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「で、1─4号室? ここの住人ってどんな人?」
「ヤな奴よ。変態だし」
お姉、吐き捨てる。
突き放すような言い方だ。
この人が他人をこんな風に言うのは珍しい。
変態だらけやん、このアパート……。
そう思いながら1─4のドアをノックすると、横からお姉が扉を豪快に蹴り開けた。
中から悲鳴が響く。
「キャア! いきなり何だよッ。プライバシーの侵害だよ。訴えてやるからっ! それに、こないだのアレは何なの。ゴキ大量発生! 雨漏りするし、地震でもないのに家は揺れるし。こんな家もぅイヤだ! 引っ越してやるぅ」
中の人物の性別すら判断できない金切り声だ。
「じゃあ、出ておいき!」
お姉が勇ましく返す。
違うやろ、追い出してどうすんねん。家賃払ってもらうんやろ。
「お姉は黙ってて! あの~、お忙しいところスイマセンね~。先月のお家賃をですねぇ……アッ!」
8畳の狭さの部屋にいたのは、赤い髪の若い男だったのだ。
見覚えのあるその姿。
道で転ばされたアイツ、コインランドリーで会った…そしてスーパーでケンカした例の失礼な若者だ。
「アッ」
向こうもアタシに気付いて指差す。
「メガネ桃太郎のお供?」
「お供違うわ!」
「ああ、メガネ桃太郎の相方だっけ」
「相方でもないわ!」
じゃあ、何だよ?
訝しげに尋ねる赤毛を、アタシは睨み付ける。
「じ、事務方や」
……適当に答えてしまった。
「フーン。事務方なんだ」
何だか納得した様子だ。
「あ、あの、違うねん。ホンマは……」
言いかけた台詞を、空気を読まないお姉が堂々と遮る。
「この男が悪いのよ。この間のゴキブリ騒動の原因よ」
「なんで……?」
「バルサン買って来いって言ったのに、コイツがトロいせいで」
赤毛は気楽な様子でポンと手を叩いた。
「あ、そうそう。大家さん。買ってきたよ、バルサン。これでいいの?」
部屋の隅に置いていたスーパーの袋を持ってくる。
「もう遅いわ!」
言いながらお姉、袋を奪い取る。
中には大量のバルサンが入っていた。
「大家さん? あの、お金……?」
「……ちっ」
お姉が舌打ちした。
「こ、この人、パシらせたうえに金払う気もないの?」
信じられな~い、と若者は呻いている。
……読めてきた。
姉はコイツにバルサン購入を命令してたんや。
だから赤毛はこの間、スーパーでバルサン大量買いしてたんだ。
コイツもコイツやけど、それはお姉が悪いで。
何でも人にさせようという態度がアカン。
「お姉、この人の名前は? まさかここの住人やったとはな」
「あぁ……」
さも鬱陶しそうにお姉、鼻の頭に皺を寄せる。
「名前ねぇ。ゴキ好き男、だったかしら」
ゴキスキオと吐き捨てる姉に、赤毛が声を張り上げる。
「ゴキスキオなワケないじゃん! アンタ、人の名前を何だと思ってるのさ!」
まったく同感や。
そう思いながらも、アタシは2人の間に割って入った。
「まぁまぁ、それは置いといて。スキオさん、今日のところはアレですねん。1か月分の家賃を頂戴しに参ったわけで。ヘッヘッヘッ」
できるだけ腰を低く、手を出した。
「キ、キミも何だかいやらしいよね? ボクはゴキスキオじゃないよ。奥菜(オキナ)」
「オキナか。アタシはリカや。年は?」
尋ねるとジロリと睨まれる。
「30歳になったばかりだけど、それが何か?」
「スゴイ若作りやな、自分。もはや若者|違う《ちゃう》やん!」
「ま、まだ若者だよ。何、この失礼な子? それに何のこと? ボク、家賃滞納してない筈だけど?」
「は?」
お姉を見ると軽く肩を竦めてそっぽを向いた。
「確かに家賃は遅れてないけど。いい機会だからこの男、追い出そうと思って」
「な、何言ってんの!」
姉を問い詰めようとしたところに桃太郎が入ってきた。
モジモジしながらアタシとお姉を見比べる。
「メ、メガネ桃太郎っ!」
オキナが顔を輝かせた。
「メガネ桃太郎……? それは余のことか? そちは何者じゃ。名を名乗れい!」
「うわ、何ソレ? 何のネタ? ねぇ、テレビ出たりしてるの? 劇場派?」
「テレビとは喋る鉄の箱のことであるか?」
「いいッ! 日常生活からネタ作り? ね、一緒に写メとってよ」
「そ、それは何じゃ!」
「携帯だってば。それもネタ?」
「おのれっ、小さな化け物めッ!」
……アカン。ややこしくてしょうがない。
「15.不毛闘争2~あらためて桃太郎追い出し作戦・変なキレ方」につづく