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とある国にはこんなしきたりがある___
















___500年に1度だけ、空の神が此処に降り立つ時、藤色の髪を持つ人間を捧げてはならない。
















「はぁ、、、退屈だな、、、」

天から地へ降り立ってから13日目の昼間、ソレは塔の屋根の上に頬杖をついて眼下の街を眺めていた。人間達が知恵を絞り、街を急速に成長させる様には目を見張る物があるが、街並みなど見ても何にもならん。この程度なら天上にもある。同じ水神の寧々にでも見せて貰えるだろう。

「もう見飽きたと言うのに神官と来たら、、、」

国一番の絵師が制作に携わった絵皿だとか、国の中で一番高価な石だとか。俺はそんなものに興味は無いのだ、俺は彼奴を探してやらなければならない、もう一度、あいつを救ってやらなければならないんだ。たかが物に現を抜かしている暇なぞない。

苛立ちを逃がす様にチッと舌を打てば、どこからともなく小鳥達が飛び立って行った。ふと真下に人間の気配を感じた、神官だろう、コソコソ伺いおって、うざったらしい。

「おい、居るんだろう神官」

「いやはや、、、やはり気付かれておりますか、流石は我らが神」

「喧しいわ、貴様等は俺をなんだと思っている」

口を開けば世辞しか出さず、こう噛み付いてもヘラリと笑みを浮かべ平謝りするのみ。気持ちの悪い奴らだ、俺の手に掛かれば一呼吸の間で殺される弱者の癖に、神官の地位があるからと馴れ馴れしく接するな。

「ああ、これは失礼、お気に召さぬ回答でしたか」

ああ出た、出たよ其の態度、一体なんなんだ、『私は貴方様の事を分かっていますよ』とでも言わんばかりの其の態度。腹立たしいったらありゃしない、長くとも100年しか生きられない人間風情が、どうして俺を理解出来ようか。

「さておき、今日の貢ぎ物をお持ち致しました」

「いらぬと言っただろう、返す」

「そうご遠慮為さらず、我々国民からのささやかな感謝の気持ちですから、お受け取りください」

「嘘を吐くな」

背中が凍りつきそうなほど冷たい声が吐き出されれば、さぁっと風が吹き、周りの音を連れて行ってしまった。

「貴様等がしているのは感謝でなく乞食だ、無理やり押し付けて、その対価を毟りとりやがって。愚者共め」

神にも役割がある、捧げ物を捧げられればその地へ実りを与える事、それが水神である我らの役割だ。それを良い事に降り立つ度に捧げ物を押し付ける輩が居る、全く持って腹立たしい。高価な物を貢がれる程大きな利益をその国に与えなくてはならなくなる、1000年前の人間はそれを理解して貢ぎ物は一週間に1度と決まっていた筈だが、いつからこうも欲深くなったのだ?

顔を顰めて眼下の街を見下げて、目当ての人間を探すが、茶髪とか黒髪の民衆が路地を行ったり来たりしているだけだった。

「、、、おい神官、紫の髪の人間は何処にいる」

ダメ元で聞いてみるも、答えは帰ってこない。無視された事に腹を立て、彼は言った。

「もういい、俺が捜す」

片膝を上げて立ち上がる彼に神官はギョッと口を開き、必死で彼を引き留める。

「お待ちくだされ龍神様!そんな男はこの国に居りません!」

「ならば何を焦っている」

聞く耳持たずに彼は空にふっと飛び立つ。黄金色の髪が青空に揺れた。その様子に神官は餌を求める鯉の如くはくはくと口を開閉させる。

「龍神様!」

ゆるりと澄んだ青空に似つかぬ悲鳴が響く。彼は見向きもせず、街の方へ飛んでいってしまった。






































頭上に張り付く青色が明るみを帯びる頃には、もうここに降り立って14日目となっていた、ふと眼下に見えた物に、彼は目を見張る。

「、、、あれは、、、!」

藤色の髪の男、浅葱の差し色。

「間違いない、、、!」

彼奴だ、やっと、やっと見つけたんだ。

いつか降り立った日に、怪奇現象の様に恋した、彼奴を。

顔に喜色が浮かんだ時には、もう既にその男に向かって急降下していた___






















その日、僕はただ街を歩いていた。

「ふんふ〜ん、、、ん〜」

鼻歌を歌いながら、街を眺めていた。キャッキャと走り回る子供達に、道端で談笑をする女性達。いつもの朝の光景だ。当たり障りの無い、平和で穏やかな光景、そんな光景が広がる様は、この国の軍師としていたく愛おしい物だった。

「ん、、、?」

ふと朝の青空を見上げると、物凄い勢いでこちらへ落ちていく物体を発見した。

『おいッ!アレはなんだ!?』

僕以外に気づいた人がソレを指差し叫ぶ。それに釣られた他の民衆が騒ぎ出し、穏やかだった街は混乱に呑まれていく。

『コッチに落ちてくるぞ!』

『何よアレ!?』

なんなんだアレは、大きさから見て鳥では無い。よく見たら黄金色、もしや爆発物か?だとしたらマズイ、此処では被害が大きすぎる。軍師として、皆を護らなければ。

「落ち着いてくださいッ!」

柄にも無く声を張ったら、少し喉が傷んだ。だがそんなのどうでもいい。ただ皆に逃げて欲しくて、無我夢中で叫ぶ。

「今すぐに屋内へ避難してください!それ以上入らなければ遠くへ走って!」

空を見て呆けていた民衆が、その声を皮切りにダッと逃げ出す。その間にも天を裂く黄金はこちらに向かって速度を速めていた。胸の中から音が、どくん と警鐘のように響いた。空を見上げればもうすぐそこまで何かが来ている。周りを見渡せば私を待つように屋内から窓を開けこちらを見る人の顔が伺えた。なんて優しいのだろう、やはり流石はこの国の民だ。

『軍師様ッ!お逃げ下さい!』

『こっち!こっちですッ!早く!』

窓から身を乗り出し、彼らは私を呼んでいた。ああでも。悲しきかな、もう衝突に15秒も無いだろう。

「今すぐ窓を閉めなさいッ!!」

ごめんなさい、こんな怖い声だして。

でもこうしなきゃ、今にも誰か飛び出して来そうだったから、、、

どうか子供が外を見ない事を願う、トラウマにでもなってしまったらいたたまれない。

ゴオッと風が吹き、枯葉が物凄い勢いで弧を描く。頭上には青い空に似つかぬ黄金の___

「、、、は?」

人間のようなナニカが、笑みを浮かべていた。











「がッ、、ぁ、!?」

瞬きの隙に、何かがドッ!と腹にぶつかり、僕は思い切り嘔吐く。

「クッフフ、、、やっとだ、やっと会えたなぁ、、、」

ゆらり、宙に浮いていた。

「類、愛しの類よ!」

頭上に張り付く色すら見えなくなる程目立つ黄金色に、僕は思わず戦慄した。

「貴方は、、、!」

龍神様だった。文献でしか存在を知らない、『藤色の髪の人間』を探していると言う。まずい。逃げなければ。

「嗚呼!やっとだ、もう一度会えたな、類ッ!」

「ゔっ!?」

ゆらりと宙に舞った体が引き寄せられて、気付けばソレに抱き締められていた。突き飛ばそうとしても空に浮いているからか上手く体に力が入らずに、されるがまま。

「会いたかった!会いたかったんだぞ、俺がどんな思いでお前を探し続けたか!!」

「いぃ゛っ!?」

べキッ、と体の何処かから音が鳴った。それと同時に体内に深い傷が着いてしまったようで、ズグリ、ズグリと骨が臓器や筋肉部を抉る。

「が、ぁ゛っ!?ぁあぁ゛ぁッ!?」

思わず痛みに叫ぶ、ガクンガクンと意味も無く体が震えては、目の前のソレの輪郭が分からなくなる程、ジンっと視界が歪む。痛みで泣いたなんて何時ぶりだろうか。

「おっと、すまんなぁ類、力が強かったか。いやはや、人間の扱いは難しい、、、」

ツゥ、と背中をなぞる指先にゾクリと体内に痛みが駆け巡った。もう声すら出なくて。痛みに戦慄く掠れた呼吸でいやだと訴えるのがやっとだった。

「はっ゛、が、ひゅっぅ、、、!?」

「すぐ治してやる、と言いたいところだが、、、」

貼り付けられた笑みが深まれば、星色の瞳の奥に黒く澱んだ何かが見えた。

「あっ、、、!はっひぃ、ぃい゛、、、!」

「そうも可愛らしく反応されたら、治してやれないじゃないか」

長い爪の生えた指が頬に触れる、目を抉られる気がして、必死に目をつぶった。

「類、初めて会った時もこうして出会ったな、、、」

指が離れてゆるりと目を開けたら、思い切り頭が引き寄せられる、頭を潰されるのかと思ったが。彼は唇を重ねて僕を優しく見詰めた。

「んっ、、、!?」

ちゅっちゅ、と唇を吸われる、顔が妙に熱い。

「ん、、、ッぅ?」

熱に感覚が浮かされて、痛くて痛くて仕方なかった体内の深い傷が、劇物が混ざったように麻痺して。腹の奥がじん、と熱く疼く。

「初めてキスをした時も、こんな飯事みたいなキスだったな、、、」

知らない、そんなこと知らないのに。

「は、、、ぁ?」

懐かしくて、何処か安心している自分がいた。

「類」

いつの記憶だろう、この懐かしい感覚は。

「類」

「もう一度、俺と天に戻ろう」

どくんどくんと警鐘のように音が響いた、ぶち壊れた心臓から。言霊と言うのは本当にあったのか。そう錯覚せざるを得ない程、言葉には圧が籠っていた。

「あの頃のように、俺の背に乗って天に行こう」

そうしていつの間にか治っていた体を優しく撫でて、幼子に言い聞かせるように笑った。

「な、行こう」

誘っているような口振りで彼は言う、だが拒否権があるとは思えない。きっとこの神は僕を逃がさない。きっと逃げられない。

「、、、嫌です」

だが僕は受け入れたくない。僕はこの国の軍師だ、軍師として、この国の導かねばならない。そう在りたい。

流されない、僕は決して従わない。

「僕は貴方でなく、この国と共に在りたいのです」

だから今直ぐにここから降ろして、どうかなるべく遠くに飛んでいってくれ。

思い切り睨みつけ、身体を包む長く逞しい腕に爪を起てる。その時ふと、ポツリと声が落ちた。

「、、、して」

「は、、、?」

拒絶された事が悲しかったのだろうか、その男の顔が陰る。顔を覗き込むと、はたりと黄金の髪が揺らめく。

「どうして」

カッ、と見開いた太陽色の瞳にの奥に、底知れぬどす黒いナニカが戸愚呂を巻いていた。ひゅうっと、2人の周りを風が包み込む。

「そんな目で見るんだ」

はくり、喉が詰まる。怖い、こわい。

「類、もう一度問おう」

バキリ、ビギンッ!

目の前の人型が光り、骨が変形する様な、折れる様な音がする。目の眩む様な光の中、龍の様な目が僕を睨んでいた。

バキンッ!

その瞬間、爆音が耳をつんざき。僕は宙にぶら下がっていた。上下が反転して、足元には上空、頭上に街が広がる。見上げればさっきの喧騒が嘘のように、静まり返った街があった。

「、、、へ?」

こちらに向かって手を伸ばしてくれていた子供も、逃げろと叫んでくれたお嬢さんも、そこには居なかった、そもそも、

彼らが逃げ込んだ建物すら、もう見つからないくらいに、瓦礫が地を埋めつくしていた。

まずい気がする、彼らはどうなった?龍に喰われたか?いや、でもそんな素振り見せていない、それじゃあさっきの風で、、、?

あの風で人は生きられるのだろうか。

建物ですら吹き飛ぶなら、彼らはもしかして。もう。

「ひッ、、、ぃ」

一瞬、逃げ惑う彼らが風に吹き飛ばされて、建物に打ち付けられて、瓦礫の下に溺れる情景が脳裡に浮かんだ。有り得ないことではきっと無い。あの選択が間違えで、もし建物の瓦礫に押し潰され、誰かが怪我をしたら、誰かが死んだら、誰かが大切な人を喪ったら。

「あぁっ、、、」

きっと、全てが僕のせいだ。

「俺と共に天に行こう、そこで俺と居よう。ずっと一緒に。」

龍が僕に語りかけていた。こっちへ来いと。

もうなんでも良かった、僕を頼ってくれた民達が消えた今、龍に喰われようと、どうでも良かった。逆らえば、また街が壊れてしまう気がした。御国の為に、この身を捧げたら、もう壊さずに済むのでは無いか、、、

「ずっと、探していたんだ。周りの人間がお前を隠そうと、神官に嘘を吐かれようと。お前とまた共にある為に。」

何故、僕を隠しなどしたんだろうか。


ふと、国のしきたりを思い出す。

___500年に1度だけ、空の神が此処に降り立つ時、藤色の髪を持つ人間を捧げてはならない。

周りの人、神官の方々、街の人達。

もし、もしもの話だ。いつかの藤色の髪を持つ人が、この龍に食い殺されていて。この国の民全員が、僕が龍に殺されぬよう護ってくれていたんだとしたら。

もしそうなら、僕も代々続いたしきたりを守りたい。

「、、、フンっ!」

「な、、、!?」

身体に巻き付く龍の尾を思い切り蹴って、僕の身体は真っ逆さまに落下して行った。

龍に喰われて、しきたりを破って死ぬなんて御免だ。

「はぁ、、、」

いつの間にか人型に戻っていた神が、こちらに溜め息を吐いていた。

ゴオゴオと、風を切る音が聞こえる。

下を見れば、すぐ近くにアスファルトの地面。あと3m、1m。

あと50cm。

間も無く衝突、落下死。

これで、僕はしきたりを護れた。

アスファルトにぶち当たる直前。

ブチンッ

視界が暗転した。

身体に衝撃は無かった。

薄れる意識の中、声が聞こえた。

「もう知らんぞ」


唇にふと、柔い感触が。


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