テラーノベル
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夕方の街は、やわらかい色をしていた。
仕事帰りの人たちが行き交う中で、
少しだけ場違いな顔をして立ち尽くしている男が一人。
ジョン・ドウ は、手の中の小さな箱を何度も開いては閉じていた。
「……いや、今じゃないな」
閉じる。
三秒後。
また開ける。
「……いや、今か?」
また閉じる。
完全に挙動不審だった。
「……何してるの」
後ろから声がする。
びくっ、と肩が跳ねる。
振り返ると、そこには
ジェーン。
腕を組んで、少し呆れた顔。
「え、あ、いや、その」
「さっきからずっとそこにいるけど」
「見てたの!?」
「丸見えよ」
即答。
少し沈黙。
ジョンは観念したみたいに、息を吐く。
「……タイミング、考えてたんだよ」
「何の」
「それ、今言わせる?」
「言わなきゃ分からないでしょ」
ジェーンはいつも通り、淡々としている。
でも、その視線はちゃんとジョンを見ている。
逃げ場はない。
「……あー……」
頭をかく。
覚悟を決める。
「ジェーン」
名前を呼ぶと、彼女は少しだけ姿勢を正す。
「何」
短い返事。
でも、逃げてはいない。
「俺さ」
一歩、近づく。
「お前といる時間、好きなんだよ」
「知ってる」
「うん、知ってるよな……」
ちょっと苦笑い。
でも続ける。
「お前、あんま人と関わるの好きじゃないだろ」
「ええ」
「俺、逆じゃん」
「ええ」
「でもさ」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「それでも、一緒にいられるの、いいなって思ってて」
ジェーンは何も言わない。
ただ、ちゃんと聞いている。
「無理に変わらなくていいし」
「無理に付き合わせる気もない」
「でも」
小さな箱を取り出す。
「帰る場所が同じだったら、もっといいなって思った」
静かな空気。
周りの音が、少し遠くなる。
「……だから」
箱を開く。
中にあるのは、シンプルな指輪。
飾り気はない。
でも、ちゃんと選んだやつ。
「俺と、結婚してくれないか」
沈黙。
数秒。
でも、ジョンにとっては長い時間。
「……効率がいいわね」
ぽつりと、ジェーンが言う。
「え」
「生活拠点を共有した方が合理的」
「え、え?」
「あなたは料理ができるし」
「お、おう?」
「私は外に出る仕事が多い」
「う、うん」
少しだけ、間。
ジェーンが一歩、近づく。
指輪をじっと見る。
「悪くない」
小さく言って、
手を差し出す。
「受けるわ」
一瞬、止まる。
理解が遅れる。
「……え、いいの?」
「断る理由がないもの」
「いやでもなんかこう、もっとさ……!」
「何」
「こう、感動的なやつとか……!」
ジェーンは少しだけ考えて、
それから、
ほんの少しだけ笑う。
「嬉しいわよ」
その一言で、
全部どうでもよくなる。
「……そっか」
ジョンは笑って、
震える手で指輪をはめる。
少しだけぎこちない。
でも、ちゃんとはまる。
手を離さないまま、
少しだけ照れたように言う。
「……これからも、よろしくな」
ジェーンは視線をそらさずに答える。
「ええ」
短い返事。
でもそれで十分だった。
夕焼けの中、
2人の影が並ぶ。
少し距離は違うけど、
ちゃんと同じ方向を向いていた。
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