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8月。
夏が来た。
私たちは今、炎天下の中、体育という地獄の科目をやっていた。
私は体育が苦手だ。
そして今日は、私が苦手なリレーだった。
用意、スタートという声がしたと思ったら、どんどんこちらに順番が回ってくる。
走りたくない、と思いつつ、バトンパスゾーンに入る。
掛け声が聞こえたとたん、私は無意識に走り出す。
ちょうどそのときだった。
どん、と後ろから衝撃がはしった。
誰かにぶつかられた、そう思った。
顔を上げると、みいさがいた。
みいさは私を軽やかに転ばし、走り去っていった。
私はズキズキいたむ自分の手を押さえた。
「なのは、転んじゃったよ……」
「あーあ、〇チーム、負けちゃうねー」
「おい、お前は役立てよ、負けたらどうしてくれんだよ!」
私はその声を思いっきり睨みつけた。
うるさいな、私だって転びたくて転んでるわけじゃないんだってば。
そんな私の思いなんかは完璧無視。
立ち止まってるとヤジが飛んでくる。
急いで立ち上がって走ろうと前を向くと、もうみいさは別の子にバトンパスを終えているところだった。
私はふらつく足とじんじんと痛む手を叱咤してなんとか走り切り、バトンを渡すと、人が少ないところで座り込んだ。
正直かなり痛い。
手と足を派手に擦りむいた。
いきなり転ばされたこともあって、勢いがあったのだろう。
今年一番、と言えるほどにひどい状態だった。
不幸中の幸い、というべきか、私は持っていた絆創膏を貼った。
その時だった。
「大丈夫?」
そう、声をかけられた。
私はその声を聞いて、手に冷や汗が滲んだ。
この声は、たぶん………
「うわあ、結構派手にいったね〜っ?だいじょーぶ?」
みいさだった。
これのどこが大丈夫なんだ、せめて謝れ。そう思いつつ、笑みを貼り付けた。
こんなこと、言ったらどうなるか分からない。
みいさはすずやみさきと一番仲が良かった。
だから私は正直苦手だし、話したくなかった。
みいさは笑っている。
でも、私はその表情を笑っているとはジャッジしなかった。
声のトーン、表情。口角のあがり角度、周りの雰囲気。
…………わかりやすすぎ。
「あ、うん。大丈夫。」
曖昧に笑って答えた。
この子と話したくない。
私の本能が、そう言っていた。
「あ、そう?ならいいけどっ!」
みいさは白けた顔をして、すずたちの方へ駆けていった。
「あんな子、別にどうなっても良くない?」
すずがそう言う声が聞こえた。
吐き捨てるような、でもその透明感のある声は、私の心に刺さった。
どうなってもいい、か。
ふう、とため息をついた。
もう、考えたくないんだけどな。
だって、悲しくなるだけだ。
「だって一応、チームメイトだしっ?」
みいさは、そう答えていた。
するとすずは、私を横目で見た。
私は慌てて目を逸らすと、「まあ、なんでもいいけど」と、いつもより低めの声ですずそう言ったのが聞こえた。
その声に怒りが滲んでいるのは、多分誰でもわかったと思う。
それほどに、すずの声は、いつもと違った。
みいさは面白そうに笑ってすずの隣に座って何かを話し始めたけれど、もう聞きたくなかった私はその場を離れた。
痛い。身体も、心も。
足を動かしながら、そうぼんやりと考える。
痛いからなのか、その冷たい言葉からなのか、それとも自分の惨めさからか、目頭が熱くなった。
必死にそこからこぼれ落ちるものを拭って、上を向く。
「もう、泣きたくない……っ」
言葉にしてみたらあまりにも弱々しく、脆いその言葉をもう叫び泣きたくはなかった。
友達もできて、居場所だってあるのに、なのに泣き叫ぶなんて欲張りだって、わかっている。
だから、私は弱音が嫌いだ。
そしてそんな弱音を吐く自分も、大嫌いだ。
うつ病にはたくさんの種類があって、テンションがおかしくなる人もいれば、ストレスを溜め込んで自殺する人、ショックで声が出なくなるひとまで。
私は、本当はもっと正直に生きていたかった。
周りのような、楽しいことも、苦しいこともある、でも、それでも最後笑えるような、普通な人生を。
でも、それが無理だってわかって、でもそれでも私は努力してきた。
みんなと一緒になりたかったから。
夏葉ねえが自殺した理由が、私にも少しわかる。
疲れたんだよね、きっと。
腐りきったこの世界。
どうせろくな希望もない。
夏葉ねえは、気づいてしまった。
察してしまったから、生きる意味がなくなった。
私、なんで今ここに立っているんだろう。
立ち止まって考えた。
でも、わからない。
せめて私が私じゃなかったら?
そしたら、きっと「桜 なのは」は、嘘のない純粋な人になったはずだ。
自分らしく生きればいい。
あの絆という錆だらけの鎖は、壊れて、そして新しくなったんだから。
縛り付けられない、私にあった鎖は、もう見つけてる。
そう、分かってる。
わかってるんだよ?
でも、自信がないんだ、私。
「自分」がないから。
嘘で固めた私に、嘘を取り除いた時、きっと私は空っぽになる。