テラーノベル
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魔女にしては善良、錬金術師にしては邪悪。
暗い工房で怪しげな術を使う女性は、そんな装いをしていた。
「――よし」
小さな言葉のあと、闇色の光が目の前の少年を包み込む。作業台で仰向けに眠っていた少年は、小さく指を動かし、身体全体を揺らし、ゆっくりと目を開けていく。
「おはよう。喋れる?」
「……はい。あなたは、誰ですか?」
少年の顔はあどけなく、身体には華奢さも残っている。子供以上、大人未満といった印象だ。彼は少しだけ不思議そうな表情を浮かべて、上半身を何とか起こす。身体には何も着けておらず、簡単な布だけが掛けられている。
「私の名前はリディア。あなたを創造した者よ。……ふふっ、賢い子ね。目覚めたばかりで、しっかり話せるなんて」
リディアは笑いながら、少年の額を人差し指でつついた。
「僕を創造した方……。僕は、一体?」
「あなたの名前は、シオンよ」
「……シオン。わかりました、ご主人様」
「少し固いわね。名前で呼んでくれる?」
「わかりました。……リディア様」
リディアは微笑みながら、シオンに手を差し伸べた。
「それじゃ、上に行きましょうか。着るものを着て、食べるものを食べて。まずは人間らしく、整えましょう」
「はい、リディア様。……あの、何を?」
シオンが作業台から下りると、リディアは彼の身体を両腕で持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。
「ずっと眠っていたんだから、筋力が弱いでしょう? だから、最初のうちは私が世話をしてあげる」
「そんな、申し訳ないです」
「いいのよ。すぐに大変になるんだから」
シオンはリディアの笑みに押されて、そのまま身体を預けた。ただ、この些細なやり取りは……彼の胸に、深く刻まれることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先ほどまでの工房は地下にあり、長い階段を経て、ようやく明るい部屋に出ることができた。出入口である魔法の鏡の前には、それを隠すように移動式の本棚がある。リディアは本棚を元の位置に戻してから、慌ただしく諸々の準備を進めていった。
シオンはまず、風呂に入れられた。そして服を着せられ、髪を整えられていく。何か動こうとすればリディアに制され、止められ、座っていることを余儀なくされる。
金色の長い髪に、銀灰色の瞳のリディア。
シオンはそんな彼女を目で追ってから、近くの鏡を覗いてみると……薄紫色の短い髪に、赤色の瞳の少年が映っていた。
「……あの、リディア様」
「もうすぐご飯だからね。初めての食事だもの。どーん、っと豪華に――……いや、それはダメか」
「そうなんですか?」
「起きたばかりじゃ、胃が受け付けないわよね。残念だけど、まずはスープにしましょう。今日はスープ祭りよ!」
「ご迷惑をお掛けします……」
「ふふっ、何てことはないから!」
リディアはキッチンに立ち、シオンはその傍らの食卓の席から眺めている。地下の工房とは違い、陽が差し込む明るい部屋だ。シオンは初めて見るはずなのに、どこか懐かしさを覚えていた。
「――さて、できたわよ! 今回はスープだけだけど、胃が受け付けるようになったら、ご馳走を用意するからね」
「ありがとうございます。それでは……えっと、お祈りがいるんでしたっけ?」
「そんなことも、最初から知ってるの? ……興味深いわね。でも大丈夫よ。いただきます、くらいで良いから」
「わかりました。いただきます」
「はい、召し上がれ♪」
シオンはテーブルの上のスプーンを手に取り、少し震えながらスープをすくい、ゆっくりと口に運んでいく。温かなものが口に入り、喉を伝い、胃に落ちていく。そこでようやく、人心地がついた気がした。
「……美味しい、です」
「ふふっ、ありがとう。しばらくはあまり動けないだろうから、ゆっくり、ゆっくり……ね」
「わかりました。ところで、リディア様は食べないのですか?」
「え? ああ、そうね。シオンが食べているのを見て、つい嬉しくなっちゃって」
「はぁ……」
「最初の食事ですもの。私も一緒に食べるわね」
そう言うと、リディアは軽い足取りでキッチンに戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事が終わると、シオンは歯ブラシを手渡された。リディアが歯磨きするのを見ながら、その動きを真似ていく。
「……ふむ。歯ブラシは初体験……と」
「はい。僕は、生まれたばかりなので……初めてで、良いんですよね?」
「ふふっ、そうよね。ごめんなさい」
「いえ」
リディアの笑顔がどうにも眩しく、シオンはついつい目を逸らしてしまう。しかし歯磨きの時間はすぐに終わり、次は外へと連れ出されていく。
外は――……寒々しい光景だった。
空はどこまでも曇り、地面はどこまでも黒く、遥か先では闇色の森が地平線を隠している。まるで閉ざされた世界。今までいた丸太小屋と、近くにある畑と井戸……生活感を感じられるのは、その狭い空間だけだった。
「……世界は、こんな感じでしたっけ?」
シオンの言葉に、リディアは少しだけ言葉を考えた。目の前に広がるのは『こんな世界』だが、シオンに見せたいのは全く別の世界なのだ。
「ええ……。この場所には、私とシオンのふたりだけ」
「……僕が生まれるまでは、リディア様はひとりだったんですか?」
「ふふっ。だから……シオンがいてくれて、私は嬉しいの」
リディアはそっと、シオンを後ろから抱きしめた。シオンは背中と頭から、温かいものを感じた。優しさと、頼りがいと、そして……寂しさ。
「他には……。例えば、あの森の先には……誰かいないんですか?」
「あら、もうここから出ていく話?」
「す、すいません。そうではなくて……」
シオンの言葉に、リディアは悪戯な笑顔を向ける。
「ふふっ、冗談よ。……あの森の向こうには、たくさんの人がいるわ」
「そうなんですか? でも、リディア様はここで……ひとりで暮らしているんですよね?」
「ええ。シオンには、これが見えるかしら」
そう言うと、リディアは自身の右足を指差した。ローブから覗く彼女の足に、シオンはどこか緊張をしてしまう。
「これ……と言いますと? ……いえ、何か薄っすらと……鎖のようなものが……?」
「シオンは魔力も優れているのね、誇らしいわ」
「あ、ありがとうございます……。それよりも、これは?」
「この鎖は、私の封印よ。私、この場所に縛られているの」
リディアは遠くを眺めながら、諦めたような笑みを浮かべた。シオンは透明な鎖に手を伸ばすが、何も無いかのようにすり抜けてしまう。
「封印……ですか? リディア様が? どうして……」
「私はね、神に捨てられたのよ。お城からも追放されて、こんな場所に連れてこられて」
「……酷いです。何でリディア様に、そんなことを? 何か、悪いことでもしたって言うんですか?」
「悪いこと――」
リディアは曇った空を見上げて、思考を巡らせた。嘘偽りなく、丁寧に答えるために、何回も昔を思い出すように。
「――していない、かな?」
「それなら……そんなのは……、悲しいです……」
シオンは目を伏せ、リディアの心情に想いを馳せた。
「ふふっ、ありがとう」
「……僕にできることは、何かありますか?」
「ええ、たくさん。それがあなたを生み出した、2番目の目的だもの」
「わかりました。リディア様の命令には全て従います。何でも仰ってください」
力強く言うシオンに、リディアは優しい微笑みを向けた。
「でも、あなたは知識も経験も無い。だから、まずは勉強と特訓よ」
「はい。何をすれば良いのか分からないので、ご指示をください」
「ふふっ。そんなにやる気を出してくれると、教え甲斐もあるわね」
シオンは、自分の表情が豊かではないことを自覚していた。それでもリディアに向けて、頬に力を込めて……精一杯の笑顔を作り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから半年が経過した。
シオンは文字を覚え、一般的な常識を学び、錬金術の実験に振り回され、戦闘術も叩き込まれた。リディアとの共同生活は厳しい面もあったが、それ以上に優しい日々だった。
「さて、それでは……そろそろ動き始めましょうか」
ふたりは丸太小屋から離れ、近くの高台にやって来た。ここからは遠くを見渡すことができるものの、見える光景――曇り空、黒い大地、闇色の森……というのは変わらない。
「リディア様、ここで何を?」
「これから、シオンには外の世界に行ってもらうの。だから、この土地と外界を隔離していた結界を……解除するわ」
リディアは長い呪文を詠唱し始めた。闇色のオーラが辺りを満たし、徐々に空に向かって吸い込まれていく。雷が低い音で鳴り始め、地面を微かに揺らしていく。それと同時に、冷たい風が吹きすさぶ。
「――汝の役目は終わった。滅びの魔女が、ここに終わりの刻を告げる」
ひときわ強い風――もはや暴風のようなものが巻き起こり、空に広がる雲を取り払っていく。やがて空からは太陽が現れ、彼方に広がる森も、光を浴びながら緑色を取り戻していった。
「わぁ……。リディア様、凄いです!」
「……ふぅ。これで、あなたは外の世界に出られるようになったわ」
リディアの言葉に、シオンは彼女の足を見た。透明な鎖は未だに残っている。……だから、リディアはまだ外の世界に出られないはずだ。
「それではまず、僕は何をすれば良いでしょう」
シオンの額に、リディアは人差し指を当てた。軽く……まじないのように、短く詠唱を行う。
「まずは北西……森のすぐ外。そこに巣食っている連中を始末しましょう」
「え? もしかして、見えるんですか?」
「森のすぐ外側まではね。シオンがここから出ていけるってことは、外からも入って来られるってことだから――」
「わかりました、僕たちの敵がいるんですね。……それで、そこには何がいるんですか?」
シオンの言葉に、リディアは目を細めて笑った。
「――人間よ。全員、ひとり残らず……消してきなさい」
ありんす
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成瀬りん
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コメント
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リオンです。読了しました。 まず、魔女リディアと人造人間シオンの出会いの場面から、すごく丁寧に空気感が作られていて引き込まれました。「魔女にしては善良、錬金術師にしては邪悪」という冒頭の一文がもう、リディアという人物の輪郭を一瞬で掴ませてくる。その後のシオンへの優しい接し方と、ラストの「人間を消してきなさい」の落差……このひと声で、物語の色がガラッと変わった感じがして痺れました。 封印の鎖や、結界の解除、外の世界への布石――設定の配置もとても自然で、これからどう展開していくのか、すごく気になります。続き、楽しみにしていますね。