いざ別れを選んだはずなのに。
結局は樹を好きな気持ちが溢れて来て、考えがまとまらない。
別れなきゃいけないってわかってるのに。
別れたくないって結局思ってる自分もいる
ずっと答えの出ない考えを巡らしながら、会社までの道を歩いていたら、いつの間にか会社に到着していた。
部署に戻る途中、ロビーの少し離れた先に、見覚えある人を見つける。
あの人、確か樹の秘書の神崎さんだっけ。
樹、一緒じゃないんだ。
別れを決めた瞬間から、またどれだけ樹を避けてしまう時間が増えるのだろう。
樹に会わなければ別れを切り出す時間が少しでも延ばせるような気がして、正直まだ自分の気持ちが整理出来てないだけに、その瞬間が来なくて少しホッとする。
いつかは樹に切り出さなければいけないのもわかってる。
少しでも早くそうするべきだとわかってる。
だけど、何かと理由をつけて逃げようとする自分はズルい。
「お疲れ様です。残業ですか?」
すると、近くまで近づいた神崎さんから声をかけてきてくれた。
「あっ・・ハイ。今ちょっとプロジェクトも追い込みで」
「樹が抜けてプロジェクト大変じゃないですか?」
「そうですね。でもなんとか頑張ってます。彼がここまで大きくしてくれた大切なプロジェクトですから」
会社がこれからどうなるかはわからないけど、でもこのプロジェクトはなんとしてでも成功させなきゃいけない。
「さすが。頼もしいですね。樹から聞いてた通りだ」
穏やかに紳士に対応する品ある話し方。
さすが大人で秘書なだけある。
樹は、私とのことも神崎さんにはちゃんと話してるんだろうな。
「いえ・・あっ、樹は一緒じゃないんですか?」
「あっ、今樹は重役達と会議中で。私はちょっと別の用事で」
「そうなんですね。重役と会議だなんて、大変そうですね」
「えぇ。まぁ。今、社長の代わりに樹がすべての責任引き受けてますからね。大変だけど樹にはこの会社の為に頑張ってもらわないと」
「ですよね・・・。樹が全部この会社を背負ってるんですもんね・・・」
「え、えぇ・・」
その言葉を改めて聞いて樹の立場がどれだけのモノなのか再確認する。
そう、だよね・・・。
樹はそういう世界にいる人なんだよね。
「では、また」
神崎さんが頭を軽く下げて私の横を通り過ぎていく。
でも、私はなぜかその場から足を動かせなくて。
樹と別れなければいけない選択と会社を背負っている樹の立場と、どちらも目の前に突き付けられて、揺れていた決心はどんどん周りから固められていってしまう。
「あの・・・!!」
そして私は、すれ違い歩き出していた神崎さんに振り返って声をかけていた。
「はい?」
大声で呼び止めた私の声にビックリして神崎さんが振り返る。
「あの・・・樹のことでお話があります。今、お時間ありますか?」
そして、私はなぜか神崎さんにそう伝えていて。
神崎さんに何を聞こうとしてるんだろう、私。
そもそもちゃんと話してくれるかもわからないし。
でも決心に繋がる何かを今は見つけたくて、気づけば呼び止めている自分がいた。
これが自分にとってどんな決心になるのかはわからないけれど・・・。
「じゃあ、ここでお話しているのは少しマズいですかね。では私についてきてください」
そう言われ神崎さんの後ろに言われるままついていく。
「すいません。お忙しいのに」
「いえ。私は今は特に時間が決まっているワケではありませんので。望月さんの方こそお仕事は大丈夫ですか?」
「あっ、はい。まだ大丈夫です。今はそれ以上の問題が出てきて・・正直ちょっと仕事どころじゃないっていうか・・・」
仕事の途中で抜けてきたとは麻弥ちゃんには伝えたけれど、正直今はそこまで時間に余裕がないワケじゃない。
自主的にただ残っていただけで、ホントは麻弥ちゃんとの話を早く切り上げたいが為に作った理由だ。
だけど、今は仕事しても家に帰ってもどちらにしても頭の整理はきっとつかない。
仕事に戻れば、また逃げる時間を増やすだけ。
結局答えを後に延ばしてしまうだけだ。
「仕事を大切にされているあなたがそれ以上の問題が気になってしまうなんて。それはもしかして、樹のことですか?」
さすが秘書なだけある。
こういう観察力も持ち合わせてるんだ。
「はい・・・。さすがですね」
「その問題を私に尋ねたいと、そういうことですか?」
「もし教えて頂けるのであれば・・」
「まぁその中身によりますが」
「ですよね・・・」
やっぱこういうとこは冷静で大人だ。
そんな簡単にそんな大事なこと教えてくれるはずないか・・。
「着きました。どうぞ。お入りください」
そう言われた場所を見ると、そこは社長室の前だった。
「ここ・・・!あの・・出来れば樹がいない所でお話したいんですが・・」
「大丈夫です。今日は樹はここには戻って来ません。会議の後、そのまま重役と会食に行く予定になってますので」
「あっ、そう・・なんですね」
「なのでご安心を。さっ、どうぞ」
「では・・失礼します」
樹もいない社長室に入るなんて、なんか変な感じするけど。
「どうぞお座りください」
「あっ、はい」
社長室にあるソファに促されそこに座る。
「樹いない時に社長室に私なんが入ってて大丈夫ですか?」
秘書の神崎さんと自分だけのこの空間に違和感を感じて、つい確認してしまう。
「大丈夫ですよ。そもそも樹からここにあなたを連れてくるようにと言われてましたから」
「えっ?」
「もし自分がいない時にあなたが私を訪ねて来る時があれば、その時はここに連れて来てすべて知っていることを話してほしいと。樹からそう頼まれていたので」
まさかの言葉だった。
樹は何か予感していたのだろうか。
私がこんな風にすることを。
それとも樹の中で何かをもう覚悟しているからなのだろうか。
「じゃあ・・私も聞きやすいです。聞きにくいことを今からダメ元で尋ねようかと思っていたので」
「私の知っていることでしたらすべてお答えしますよ」
樹はホントに神崎さんにすべて委ねて信頼してるんだな・・・。
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