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無一郎の誕生日 後編
これは夢?
あれ……誰かいる。
無一郎くん?……じゃない。
彼とそっくりだけど、なんか違う気がする。
頭1個分くらい背が低いし、少し幼い顔をしている。
『あなたは誰?無一郎くんじゃないよね』
「…驚いた。あんた、よく俺が無一郎じゃないって気付いたな。両親でさえたまに俺たちを見間違えてたのに。…俺は時透有一郎。無一郎の双子の兄だ」
えっ、お兄さん!?
「俺は鬼に襲われて、11歳で死んだんだ。両親はその前の年に一度にこの世を去って、唯一残った俺も無一郎の目の前で息絶えてしまったから…それで弟は記憶を閉ざしてしまった。俺があいつを守らなきゃいけなかったのに……」
悔しそうに唇を噛み締める有一郎くん。
『そうだったんだ。……ねえ、どうして私のところに来てくれたの?』
「あんた霊感があるだろ?勘も人より鋭いみたいだし」
『霊感…あるのかな。言われてみれば確かに、今までもこうやって誰かが夢枕に立つことがちょこちょこあったけど……』
「自分で気付いてないだけで、そういう力は強いと思う。相手の表情や声色の僅かな変化で、無意識に心の内を感じ取ってるんだって、あんたを見てて思ったよ」
そうなのかな。
「無一郎はそういう感覚、全くと言っていい程ないから。…それに、記憶がないあいつのところに出てったら、きっと混乱するだろうし」
『そっか……』
有一郎くん、無念だったろうな。ご両親を一度に亡くして、自分が守らなければと思っていた最愛の弟を残して死んでしまったなんて。
「俺はずっと無一郎の傍にいたから、あんたが…椿彩さんが別の世界から来たことも知ってる。もしこの先、無一郎が記憶を取り戻した時、まだあんたがそこにいたらでいいんだけど、弟に伝えてほしいことがあるんだ」
『わかった。何て言ってあげたらいいの?』
「“無一郎、優しくしてやれなくてごめんな。でも俺はお前のことが大好きで大切だった。俺も父さんも母さんも、無一郎のことをずっと傍で見守っているから、どうか幸せに生きてほしい”って」
有一郎くんの気持ちを思うと胸が痛む。
どんなに声を掛けても、その魂の叫びが無一郎くんに届くことはもうないんだもんね。
『わかった。必ず伝えるね。安心して』
私が言うと、有一郎くんの表情が柔らかくなった。
「ありがとう。椿彩さん、弟をよろしくお願いします」
そう言ってくるりと向きを変えてどこかへ立ち去ろうとした有一郎くんを、私は慌てて引き留める。
『有一郎くん、待って!』
「?」
『双子なら、当たり前だけどお誕生日も一緒だよね。…直接会って伝えることはできなかったけど…、有一郎くんもお誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう』
有一郎くんが一瞬目を見開いて、そしてにっこり微笑んだ。
「ありがとう。椿彩さんが無一郎の誕生日に傍にいてくれてよかった」
目が覚めると、無一郎くんが垂直に私の布団に頭を突っ込んで寝ていた。
しかも自分の布団は派手に蹴飛ばして。
笑いを堪えながら彼を起こさないように布団から抜け出し 、彼に蹴飛ばされた布団をそっと掛け直す。
朝ごはんを作る合間に様子を見に来ると、あの短い時間で無一郎くんは部屋の隅っこまで転がって移動していた。
どんだけ寝相悪いの……。
急いで襖を閉めて、台所に戻り声を殺して笑った。
しばらくして、無一郎くんが起きてきた。
「おはよう。…ん、いいにおい……」
『あ、無一郎くんおはよう。玉子焼きは甘い玉子焼きと出汁巻き、どっちがいい?』
「両方好きだけど…どっちかっていうと甘いのかな」
『わかった』
無一郎くんが顔を洗いに行っている間に朝ごはんの仕上げ。
最後に玉子を焼いて、切り分ける。
いつの間にか戻ってきた無一郎くんがお皿を出してくれて、それに2人分盛りつける。
今朝のメニューは、ごはん、玉子焼き、煮物、お味噌汁。
「いただきます」
『いただきます』
まだちょっと寝起きな顔の無一郎くんが、玉子焼きを口に入れて、ぱっと目を見開く。
「美味しい!」
『よかった。今日は特別上手く焼けたの』
「うん、すごく綺麗な玉子焼きだと思った」
すっかり目を覚ました顔の無一郎くん。
「煮物も味噌汁も美味しい」
『昨日使った大根が少し余ってたから刻んでお味噌汁に入れたんだ』
次から次へと料理を口に運ぶ。すごいいい食べっぷり。
「つばさは普段から料理してたの?」
『うん、両親の帰りが遅かったりしたからね。弟たちは暇さえあれば常に腹減っただの、なんかちょうだいだの大騒ぎするし、お母さんが帰ってきてそれからごはん作るの大変だろうから私が作ってた』
懐かしい。
弟たちはいつも誰かが腹ぺこアピールしてたな。しかも1人が何か食べてると他の2人もくれくれ言うし。
みんなどうしてるんだろ。
私がここにいる間、元の世界ではどうなってるのかな。
考えても仕方ないんだけどね。
「つばさは優しいね。料理、好き?」
『うん、好きだよ。自分が作った料理を食べて“おいしい”って言ってもらえるの、すごく嬉しいの』
無一郎くんもその1人だよ。
「こっちに来て誰に作ってあげたの?」
『療養してる人たちを含む蝶屋敷にいるみんなと、煉獄さんでしょ、それから宇随さん家族に不死川さんに、冨岡さんに悲鳴嶼さんにも。蜜璃さんと伊黒さんにはスフレパンケーキ焼いてあげたかな』
悲鳴嶼さんは食べる間ずっと泣いててちょっと困った記憶。
「……結構色んな人に作ってたんだね。柱は僕以外の全員か…」
あれ?心なしか無一郎くんがちょっと拗ねたような顔と声のトーンになったような。
『でもほら、今日は無一郎くんのお誕生日だからね。無一郎くんの為だけに特別張り切って作るよ。ね!』
「…うん!」
“特別”という言葉が効いたのか、また表情を明るくしてくれた無一郎くん。
朝ごはんを食べ終えて、昨日のように2人で後片付けを済ませてから、お誕生日メニューの材料の買い出しに出掛ける。
『無一郎くん、今夜は何が食べたい?』
「分からない。誕生日って何を食べるものなの?」
『えーっと…人によると思う。お家で好きなもの作って食べる人もいれば、お店でちょっと豪華な食事をする人もいるだろうし……』
「そっか。…じゃあ、つばさの得意料理が食べたいな」
得意料理かあ……。わりと何でも作るからなあ。
でもせっかくお誕生日だし、ちょっと手の込んだもの作ってあげたい。
『ん〜……。あ、煮込みハンバーグにしようか』
「はんばーぐ?」
『うん。挽き肉を捏ねて焼くの。無一郎くんの好きな大根をすり下ろして和風ソースにしよう!』
「美味しそう。それがいい」
無事にメニューが決まった。
『無一郎くん、甘いものは好き?…玉子焼きは甘いの派だったね』
「甘いもの、好きだよ」
『じゃあ、ケーキも作ろうね。ほんとはオーブンで焼いてあげたいけど、流石にオーブンはないからフライパンでスフレパンケーキを焼いて生クリームで飾りつけしよう』
「うん、なんかよく分からないけど楽しみにしてるね」
私たちはハンバーグと付け合わせ、スフレパンケーキの材料を買い揃えて無一郎くんの家に戻った。
外国から輸入された商品が置いてあるお店に行ったから、珍しい食材や調味料を目にして、無一郎くんが興味津々だったの可愛かったな。
『さあ、気合入れて作るとしますかね!』
「僕でもできることがあったら手伝いたいけど、邪魔になるかな? 」
『ううん、そんなことないよ。一緒に作ろ!』
つばさは甘露寺さんにもらったエプロンを、僕は彼女が貸してくれた割烹着を着て台所に立つ。
つばさがハンバーグに入れる人参や玉葱をみじん切りにしている間に、僕は和風ソースに使う大根をすり下ろす。
刻んだ野菜とパン粉と牛乳、何種類かのスパイスを混ぜて挽き肉を捏ねる。指の間から捏ねた挽き肉がむにゅむにゅっと出てくる感覚が面白くてクセになりそう。
ぺちゃん、ぱちん、ぺちゃん、ぱちん……。
成形した肉ダネを手のひらで交互に叩いて空気を抜く。
楽しいな。普段しないから分からなかったけど、 料理ってこんなに楽しいんだ。
つばさが丁寧に教えてくれるし、僕にもできそうなことをやらせてくれるから、まるで自分が料理上手になったような気になる。
肉ダネの真ん中を少し凹ませ、中心に火が通るまでフライパンで焼いてから一旦取り出す。
肉の脂でベトベトになった手を一旦綺麗に洗ってから、“スフレパンケーキ”の準備に入る。
卵の黄身と白身を分ける作業、隣で見てたけど難しそうだった。試しに僕もやらせてもらった。黄身に少し白身が混ざるのは仕方ないけど、逆はないほうがいいらしい。
それから白身を15分くらいかけて泡立てると聞き、体力には自信があったから僕にやらせてほしいと頼んだ。つばさは助かる〜!、と笑顔を見せてくれた。
僕が白身を泡立てて“メレンゲ”を作っている間に、つばさはハンバーグの付け合わせを作り始める。
手際よく人参を花の形に切っている。
「わ…可愛い」
『でしょ?』
「これ、どのくらい泡立てたらいいの? 」
『泡立て器を持ち上げた時に、ちょんっ、てツノが立つまでお願い。あと、ボウルを逆さまにしても落ちてこないくらいもったりするのが理想かな。ちょこちょこ見に来るから、分からなかったらまた聞いてね』
「うん!」
ほうれん草と玉葱を炒めるつばさ。
同時進行でさっきの花の形の人参を別の小さい鍋でバターや砂糖や塩と一緒に熱している。
甘くていいにおい。
あっという間に付け合わせ完成させたつばさは、今度はさっき焼いたハンバーグをフライパンに戻して、大根おろしと調味料を混ぜて煮込み始める。
そして彼女もスフレパンケーキを作る工程に加わる。
すごいなあ。全く別のことを同時に進めてる。
『無一郎くん、そろそろメレンゲいいかも』
つばさに言われて泡立て器を持ち上げると、彼女が言っていた“ツノ”が立った。なるほど。こんな風になるんだ。
そして“生クリーム”を氷水で冷やしながらまた泡立てる。
『きつくない?腕を使うのばっかりさせてごめんね』
「ううん、平気だよ。これ面白い」
『よかった。疲れたら休憩してね』
つばさのいた時代には、“電動泡立て器”なんてものがあって、それを使えばもっと短い時間でメレンゲや生クリームが作れるんだって。夢みたいな道具だ。
僕が作ったメレンゲと、つばさが準備していた他の材料を混ぜてフライパンに落とし、少しの水を入れて蓋をして焼く。
そしていつの間にやらつばさはごはんも炊いていたらしく、炊きあがったお米のいいにおいと、煮込んだハンバーグ、付け合わせの人参の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
パンケーキが焼き上がったのでお皿に移して粗熱を取る。
“あらねつ”なんて言葉もつばさが教えてくれた。
生クリームもツノが立つまで泡立った。それを袋に入れて中身が出てこないように袋の上を留めて、粗熱の取れたパンケーキに絞り出す。
そこに粉砂糖を振るってお化粧させると、一気にお洒落な見た目になった。
『よし、完成〜!』
「すごい!僕こんなの初めて!」
2人で食卓に運んで座る。
『ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデーディア無一郎くーん♪ ハッピーバースデートゥーユー♪』
初めて聞くつばさの綺麗な歌声。
知らない曲だけど僕も彼女に倣って小さく手拍子する。
歌が終わり、つばさに言われてパンケーキに挿されたロウソクの火を吹き消す。
『無一郎くんお誕生日おめでとう!』
「つばさ、ありがとう」
白くて平たいお皿に彩りよく盛られた、ハンバーグと付け合わせの野菜と花の形の人参グラッセ。ごはんも今日はいつもの茶碗じゃなくて、同じお皿に丸く盛り付けられていた。
そしてこれもいつの間に作ったのか、かぼちゃのスープも机の上に並んでいる。
「僕、多分だけど洋食初めてなんだ」
『そうなんだ。お口に合うといいな』
「いただきます」
『いただきます』
わあ…なんて美味しいんだろう……!
一緒に台所にいたから分かる。すごく手の込んだ料理だった。僕が手伝った以外にもこんなに何品も作ってくれて。
「すっごく美味しい!つばさの作る料理は彩りも綺麗だよね」
『よかった!料理はね、目でも楽しむものだから。美味しそう、食べたいって思ってもらえるように作って盛り付けるんだよ』
そっか。だからつばさの作るごはんは食欲をそそるような見た目なんだ。
昨日今日作ってくれたふろふき大根も味噌汁も、魚の煮付けや玉子焼きや煮物も、一緒に作ったハンバーグも、いつの間にか作ってくれたかぼちゃのスープも。
手際よく、しかも机に並べた時の彩りまで考えて料理するなんて、一朝一夕でできる芸当じゃない。
「パンケーキも食べていい?」
『もちろん!』
生クリームと一緒に口に運ぶ。
ふわっふわなのにスッと溶けていく食感。
「何これ美味しすぎる!」
僕の反応を見たつばさが嬉しそうに笑った。
『気に入ってくれてよかった。また作ろうね 』
「うん!」
ああ、誕生日なんてどうでもいいと思っていたのに、こんなに幸せな気持ちにさせてもらうなんて。
片付けを終えると、もう辺りはすっかり暗くなっていた。
『…そろそろお暇しようかな。無一郎くん、大事な日に一緒に過ごさせてくれてありがとう 』
「そんな!お礼を言うのはこっちだよ。僕のほうこそありがとう。つばさが誕生日を祝ってくれてすごく…すごく嬉しかった。蝶屋敷まで送るよ」
『暗いから大丈夫よ。私を送った後に1人で帰すのは心配』
「暗いから送るんだよ。僕は男だし柱だから」
それに、送って行けばその分つばさと長く一緒にいられるでしょ。
『うーん……。じゃあお言葉に甘えようかな』
帰り仕度を済ませて、僕たちは蝶屋敷へと向かう。
「……つばさ」
『ん?』
「手、繋いでいい?」
『うん、いいよ』
荷物を持っていないほうの手を繋ぐ。
ところどころまめが潰れて硬くなってる箇所もあるけど、こんなに華奢な手で剣を握ってるんだな……。
他愛のない話をしているうちに、段々と蝶屋敷が近づいてくる。
あと少しでつばさと別れなくちゃいけない。
寂しい。
『…無一郎くん?』
急に黙りこくった僕の顔を、つばさが不思議そうに覗き込む。
「……つばさ…またうちに来てくれる?稽古の時もだけど、それ以外で」
『?うん、行っていいなら』
「…!ありがとう。またパンケーキ食べたいな」
『いいよ!また一緒に作ろうね。次はバニラアイスでも添えて食べよう』
花が咲いたように笑う彼女に、僕はまた胸が高鳴るのを感じた。
とうとう蝶屋敷に着いてしまった。
『送ってくれてありがとう。無一郎くん、気をつけて帰ってね』
そう言うつばさの着物の袖を、僕はつい掴んでしまった。
『どうしたの?』
「…………最後にお願いがあるんだ……」
『なあに?』
「…抱き締めてほしいな……」
『なーんだ、そんなこと。もちろんいいよ』
つばさが優しく微笑みながら腕を広げる。
そこに磁石のように抱きつくと、ぎゅっと腕をまわしてくれた。
僕より少し背の低いつばさ。
でもそれよりも更に小さく感じるのは、多分、僕が筋肉質な身体をしているのと対照的に彼女が華奢だからだ。
しばらく抱擁して、いよいよ別れ際。
「……つばさ、ありがとう。今日のこと、またいつもみたいに忘れちゃったらどうしよう……。それは寂しいな……」
『こちらこそありがとう。…大丈夫!もし忘れちゃっても、何回でも今日の楽しかった思い出を話してあげる。無一郎くんがもういいって鬱陶しがるまで』
「!…ありがとう。……じゃあ、僕、今度こそ帰るね」
『うん、気をつけてね』
小さく手を振って、僕は家路についた。
つづく