テラーノベル
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旭高校の校門をくぐる時、村雨雄大は当然のように頭を下げなければならなかった。2.5メートル。バスケットゴールのリングまであと少しというその体躯は、もはや「背が高い」という次元を超えて、歩く電柱か、あるいは進撃の巨人のそれだった。教室に入った瞬間、静寂が訪れる。五つ子たちが座る席からも、それぞれの反応が漏れた。
一花は「わあ、スカイツリーが転校してきたのかと思った」と不敵に微笑み、二乃は「ちょっと、天井に頭がつきそうじゃない。圧迫感すごすぎるわよ!」と顔をしかめる。三玖はヘッドフォンを首にかけたまま、見上げる首の角度の鋭さに驚いて言葉を失い、四葉だけが「すごーい!上の方の空気はどうですかー!?」と無邪気に跳ねていた。五月は、彼が座れるサイズの椅子が用意されていないことにいち早く気づき、真面目な顔で「……特注が必要ですね」と呟いた。
物語が動いたのは、テスト期間中のことだ。
雄大はあまりの巨体ゆえに、普通の机では膝が天板に当たって座ることができない。彼は図書室の大きなテーブルを一つ占領して勉強していたが、その視点の高さは逆に死角を生んでいた。上から見下ろすと、五つ子たちが必死にノートを広げている姿が、まるでジオラマのように見えるのだ。
「……そこ、公式が間違ってるぞ」
雄大が立ち上がりもせず、ただ座ったまま首を少し傾けて横のテーブルを覗き込むと、三玖がビクッとしてペンを止めた。2.5メートルの男が放つ重低音の指摘は、まるで天啓のように響く。
「……わかるの?」
「物理的に視界が広いからな。全員のミスが同時によく見える」
それからというもの、雄大は「歩く物見櫓(ものみやぐら)」として重宝されるようになった。
風太郎が五つ子を探して走り回る中、雄大が廊下の端でスッと背筋を伸ばすだけで「あっちの角を右に三玖、屋上に四葉がいる」と即座に判明する。人混みの中でも、彼の頭一つ……いや、胸から上は常に突き出ているため、五つ子たちが迷子になることは二度となかった。
文化祭の準備では、脚立なしで天井の装飾を完璧にこなし、二乃が手の届かない高い棚にある重い鍋を、彼は小指一本でひょいと下ろしてみせた。
「あんた、デカすぎて可愛げないわよ」と毒づきながらも、二乃は彼が作る圧倒的な「影」の涼しさに、少しだけ居心地の良さを感じ始めていた。
放課後、夕日に染まる校庭を歩く雄大の後ろを、五つ子たちがついていく。
「村雨くん、明日のパン、一番高い棚のやつ取ってきてね!」と四葉が笑う。
雄大は2.5メートルの視界から、遠くの街並みと、すぐ足元で笑う賑やかな五つの影を見下ろした。
この高さからしか見えない景色もあるが、彼女たちと同じ歩幅で歩くには、少しだけゆっくり足を運ぶ必要がある。彼は、屈んで教室に入る時のように、少しだけ優しく背を丸めて歩き出した。
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