これが三年前の話。今じゃすっかり私に懐いたエリオは家事を手伝いつつ、未だ我が家に居候している。あの気味悪いくらい徹底されていた敬語もいつの間にかなくなっていた。彼が言うには、両親に「初対面には年齢性別問わず敬語を使って相手に敬意を表しなさい」と叩き込まれたらしい。自身をほっぽって消えてしまった両親の言いつけを律儀に守るなんて、エリオは良い子が過ぎると思う。
「…ねぇエリオ」
庭で洗濯物を干していた噂の天使様がソファで休んでいる私に話しかけて来た。
「ん、なんだい。服破れてた?」
昨夜の客は気前がよく2,3人分支払ってくれたもんだから、柄にも無く上機嫌な返し方をしてしまった気がする。照れ隠しに首を掻き、私も庭へ向かう。
「いゃ…服が破れてるのはいつもだから、気にしてないよ。けど…最近気になるようになったことがあって」
何処か恥ずかしそうに目を細めたエリオが、頬を赤らめてチラリとこちらに目線を向ける。常に現状しか見ないエリオから出る言葉とは思えなくて、以外だった。成長を喜ぶ親のような気持ちと同時に、不快感が全身を掛駆け巡る。……不快感?何故。分からない。この子が成長することを気持ち悪いと思ったことなんて今までに一度もないのに。誕生日が来た日はたまらなく嬉しくて内心エリオ自身よりはしゃいでいたし、彼を心から祝福していた筈。年を重ねるごとに美しくなって行くエリオが私と共に時間を共有してくれていることを、幸福に感じていた筈。そんな心から愛するエリオに不快感を抱くなんて。何故だろう?分からない、本当に。
「な…んだい。俺の答えれることだったら答えるよ」
ほんの少し震える手を背中に隠して無理くり微笑む。
「ユーリ、僕ね。気になる人が出来たんだ。キミもある?そういう経験って」
恥ずかしそうに、でも心底楽しそうにエリオが話す。赤くなった頬を両手で覆って。心臓が撫でられる様な気色悪さが全身を駆け巡る。…ぁ。分かった。私はこの天使が恋焦がれる様が、堪らなく嫌いなんだ。いつまでも綺麗で純粋な、曇り一つないガラス彫刻のような君だと思っていたのに。この少年の林檎みたいな頬が、いつか鏡の前で客に犯された時の頬と瓜二つだったのだ。堪らなく気持ちが悪くて、耐えられなくなった。あぁ…私の可愛いエリオ、どうかその瞳を、顔を、体を。私の方へ向けないで。君が誰かの手によって汚されていく様なんて、私は見たくないのに。たとえ君が、望まれて穢れに浸かりに行ったとしても。
対して物なんて詰まってない癖に胃袋から色んな物が這い上がって来て、私はその場に嘔吐した。何度も何度も吐いて、本当に何も無くなって、なけなしの胃液を吐いた。
私の背中を擦るエリオの手は、いつもと変わらない優しい手だった。
コメント
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めっちゃ好きです😭😭