した。
【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》。】【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》。】【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》。】
壊れた人形のように、女魔法使いが炎槍を放ち続ける。
仲間に当ろうがお構いなしだ。
「あはははっ!【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》!!】」
こいつらは的確な連携をしたと思えば、突然壊れて暴走する。
突発的に仲間を巻き込んだ攻撃してくるので、セオリーが通用しない。
だが、今回ばかりは助かった。
焼け死んでいく戦士と村人たちを引き剥がして、逃げる。
思い出すのは、神の名の下に悪っぽいものを拉致して拷問する日々だ。
それが俺達、聖堂騎士団の仕事だった。
世間からは蔑視の瞳で見られ、親族からは腫れ物のように扱われ、娘は目も合わせてくれなくなった。
妻に離婚を切り出されたこともある。
それでも俺が拷問し続けたのは、それが正しいことだと思っていたからだ。
だって、帝都の治安は最悪だった。
取り締まる者が誰も居ないから強姦魔や殺人鬼が平然と夜道を歩く。出会い頭に家族を殺された民は泣き寝入りするか、命懸けで復讐するしかない。
しかし、復讐は復讐を呼ぶ。
強姦魔や殺人鬼にも仲間はいるし、家族だっている。
俺が知る限り、重犯罪者の家族や仲間はかなり高い割合で似たような価値感を持っているから、当然復讐は凄惨を極める。
復讐し、復讐され、さらに復讐する。
こんなことを繰り返しているうちに人は滅びてしまう。
じゃあどうすればいいのかというと、泣き寝入りするしかない。
やったもの勝ちの世界だから、当然治安は悪化する。負のループだ。
悪は誰かが断たねばならないが、人が断てば復讐の連鎖が始まる。
では神ならばどうか。
人ならぬ神の命令あれば、復讐の連鎖も起きない。
だから、聖堂騎士団は悪人を拉致し、拷問にかける。
マネをすればこうなると広める為にも、クズどもには可能な限り凄惨な死を与える必要があった。
拷問し、処刑するうちに心を壊してしまうものもいた。
錯乱し、吐き、神を見失って。
二度と教会に現れなくなったものもたくさんいる。
それでも我らが殺すのは、人の為だ。
たとえ、呪われ忌み嫌われようとも、我らはこの血まみれの手で帝都を守ってきた。
犯罪者は嘘吐きだから、自分がやったと言わない。
証拠はいつだって不十分で、真実はわからない。
だからといって放置すれば、治安は悪化する一方だ。
冤罪で無辜の民を殺すことになっても、誰かがやらねばならない。
俺達は人を救う為に、人を殺し続ける。
「ウオオ!! 人権! 人権万歳!!」
「人権! 人権! 人権!!」
オークの群れが、人権人権と叫びながら迫ってくる。
虫に操られた人々を踏み、蹴飛ばしながら、迫ってくる。
「かぺっ」
炎槍を連発していた女魔法使いが踏み潰され、無様な声を上げた。
オークどもは自分たちが何を踏み砕いたか、気にもしていない。
虫に脳を食わせて人を操り、殺戮を繰り返させる人権とは何だ。
それがどのようなものかは知らないが、おぞましいにも程がある。
待機していた聖堂騎士団(なかま)の間を縫うようにして、俺は逃げた。
続いて虫人の群れとオークたちがやってくる。
聖堂騎士たちが盾でオークを抑え込み、魔法を付与した槍でオークを突き返す。
後ろに控えた僧侶が、前衛の騎士を強化、回復し、戦線を維持するのだ。
籠城線などでは無類の強さを発揮する、聖堂騎士団伝統の戦術だ。
本来ならば。
悪寒と見紛うほどの強烈な神気が空間を埋め尽くす。
まただ。また来やがった。
『死ね、自壊せよ《アポトーシス》』
天より声が聞えるや否や、聖堂騎士と僧侶が灰に変わる。
偽の女神ピトスによる広範囲即死魔法だ。
まだ何人か生きているが、まだ成人の儀も終えていない僧侶ばかりだ。
オーク達の雄叫びが上がる。
これでは戦線を維持することなどできない。
「クソ、クソ!! こんなところで、死んでたまるか!! 何が神だ!! ただの化物じゃないか!!」
俺は聖堂騎士団団長。リドル。
信仰を捨て、仲間を捨て、自らの命すら捨てた男。
「クソッタレのアーカードめ!! やってやるぞ!!」
もう、この状況で生き残るなど不可能だ。
オークに殺されるか、虫に脳を食われて操られる。
だが、我が副団長リズはやってのけた。
明らかに自分の死が確定しているのに、それでも人々を救おうとした。
ならば俺がやることは決まっている。
捨て石上等だ!! 偽りの女神よ、情報は持ち帰らせてもらうぞ!!
奴隷商人に教わった第三奴隷魔法で遙か帝都の羊皮紙に奴隷刻印を刻む。
刻印のデザインを無理矢理文字にして、この戦況を報告していく。
考え得るに、即死魔法の条件は――。