道化師が、白目を向いて倒れる。
それと同時に、俺の中でテンカウントが始まる。
完全に気絶してるのだろうか……? ピクリともしない道化師を、キミーが蔦を伸ばして縛り上げる。
その行動を見たロキも、慌てて鎖を巻きつけては、先程のように札を貼って厳重にする。
そうして3……、2……、1……――――――。カンカンカン!
俺の頭の中では、コングが鳴り響いた。
「ドヤっさぁ……!」
「ガウゥッ!」
俺は降りてきた妹の腕と、キミーの枝を掴んで上に伸ばす。一人と一匹は、どこか誇らしげにドヤっている。
ペットは、飼い主に似るというが……。果たしてそれは、使い魔も一緒なのだろうか? キミーの今後が少し心配になってくるのは、今は心に留めておこう。
そんなことより、今は道化師だ。俺は細心の注意を払って、気絶している道化師の懐をまさぐる。これと言った武器も無ければ、魔獣などを召喚したカードなども、もう無いようだ。
俺は妹とキミーへと、視線を向ける。
「ヒナ、よくやったな。偉いぞ」
そう言って、俺は妹へ近づいて頭を撫でる。妹は一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに「えへへーっ」と、ふにゃっと笑った。
「キミーも、来てくれてありがとうな。助かったぜ」
俺はキミーに向けて、人差し指を突き出す。キミーは『ガウッ』と返事をすると、枝を伸ばしてちょこんと突き合わせてくれた。
「ロキ、この辺りの魔獣の数はどうだ?」
俺はロキへと振り返って尋ねる。ロキは舌打ちすると、首だけを俺に向ける。
「五月蝿い、バカ兄貴。今やってる」
ロキは瞼を閉じて「《索敵》」と呟く。そして数十秒程経ってから、ロキは軽く息を吐いて、俺たちを見る。
「……どうやら、ココらにはもう居ないみたいだ」
その言葉に、俺は安堵する。そして悪戦苦闘の末に、やっと気が抜けると思ったからか……。肩の荷が下りたことによって、視界が歪み、足元がフラついて倒れかける。
……そんな俺を脇から支えたのは、我が妹とロキだった。
「おやおや〜、お兄様? 久々の運動に、お疲れ気味ですかな〜?」
「んな邪魔なとこでヘタるんじゃねーよ、バカ兄貴。さっさとバカセージを連れて、ヒョロいヤツのところに戻るぞ」
ニヤニヤと嫌味を言う妹と、底が尽きることの無い悪態をつくロキに、俺は口元を緩める。
「つったく、お前らは……。本日一番頑張ったオニーサンに対して、好き放題言いやがって。俺が心広〜い心の持ち主じゃなかったら、殴り返してるところだぞ。この優しさ、マジで感謝しろよ?」
「可愛い妹のおでこに、デコピンするような暴力的な人を、世間一般では優しいとは言わないと思うんだ。ねぇ、ロキロキ?」
「そうだな。人の頬をぶっ叩いて。その上、こんだけ人をこき使った挙句、アホみたいな戯言を並べる余裕があるなら、自分の足で歩けや」
そう言って俺の脇から離れていこうとする二人の首を、俺は必死にホールドしては全体重をかける。
「すみません、やめてください。今離されると、マジで歩けないんです。いや〜、今日も超絶可愛い妹よ。手負いの兄のために、頑張っておくれ……!」
「ちょっ、ヒロくん……! 重いし、首絞まってるし! 可愛い妹にその手のひら返しは、お兄様としてのプライドとか、大人の対応としてどうなのですかな!?」
妹は、俺の腕を外そうと藻掻く。が、カウンター技からの逃亡されないように、俺はがっちりと固めてそれを阻止する。
「おい、離せバカ兄貴! お前人間のくせに、何処にそんな力が………!?」
「特にロキさん、ロキさんには大変感謝しております。いや〜、ロキロキ様様ですね、本っ当に! だから離さないで、お願いします!!」
子供二人を相手に、全力でサイド・ヘッドロックする成人男性の醜態。ここが元いた世界なら、一発で通報案件だ。いや、きっとこの世界でも、役人がすっ飛んでくることだろうな。
俺の音速手のひら返しと、逃がすまいとの全力の抵抗に、妹は三度叩いてギブアップを。ロキは呆れた様に、それはそれは深〜いため息をついては、しっかりと支え直してくれる。
「……ったく、調子良すぎるだろ。この兄貴」
「時には己のプライドを捨ててでも、貫き通さなきゃいけないものって……。あるだろ?」
そう言って、俺なりのキメ顔をしてみる。
「意味が分からねぇし、分かりたくもないわ」
氷点下並みの視線と相変わらずの辛辣さに、俺は「手厳しいッスわ〜」と小言を漏らしつつも、内心では全くもって気にしない。人間気にしない方が、時には上手くいくものだ。俺は今まで、そうやって世渡りしてきたのだ。まぁ自論だがな!
「ところで、ヒロくん。あの変な人はどうするの?」
妹が道化師へと視線を向けながら、俺に問いかける。
「まぁ普通に考えれば、お役人さんに突き出すのが正しいよ……なぁ、ロキ?」
「結局、後始末は僕かよ……」
「だって俺ら、この世界の法律とか知らねーし」
ロキは俺を妹に任せる。が、俺よりも遥かに小柄な妹が、一人で俺を支えられる訳もなく。妹がペシャンコになる前に、キミーがすかさず枝を伸ばして俺を枝で抱えてくれた。
「こんな騒ぎになっても、まともに対処も出来なかった警備兵だ。……あまりあてには出来ないが、突き出すだけは突き出しておくか」
そう言ってロキが、鎖に手をかけようと手を伸ばす。……と、先程まで気絶していたはずの道化師が、突然目を覚ました。
俺たちは直ぐに、警戒体制に入る。
道化師は何かを探すように、ギョロギョロと目を動かす。……と、ロキの先……俺たち兄妹を見て、口角を上げた。
「なるほど……アナタ方が、そうなのですね☆」
そう言って道化師は、一人で何かを納得したように目を伏せると、「クククッ」っと笑い始める。
「親愛なる我が主……。ワタシのアナタ様への忠誠ハ、まだ終わってなどいなかっタ……!」
頬を紅潮させて笑い始める道化師に、俺たちは不気味さと共に、底知れぬ恐怖が湧き上がってくる。
「おい、道化師ヤロー! よく分かんねぇーけど、お前はここで終わりだ!」
俺の言葉に、道化師はニヤリと笑っては首を横に振る。
「いいえ、ワタシはまだ終わってなどおりまセン♪ ……残念ながら、本日の舞台は終わってしまいまシタガ……、新たなる舞台の脚本が、思い浮かびマシタ☆」
道化師は勝ち誇ったように笑みを浮かべると、俺を見る。
「ソレに、アナタ……いつからワタシが本物だと錯覚していたの……デ〜スか?」
その言葉を聞いて、俺はハッとする。
――――――突然現れ、何度攻撃をや拘束を受けても、カード一枚を残して消えていった、目の前の道化師……。
これまで見落としていた。決定的な俺のミス。
(もし今……、俺の頭に浮かんだ仮説が正しければ……!)
そして道化師は、自らの舌を出す。
「それではまた、お会いしまショウ……☆」
「……待てっ!!」
俺の制止など他所に、そう言って道化師は、己の舌を噛みちぎる。