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聖女は復讐の刃にキスをする

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聖女は復讐の刃にキスをする

3 - 聖女は復讐の刃にキスをする 第3話

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2023年11月18日

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 外套の青年は、ミリエットを守るように、振り上げられた隣家の女性の手を掴んでいた。
 目深に被ったフードのせいで、その表情はわからない。

「事情は知らないが、手荒な真似はよくない。せっかくの良い朝が台無しだ」
「な、なんだいあんたは!? わかったから、さっさと離しとくれ!」
「ああ、失礼した」

 青年が手を離すと、女性は足早に家の中へと戻っていく。
 ミリエットは慌ててその背へ声をかけた。
 
「あの、おばさま! お祭りまであと何日でしたっけ!?」
「三日だよ!」

 短く吐き捨てられた言葉と、乱暴に閉まる扉。
 それらを見送り、外套の青年が肩を竦める。

「ふぅ、すごい剣幕だったな。君、怪我はないか?」
「は、はいっ。その……助けていただき、ありがとうございました」

 ミリエットは咄嗟に、深々と頭を下げた。

(ど、どうしよう。まさか、夢に出てきた人と、こんなに早く会えるなんて)

「では、俺はそろそろ失礼する」
「あ、あのっ!」

 ミリエットは慌てて青年へ声をかけた。

「見慣れない方ですが、旅人さん……ですよね? 宿はお決まりですか?」
「いや、これから探そうと思っていたところだ」
「では、よければ案内させてください。助けていただいたお礼です」
「そこまで大それたことをしたつもりはないが……せっかくだ、御厚意にあずかろう」

 青年がミリエットを見下ろす。フードの内側、微かに覗く口元は、優しく微笑んでいた。

「私はミリエットといいます。よければ、あなたの名前も教えてください」
「俺のことは……ヴォルフ、とでも呼んでくれ」
「わかりました。では、ヴォルフさん。宿はこちらです」

 まずは一歩前進だ。
 ミリエットはヴォルフと名乗る青年を連れ、宿屋への道を歩き出した。

「先ほどのことだが。……あのご婦人は、いつもああなのか?」
「何がですか?」
「その、君のことを追い出したがっているように見えた。本当なら、こういうことは余所者が首を突っ込むことではないのだが……ただならぬ雰囲気だったのでね」

 フードの隙間から、気遣うような視線を感じる。

「気にしないでください。……私も、この村では余所者のような存在なんです」

 どう答えようか悩んだが、ミリエットは素直に事情を話すことにした。
 流れ者の母を持つこと、両親亡き今、村に居場所がないということ。

「それは……辛かったな」
「そうですね。でも、もう慣れました」

 ミリエットは微笑んだ。ヴォルフの声に、こちらを本気で気遣う響きを感じたからだ。

「ところで、ヴォルフは旅の方なんですよね」
「ああ。この村には、今朝着いたばかりだ」
「収穫のお祭りのためにいらしたんですか?」

 ここは小さな村ではあるが、祭りの日には商人たちが出店を出したり、作物を買い込んだりするためにやってくる。
 そして、商人の中には護衛を連れている者も多い。
 夢で見たヴォルフは随分と腕が立つ様子だったので、そういった職に就いている人物ではないかと思ったのだが――。

「いや。先ほど君とあのご婦人が話しているのを聞いて、初めて知ったよ」
「なら、どこかに向かう途中なんですか?」
「それは……」

 ヴォルフと名乗った青年は言葉を濁す。隠さなければいけない理由があるのか、それとも大したことではないのか。声の調子からは前者のように思えるが――。

「ごめんなさい。私、質問ばかりですね」

 ミリエットははっとした顔で、慌ててヴォルフに謝罪した。
 初対面の人間にこうも根掘り葉掘り尋ねられたら、気分が悪くなるに決まっている。

「いや、かまわないよ。こういうことは、変に隠しても怪しくなるだけだからな。……俺は、アルタール王国へ向かう途中なんだ」
「まあ……」

 ヴォルフが、そしてミリエットが声を潜めたのには理由がある。
 アルタール王国。それは、ここ、ルドロス帝国の隣国のひとつであり――帝国と明確な敵対関係にある国家だからだ。

(アルタール王国が帝国との国境を侵略したせいで、緊張関係にあるのよね)

 そのため、二国間の国交は断絶状態。
 国境はこの辺境の村の先にあるが、帝国軍の精鋭によって厳しく監視され、通過することはおろか、近付くことさえ難しいと聞いている。

(でも、まさか……国境へ向かうために、この村へ……?)

 今の話の流れでは、そうとしか思えない。
 となれば、ヴォルフにはよほどの事情があるのだろう。
 
「宿はあれか?」

 ミリエットが考えているうちに、道の向こうに宿屋の看板が現れた。

「ここまででいい。案内ありがとう、ミリエット」
「あ、あの……!」

 ミリエットはヴォルフの外套の裾を掴んだ。
 もう少し、彼について知りたい。だが、なんと声をかけたものか。

「どうした? ……やはり、あの女性が怖いのか?」
「ええと……その……」
「隠さなくていい。気丈に振る舞うのは立派だが、そればかりではやがて限界が来る」

 答えに困るミリエットを、ヴォルフは好意的に解釈してくれたようだった。

「俺はあと数日ここに滞在する。困ったら、いつでも相談に乗るよ」
「あ、ありがとうございます……」

 ミリエットが驚いたように瞬きすると、ヴォルフはひとつ頷き、宿屋へ去っていった。

(……優しい人、なのかな)

 助けてくれたこと。気遣ってくれたこと。
 どちらも掛け値なしの本音だったように思う。

(いいえ、まだ判断するには早いわ)

 ヴォルフもまた、何らかの下心があってミリエットに近付いたのかもしれない。
 そう、かつてのヨハンのように。
 だとしたら、騙されるわけにはいかない。むしろ、こちらから騙すのがちょうどいいくらいだ。

(でも……あの優しさが、本物だったら)

 ミリエットは、何も知らない、無関係のヴォルフを利用することになるのだろうか?
 そう――かつて、ヨハンが聖女の力を利用するため、彼女に近付いたときのように。

(……駄目。こんなことで悩むようじゃ、ルドロス帝国には敵わない)

 今、必要なのは強さだ。どんなことでもする、そんな決意。
 母のため、滅ぼされたという故郷のためにも。
 ――何よりも、三年後に殺される自分のためにも。

 わかっているのに、ミリエットの胸は、ずきりと痛んだ。
 
* * *

 やがて――収穫を祝う祭りの当日。
 ミリエットは夜明けと共に起床し、早々と身支度を整え、家を出た。
 鞄に詰めたわずかな荷物を片手に、たくさんの思い出が残る自宅を見上げる。

(お父さん、お母さん。……いつかまた、ここに帰ってくるわ。それまで、見守っていて)

 鮮やかに飾られた家々。村の中央にある見張り台には、祭りの日にだけ掲げられる、特別な飾り布がはためいている。
 その中を進むミリエットの足取りに、迷いはない。
 聖女の力を使った夢を通して、彼女は今日についてのさらなる情報を得ていた。

(ヴォルフは、今日の朝早くに出立する。とにかく、まずは彼と合流しないと)

 夢にはいくつかのパターンがあった。
 最初に見たのは、ヴォルフと一緒に逃げるが、帝国兵に追い詰められて戦いになるという展開。
 次に見たのは、ヴォルフとの合流をあきらめたせいで、帝国兵に家を包囲されてしまう……というもの。
 祭りの前日に村を出たら、帝国兵と鉢合わせ……という流れもあった。

(なら、祭りの当日にヴォルフと合流して、かつ、一緒に帝国兵から逃げられたとしたら?)

 夢の中でけっして見ることのなかった展開。ミリエットはそれこそが、この状況を打破する鍵ではないかと考えていた。
 帝国兵の配置図とその後の移動経路は、既にわかっている。
 やがて、宿屋が見える頃。

「くそっ、どうして今日はこうも兵士がいるんだ。祭りの警備にしては多すぎる」

 ミリエットは、その裏口で難儀する様子のヴォルフを見つけた。
 彼はアルタール王国へ向かっているという。詳しい事情は知らないが、ここで帝国兵に見つかることは避けたいのだろう。

「まさか、見つかったのか? だが、それにしては兵士の数が……」
「ヴォルフ、こっちへ」

 ミリエットは足早にヴォルフへ近付くと、人気のない方へ彼を誘導する。

「ミリエット? どうしてここに」
「ついてきてください。兵士に見つからない道を案内します」

 その手を掴み、強引に走り出す。
 二人がその場を立ち去ると、少し遅れて、複数の足音が近付いてきた。

「いたか!?」
「いや、見つからない。クソッ、あの女、いったいどこへ……」

 幾度となく夢に見た、帝国兵の声だ。
 ミリエットはちらりと背後を仰ぎ、見つかっていないことを確かめた。

(ここまでは大丈夫。あとは……)

「ミリエット。まさか、追われているのは君なのか? 俺はてっきり……」
「話は後です」 

 ヴォルフの手を引き、ミリエットは縦横無尽に村を駆け抜ける。
 夢で得た情報が功を奏し、二人が帝国兵に見つかることはなかった。
 やがて、村の出口が見えてくる。
 鮮やかに飾り付けられた門の近くに、人影らしいものはない。

(もう少しで……!)

 だが、そのとき。ミリエットは建物の陰から現れた人影にぶつかってしまった。

「きゃっ……」

 思いがけない衝撃に、ミリエットはその場に尻もちをついた。

「これは失礼しました。怪我はありませんか、お嬢さん」
(この、声は……)

 差し伸べられた手と、その声に、ミリエットはなかなか顔を上げることができなかった。
 冷や水をかけられたかのように、頭が、全身が一瞬で凍りつく。

「……ミリエット?」

 ヴォルフが屈み込み、動く様子のないミリエットを気遣うようにそう声をかけた。

「ミリエット……それが君の名前ですか? なんという偶然だ! 僕は今日、その名前を持つ女性を探していたのです!」
(……ええ、知っているわ)

 忌々しい現実を確かめるように、ミリエットはゆっくりと顔を上げた。
 目の前に現れたのは、豪奢な金の髪と切れ長の藍色の瞳。優美に整った顔立ち。
 ただそこに立っているだけであらゆる人間を魅了する、一人の青年の姿。

「僕はヨハン。ルドロス帝国の皇太子です。ここで出会ったのも何かの縁。ぜひ、僕と一緒に来ていただけませんか」

 優しげな微笑と、丁寧な言葉。
 だが、その背後に、有無を言わせない強引さが滲んでいる。

 出会いたくなかった。けれど、出会ってしまった。
 胸の奥から湧き上がる憎しみに、たまらず唇を噛む。

(どうしよう、どうすれば)

 混乱するミリエットを抱き寄せたのは、背後に立つヴォルフだった。

「悪いが、彼女は渡せない。困っているのがわからないのか?」
「……君は?」

 ヨハンの問いかけと同時に、強い風が吹いた。
 その拍子に、ヴォルフの顔を覆っていたフードが外れ、その顔が露わになる。
 よく日に焼けた褐色の肌。深い、深い漆黒の髪。黄金色の瞳。
 すべて、夢に見たとおりだ。その横顔の美しさに、ミリエットは思わず息を呑んだ。

「その顔は……もしや!」

 ヴォルフラムを見つめ、ヨハンが瞠目する。

「俺の名はヴォルフラム。……お前が大罪を押し付けた、アルタール王国の王だ」

 ミリエットを背に庇い、ヴォルフ――ヴォルフラムは、冷たくそう告げた。

(まさか……)

 思いがけない名前を耳にしたミリエットは、驚きに目を見開く。
 アルタール王国の王、ヴォルフラム。
 この先、彼がどんな結末を辿るか、皇后だったミリエットは既に知っていた。

(アルタール王国は、ルドロス帝国との戦争の末……滅びる。王の死によって)

 ミリエットは吸い込まれるように、ヴォルフラムの横顔を見つめるのだった。


(3話・終わり)

聖女は復讐の刃にキスをする

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