自宅に到着すると私は使い古され黄ばんでしまった古いソファに彼を座らせ、縁が一部欠けたコップにペットボトルからまだ新しい飲料水を注ぎ皿にパンを三つ盛る。本当はこの水もパンも一週間程掛けてのんびり消費する予定だったのだが、天使様に元々家にあったカビの生えたパンやなんか変な匂いのする水を飲ませるわけにはいかなかった。
「ほら、食べなさい。質素だけど…なにもないよりよっぽどマシさ」
私は少年の前の小さな机にコップと皿を置き、隣に腰掛ける。食べる様を観察することにした。少年は深々と大袈裟に頭を下げ、コップを手に取り水を一口飲む。ただの水がよほど美味しく感じたらしく、口角を上げていた。これほどまでに愛くるしい生物を、私は見たことがないように思う。次に少年はパンを一つ両手で持ち、小さな口をいっぱいに開けて頬張った。頬を赤らめ、喉に詰まらせぬよう気遣いつつも駆け足で食べる。あぁ、たまらなく愛らしい。父親にでもなったような気分だった。あっという間に三つとも平らげてしまった少年はこの上なく幸せそうに口角を上げ、私の方を見た。
「とぅってもおいしかったです、お兄さん。ありがとうございます」
無邪気な笑みとは対照的にやはり口調は硬くて、また気味悪さを感じてしまった。気を紛らわすように微笑み、少年に目をやる。
「しっかりお礼が言えて、えらいね。名前はなんていうの?それと、膝。怪我してるだろう?ちゃんとした施しは出来ないけど、応急処置くらいならできるから。出して」
少年の頭をポンと撫で、褒めつつ名を問う。少年は照れ臭そうに頬を赤らめ、ソファに脚を上げて傷を此方へ向けた。深くはないが、放置したもんだから膿んでいる。痛かったろうな。消毒を傷口にかけ、涙目になって痛がる少年を横目に処置をした。
「いて……エリオって言います。おにいさんは?」
エリオは痛みで零れた涙を拭ってから名乗り、私の名も求めた。顎に手を当てて少し考え、口を開く。
「エリオか、良い名前だね。俺はユーリ。これからよろしく」
私は自身の痩せこけた手をエリオに向け、握手を要求した。名前を聞き出した彼は満足そうに満面の笑みを浮かべ、私の手を強く握った。私とは違い、肉がしっかりとついた健康的な手だった。指先まで美しいのだな、と恐ろしくなった。神とは不公平だ、私の様に生い立ちからなにまで不良品みたいな汚い物を作る癖に、気まぐれでこんなにも美しく恐ろしい兵器を作り上げてしまうのだから。この神の最高傑作を、私は守らねばならない。重苦しい使命を背負ったように感じた。彼を世界一美しく、純粋な物に育てあげるのだ。
間違っても、私のような低俗で汚らわしい男娼の様にはならないようにしなければ。
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