俺が怪我をした試合の日から一週間が経とうとしていた。
左手を使うのにも慣れてきて字を書くのはまだ難しいがスプーンで食べるくらい余裕でできるようになり、木兎さんは少ししょんぼりしている。
しかし、未だに下りの階段が自力では下りられなかった。
誰もいない階段で何度も試して見たがどう頑張っても足が動かない。
いつまでも木兎さんに頼るわけにもいかないしどうにかしないとな…
部活中。
木兎さんと木葉さんが監督に呼ばれて体育館から離れていた。
いつもは2人が俺に先輩を近づけないように見張ってくれているのだが2人が同時にいなくなるとは…
嫌な予感がする…
「赤葦クン」
背後から現れた先輩が1週間前の出来事と重なり俺は声を上げて尻もちを着いた。
部員たちの声やボールが地面に打ち付けられる音により俺の悲鳴はかき消され他の部員は気にも止めない。
「そんなに驚かないでよ~怪我大丈夫?って聞きに来ただけなのに」
「…大丈夫です。」
大丈夫な訳あるか!お前のせいでこうなったんだよ!言いたいことは沢山あったが全て飲み込んだ。
もう関わりたくない。
「そっか、残念。もう二度とバレー出来なくなればよかったのに」
「え?」
「木兎と木葉に守られちゃってお姫様かなんかなの?俺のが上手いんだからお前は引っ込んどけよ」
言葉が出てこない。というか理解できないしなんて返せばいいのかも分からない。
先輩は言い終わると元の場所へ戻って行った。
監督との話が終わり体育館に戻ってきた木兎さんに何も無かったか聞かれて俺は「特に何もなかったです。」と答えた。
家に帰ってから色々と考えていた。
そもそもなんでこんな事になったんだろう。
俺がレギュラーに選ばれて先輩に声をかけられて…
何を言われたっけ…確か…
『エースに色仕掛けで正セッターになろうなんて最低だな。』
って言ってたっけ…
全部先輩の勘違いじゃないか。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…
ちょっと待てよ。あのとき確か
『エースのお気に入りだったなら納得だよな』
『エースが出ないって言い出したら困るから監督も従うだろうし』
とも言っていた。
先輩は俺がエースに気に入られて正セッターになるため木兎さんと付き合ってると思っている。
そして、木兎さんが俺を正セッターにしてくれと監督に頼んでいると…
俺は先輩が階段から突き落としたのもちょっと痛い目見せようと思ったら思ったよりやばかったというような感じかと思っていた。
自主練でサンドバッグにされてた時だって顔とか目立つところには傷を付けなかったし、あくまで目立たぬように俺を攻撃しているだけだと思っていたのだが先輩が本当に俺が二度とバレーできないような怪我をさせようとしていたとしたら?
先輩が自分が正セッターになるために手段を選ばないとしたら…
俺が戻ってくるとわかったら次は何をしてくるか分からない。
先輩は木兎さんが俺を正セッターにしたと思っている。そうしたら次に狙われるのは木兎さんかもしれない。
あの人はいずれ世界を舞台に戦う人だ。もし選手生命に関わるような怪我を負ったら…
考えただけで目の前が真っ暗になる。
俺のせいでそんなことになったら…
俺の存在が憧れのスターの輝きを遮るようなことになってしまったら…
そんなことは許されない。
何に変えてもあの人にバレーだけは失って欲しくない。
俺が木兎さんを守らないと…
次の日から俺は部活に行かなくなった。
顧問にだけ「怪我が直るまでお休みさせて頂きます。」と伝えておいた。
昼休み、木兎さんが迎えに来る前にトイレに行ってメールを打つ。
『委員会でしばらく昼飯一緒に食べれません。すみません。』
送信するとすぐにガッカリした梟のスタンプと『りょーかい』というメッセージが届いた。
嘘をついているという罪悪感はあったが木兎さんを守るためには仕方ない。
普段学年の違う木兎さんと会えるのは昼休みと部活、そして部活帰り。
昼は委員会を理由にして部活は怪我で休んでしまえば木兎さんと会うのは廊下ですれ違うくらい。
このままなるべく関わらないようにしないと…
木兎さんと合わなくなって数日がたったある日。
廊下ですれ違った木兎さんに腕を捕まれ呼び止められる。
「あかーし!」
「木兎さん…俺次体育なので…」
頭を軽く下げて通り過ぎようとしたが腕を掴まれたままだった。
「なぁ、なんで部活来ないの?」
「マネージャーの仕事も人手足りてるみたいでしたので怪我直るまでお休みさせて貰うことにしました。」
「でも、練習できなくても試合の改善点とか色々あんだろ!」
「…部活で自分だけ練習出来ないなんて惨めになるだけじゃないですか。ほっといてください。」
失礼しますと言ってその場を去った。木兎さんの顔は見えなかった。
あんな言い方しなくても良かったのにな。
そんなこと別に理由でもなんでもないのに。
……To be continued
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