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そのような話をネロがなぜ知っていたのか?
ネロは、辺境に追いやられた王子の血を引く子孫だったのだ。
ネロが子孫だという確かな証拠がある。ネロは髪を染めていた。イヴァル帝国の牢に捕らえられてから、染料が落ちて、僕と同じ輝く銀髪があらわになった。驚いたトラビスに問い詰められて、今の話を語ったのだ。
トラビスは嘘をついてるのかと怪しんだが、髪を調べてみると、正真正銘の銀髪である。銀髪は、イヴァル帝国の王族だという確かな証。ネロの言葉を信じざるを得ない。
僕は銀髪のネロを見て、不思議と懐かしさを感じた。イヴァル帝国を嵌めようとしたネロに怒っていたけど、ネロの出自を聞いて納得した。ネロは、祖先の王子が成し遂げられなかった願いを、叶えようとしていただけだ。
辺境に追いやられた王子は、どうなったのか?
王子は不便な生活を強いられる中、姉を恨んだ。姉は堅実に国を治めていたが、王子が暮らしているような、王都から遥か遠い田舎の人々にまでは目が届かぬようで、そのような人々は貧しく苦しい暮らしだった。
辺境の地に来て数年後、貧しい民の暮らしを身を持って知った王子は、やはり自分が王になるべきだと思い、王都に戻った。しかし王城の門前で、一介の門番に追い払われた。
「無礼者!僕は王弟だぞ」
そう叫んだが、門番は相手にしなかった。
怒りで震えながらその場を離れた王子に、ある男が声をかけてきた。男は王子の言葉を信じると言った。その銀髪が王弟である何よりの証だと。あの門番は、本物の銀髪と染めた銀髪の区別がつかない間抜けだと。
男は王子に協力すると言う。
王子が男の身分を問うと、男は、自分は女王の夫の弟だと話した。兄は賢く強くて自慢の兄だった。女王に選ばれて夫となり、両親も喜んでいた。しかし娘が生まれた半年後に死んでしまった。兄は身体が丈夫だったはずなのに。病もしたことがない。冷たくなった兄の顔は、苦痛に歪んでいた。「病で苦しんだからだ」と女王は言ったが、嘘だ。身体に触れることは許されなかったが、兄は剣で刺されたのだ。理不尽な理由で殺されることが無念だったのだ。俺は女王を許さない。だから王子が玉座を手に入れることに協力する。
しかし今すぐは叶わないかもしれない。だがいずれ、王子の血を引く者に玉座が渡るよう協力すると約束を交わして、王子は辺境の地へ戻った。そしてその地で子孫を作りながら、いつか自分の血を引く者が王の座につくことを強く願った。
王女の呪いと同じように、王子の強い願いも代々と語り継がれた。そして三百年経ってようやく、ネロが玉座に就くべく動いたのだ。
「フィル様?」と声をかけられて、ハッと意識を戻す。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「疲れたのなら、仰ってくださいよ。フィル様はネロに玉座を譲って、この先何をするつもりですか?」
僕は隣に顔を向けて、かすかに笑う。
「今のトラビスなら、僕の気持ちがよくわかると思う。…僕は死ぬ前に、リアムに会いたい。お互いに忘れてしまったりして、すれ違ったままは嫌だ。もう一度、気持ちを伝えたい」
「では、バイロン国に行かれるのですか?」
「うん」
頷いた僕の視界が涙でにじむ。
トラビスが慌てて「どうしましたっ?」と手を伸ばして僕に触れる。
僕は袖で目を押さえたけど、涙が止まらない。リアムと出会ってから、僕は泣き虫になってしまった。昔はラズールの前でしか泣かなかったのに。今は誰の前でも泣いてしまう。こんなに弱くて、王なんてできない。
僕は目を押えたまま声を絞り出した。
「リアムが…牢に入れられてるって…。クルト王子に…毒を飲まされて、苦しんでるって…」
「なんだと?あのクソ王子がっ!自分の弟をっ」
「だから…リアムを助けたい。牢から出して、治してあげたいんだっ」
「わかりました」
トラビスが、あやすように僕の背中を軽く叩く。
想いを吐き出したおかげか、僕の涙がようやく止まった。
トラビスが僕の顔を覗き込み、優しく目を細める。だけど僕は知ってるよ。ネロには、もっと優しい目をしていることを。
「またバイロン国に潜入ですね?任せてください。今度こそ、絶対に傍を離れません」
「なに言ってるの?つい先ほど、ネロを守るって約束したじゃないか。おまえは王城に戻るんだよ」
僕が首を傾げて言うと、トラビスが目を見開いて叫んだ。
「はあっ?では誰を連れて行くと言うんですか!ラズールですか?アイツが素直にリアム王子を助けるとは思えないですけどっ」
「わかってる。だからラズールも連れて行かない。僕一人で行く」
「ダメです!いくらなんでもそれは危険です!」
「どうして?ネロに玉座を譲るんだから、僕はもう、ただの人だよ?」
「理屈ではそうですけど、それでもあなたは、我々イヴァルの民にとっては大切な方です!危険だとわかる場所に、一人では行かせられません!」
ああ…嬉しいな。この国で、僕の味方はラズールだけだと思っていたけど、トラビスもこんなに思ってくれていたんだ。
嬉しくて、自然と口角が上がってしまう。
途端にトラビスが「なにを笑ってるんですかっ」と怒る。
僕はシャツの袖をめくって、腕をトラビスに見せた。
「おまえは怒りっぽいね。気をつけないと、ネロに嫌われるよ?…ねぇ、この赤い痣を、もう一度見て。僕はもうすぐ死ぬ。だからお願い。最後に望みを叶えさせて。じゃないと、死んだ後におまえを呪うからね」
「フィル様…」
トラビスの凛々しい眉毛が下がる。
呪うという言葉に反応したんじゃなくて、もうすぐ死ぬという僕を、哀れんでくれているんだ。
僕は適当なことを言ってるんじゃない。ネロからイヴァル帝国にまつわる話を聞いて、痣のことを考えて、わかったんだ。