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トラビスが伸ばした手は、僕に触れることなく下ろされた。そして少し俯いて「早く前を閉じてください」と言う。
僕はボタンを留め、上着とマントを拾うと、近くにあった大きな岩に腰かけた。
「トラビスも座って」
「いや…俺は…」
「座ってくれないと、僕は見上げて話すことになって首が痛いじゃないか」
「…わかりました」
トラビスが、渋々僕の隣に座る。
僕と一つしか変わらないのに、トラビスは恵まれた体格で大きい。トラビスの顔を見ようとすると、僕は見上げる形になる。そうすると空の青さが眩しくて、自然と目を細めた。
「フィル様…眩しいのでしたら、俺は地面に座りますが」
「いや…いいんだ。このままでいい」
「はあ…。それで、長く生きられないとは?ラズールが聞いたら卒倒しそうな話ですが」
僕はトラビスから目を逸らして、目の前で揺れている小さな花を見つめた。
「ねぇ、ネロが教えてくれた話を覚えてる?」
「もちろん。あんな衝撃的な話、忘れるわけがありません」
「そうだね。僕も話を聞いてから、ずっと考えていたんだ。僕の呪いのこと、これからのこと」
「なにかわかったのですか?」
「うん。わかったから、僕は長く生きられないと確信した。だからね、イヴァル帝国の玉座は、ネロに譲ることに決めた」
「…それはもう、変えようがないのですね?」
「うん、決めたから。トラビスは父親に代わって大宰相になって。将軍も兼任してネロを支えてあげて」
「俺の父や大臣達、それにラズールが反対しますよ」
「大宰相や大臣達は反対しないよ。イヴァルに正当な王がいればいいのだから。ラズールは…どうしたらいいかな?」
僕は思わず笑ってしまった。
ラズールが猛反対する様子が、はっきりと思い浮かんだから。
僕の望みとしては、ラズールもネロを支えてやってほしい。彼は優秀だから、イヴァルのために働いてほしい。僕はいなくなるのだから、僕のことは忘れて…。
「フィル様…」
「ごめん…頭の中がいっぱいで、おかしくなってるんだ」
そんな気はなかったのに、涙があふれてきた。次から次へとあふれ出てきて、頬を濡らしていく。僕は手に持っていた上着とマントを顔に押しつけて、しばらく肩を震わせていた。
森の中は、風に揺れてこすれる葉っぱの音と、小鳥のさえずりと、僕のすすり泣く声しか聞こえない。何度も深呼吸を繰り返して、ようやく涙を止めると、顔を上げて「ごめん」と謝った。
トラビスが手を伸ばして、頬に貼り付いた銀髪を取ってくれる。
「謝る必要はありません。落ち着きましたか?」
「うん…。子供の頃、おまえに意地悪されても泣かなかったのになぁ。弱くなっちゃった」
「えっ!俺は意地悪なんてっ…え?してましたかっ?」
「ふふっ」
手を落ち着きなく動かして慌てるトラビスの様子が可笑しくて、思わず笑った。そしてもう一度深呼吸をすると、三ヶ月前の牢から出たばかりのネロが、話してくれた内容を思い返した。
ネロは、イヴァル帝国の王族である僕や、代々王に仕えてきた一族出身のトラビスも知らない、興味深い話を語った。
前王もフェリ様も知らなかったでしょうと、ラズールは言った。
約三百年前の頃の話だ。イヴァル帝国は男の王が治めていた。
王には二人の子供がいた。王女と、二つ下の王子だ。当然二人とも、王族の証の、輝くような銀髪を持っていた。
王女は賢く、魔法の力も強く、剣の腕も立ち、誰よりも優れていた。
王子も賢く、魔法も剣も強かったが、王女よりは劣っていた。
そのために王女は、跡継ぎが王子であることに不満だった。
「別に男が跡を継ぐ必要は無いではないか。私の方が優秀なのだから、私が王になるべきだ。男でなくとも、女が王になってもいいではないか」
そう父王や大臣達に何度も進言したが、全く聞き入れてもらえない。でも、どうしても弟が王になることが納得できない王女は、水面下で根回しを始める。
そしてついに、転機が訪れた。
王が急死したのだ。狩りに出かけた際に、馬が暴れて落馬し、地面に身体を強く打ちつけて死んだ。非常に懐いていた愛馬なのに、なぜ暴れたのか。原因はわかっていない。
王が亡くなった時、王女が十八歳、王子が十六歳だった。
急死であったために、王の口から直接、跡継ぎの名を聞くことができなかった。しかし次期王は、王子だと決まっている。
王の葬儀が終わるとすぐに、大臣達が集まり、王子を王にするための書類と王冠を作る相談をしていた。そこへ若い騎士達が乱入して、大臣達は捕らえられた。若い騎士達は、王女に忠誠を誓う者達だった。
王子は王女の前に連れてこられ、「王位継承権を放棄すると言え」と迫られた。
しかし王子は言わなかった。王子も王となり、国を守りたいという強い意志を持っていたのだ。
言うことを聞かない王子に、王女は腹を立てたが、たった一人の弟を殺すことはできない。だが王城に置いて、いつか反乱されては困る。
王女は、王子を王都から遠く離れた地へ追いやることにした。
王子は少しの従者と共に、バイロン国境に近く、辺境すぎて見放されている領地へと行かされた。
邪魔者がいなくなり、すっきりとした王女は、自分に忠誠を誓う若い者達を、大宰相や大臣、将軍にすえた。そしてイヴァル帝国初の女王となった。
女王は優秀な騎士を夫にし、一人の女の子を産んだ。その子が次期王となる。そしてこの時に、女王は娘に対して、破ってはならない強い呪いの魔法をかけた。
イヴァル帝国は未来永劫、血族の女が王となること。
もし血族の男が王になれば、たちまち国は滅びに向かう。王になった男も、呪いによって苦しんで死ぬ。
王女の呪いの言葉は、国に仕える全ての者の頭の中に刷り込まれ、代々と語り継がれていった。