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「なんや、コレ! ええかげんにせぃやッ!」
お姉が突然キレた。
「ガーッ」と叫んでレジカゴを放り出す。
「どんだけ並ばせんねん! もう待たれへんわッ!」
──ああ……この人、関西弁忘れてなかったんや。
アタシはちょっと感激した。
フ○食パンに付いてるシールポイントをどうしても集める。
30点でもれなく貰えるプレゼントのトートバッグがどうしても欲しい──言い出したのは姉だ。
普段来ないちょっと遠いスーパー「大ハナ」。
近所の小さなスーパーは、○ジパンを置いていない。
お姉とアタシは炎天下を延々四十分歩いて、ここまでやって来たのだ。
大ハナは休日になると親子連れでごった返すという、大きなショッピングモールだ。スーパーに専門店、食堂街と何でもそろっている。
ところが、だ。
目的の食パンを見付けてレジに来たら、これがとんでもない行列。
30ほどあるレジ全てに対して通路沿いにズラーッと人が並んで、信じられないことに最後尾は奥の突き当たり。
今日は年に1度の大セールの日だったのだ。
ここまで来たんだからと一応並んだものの、二十分経っても列はほとんど前進しない。
で、お姉はキレてしまったわけだ。
インケンなお姉が直情的にキレるなんて珍しい。
お姉はカゴを放り出した。
周りの人に「カーッ!」と歯茎見せて威嚇しながら、ズンズン足を踏み鳴らして出て行ってしまった。
「ちょっ、お姉……ちょっと待って」
残されたアタシに、なぜか非難の視線が集中する。
すごい不本意や。
カゴを拾ってアタシ、途方に暮れてしまった。
それから2時間後──。
「ブベッ……シュッ!」
お姉、すごいクシャミしてから「パーッ、カッ!」と叫んだ。
「あ、あのなぁ……」
言いかけたアタシをお姉、ジロリと睨む。
「女はオッサンみたいなクシャミをしてはいけないって言うの? 女だけに上品なクシャミを強要するの?」
「いや、そうは言わへんけど、でも……」
「女の行動の一つ一つに、かくあるべきなんて旧時代的な注文をつけるつもり? それも同じ女であるアナタがッ!」
「……もうええわ。好きなようにクシャミしてください」
フンフンッ! 派手に鼻をかんで、お姉はようやくスッキリしたらしい。
タイミングを見計らって、アタシは食パンの袋を渡した。
一苦労して買ってきた、いわば戦利品だ。
それにしてもあのスーパー、何であんなにレジが行列してるねん。
どう考えても、特売日の設定間違えてるやろ。
「いいわ、今度からスーパーにはうらしまに行くよう頼んでみるから」
お姉ときたら、また好き勝手言い出した。
うらしまにとっては強制であり、絶対命令であるはずの言葉なのに、行かせるとか買わせるとか言わないところがこの人の性質(タチ)悪いところや。
人間としてどうかと思う。
それより必死の思いで四十分間レジに並んでパンを二つ買ってきた忠実な妹(アタシ)に対して、労いの言葉はないの?
これじゃアタシ、報われない。
「それより聞いて! こないだ道でぶつかった失礼な男にまた会ってん。コインランドリーにいたあの赤毛や。アタシが列に並んでんの、横入りしようとしてきてんで!」
「アラアラ、アラアラ」
「ムカツクわーッ!」
思い出して、怒り爆発。
「ボク、こんだけしか買わないんだから前に入れてよ~」
そう言って、奴はアタシの前に割り込んできたのだ。
カゴの中はバルサンばかり。
何や、ソレと思いながらもアタシは自分のカゴで奴を押し退けた。
「アタシも食パン2個しか買わへんねん。でもちゃんと待ってる。アンタもちゃんと並び!」
「フ~ン、心の余裕のないヤツ~」
「40分も並ぶと心の余裕もなくなるわ。みんなちゃんと並んでるねん。それに他の人ならともかく、アンタだけは絶対イヤや!」
そう怒鳴ると片目を瞑ってアカンベをしてから、横の列の気のいいオバチャンに話しかけて前に入っていった。
後ろの人たち、舌打ちしてる。
「またもや不愉快な思いしたわー。何なん、アイツは」
姉の部屋にうず高く積みあがるゴミの中からペットボトルを引き当てて、アタシはソレを一気に飲んだ。
んん? よく冷えてるのは何故?
そんなアタシを眺め、お姉が見たことない気持ち悪い笑顔を浮かべる。
「アラアラ、偶然ね。何回も会うなんて、縁があるんじゃない?」
「縁? そんなもん、あってたまるか!」
「アラアラ、そういう相手に限って意外と恋が芽生えたりして」
「芽生えるか、そんなもん……えっ、恋ッ?」
ガラにもなくドキッとした。
そんな……恋って言われても。
最初はケンカばかりだったけど、なぜか気になるあの人。次第に仲良くなって……ってパターン、昔の少女マンガの王道やん。
「いや、でも……」
失礼な奴やけど、まぁミバはちょっと良かったかも……いや、そう考えると格好良く思えてきたわ。
いやいや、まんざらでもないかも。
赤毛もオシャレやで。
でも奴は二重人格でマフィアの息子か何かで、CIAに追われてるねん。
何とか逃げおおすものの、サイエンス系の民間企業に捕まって生物兵器に改造されて、遂には愛し合うアタシと闘う羽目に。
それがアタシたちの運命。
過酷な愛……ア、アカン。アタシの想像力、こんなもんや。
「…………ラブコメの要素ないわ」
「まぁうちはホノボノ・ジェパニーズ・メルヘン・ギャグ路線でいってるから」
「な、何ソレ! 何なん、そのジャンル? アタシら、そういう分け方されてんの? すっごい不本意や!」
「オホホ」
「オホホちゃうって!」
急にアタシは冷めた、と言うか落ち着いた。
考えてみ。
あの赤毛も相当オカシナ系やで? むしろ関わりたくないわ。
「それよりお姉、この話カメさんにしたらアカンで。あの人、色恋沙汰絡むと異様な行動に走るから」
赤毛若者を探してプラカード持って街中練り歩きかねない。
恥ずかしい思いをするのは間違いなくこっちなのだ。
「……それにしても、この前カメさんにきれいに掃除してもらったとこやのに」
腹立ちや疑惑、色んなものを吐き出してスッとしたアタシは、ようやく室内の惨状に気付いたのだった。
辺り一面服や食器が散乱し、見慣れたゴミ屋敷に逆戻りしている。
「あれから三日も経ってへんのに。カメさん、報われへんな……」
「オ、オホホ」
誤魔化すように笑って、お姉はまたもやゲーム機を取り出した。
「やり込み要素、莫大ナリ! 今日は採掘名人を目指すのよ」
意味の分からんセリフを吐いて、パワーをオンにした。
こうなったお姉は異様な集中力を発揮する。
アタシの声もうらしまの変な声も決して耳には入らない。
うらしまの変な声……。
「あっふ~んッ……あふんッ!」
さっきから地味に延々響いてる。
廊下に出てすぐにあるトイレ(通称・トイレット)からだ。
キバってるのか?
キバるんなら、もう少しおとなしくキバってくれ。
苦い思いでアタシは部屋を出た。
なるべくあの人には関わりたくないからな。
こっそりトイレットの前を通り過ぎようとしたそのタイミング──ドアがバンッと勢いよく開いた。
「イテッ!」
鼻を強打して、アタシはその場にうずくまる。
「は、鼻血が……」
そのアタシの前にうらしまが覆い被さるように迫ってきた。
「リカちゃん、リカちゃん……ッ!」
ハァハァ言ってる。
「ギャー! 退いてや!」
うらしまは顔を真っ赤にして、恍惚の表情で叫んだのだった。
「血便が出たんだ! リカちゃん、見てくれ!」
……この男、反吐(ヘド)吐くまでシバき倒したいわ。
「13.不毛というより、恐怖~ゴキブリ天国」につづく