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別れてほしいと伝えたとき、叶は少しの間黙って、それからあっさりと「いいよ」と言った。
なんの迷いも、怒りも、悲しみもないその反応に、私は思わず口を開く。
「……なんで怒らないの?」
私たちは付き合っていた。たしかに、付き合っていたはずなのに。叶は私を好きだから一緒にいたわけじゃなかったの?
「はじめから期待してなかったから」
あまりにも淡々とした声だった。
心臓がぎゅっと締めつけられる。期待してなかった? 何を? 私との関係? それとも、私自身を?
それ以上何か言う気にはなれなかった。もしかすると、叶のその言葉で、私は完全に彼を諦められたのかもしれない。
だから、私は「そっか」とだけ返して、叶との関係を終わらせた。
数週間後、叶が新しい彼女と付き合い始めたという噂を耳にした。
最初はどうでもいいと思った。もう別れた相手なのだから、誰と付き合おうが私には関係ない。でも──
「ねえ、見て。叶じゃない?」
友達に言われて顔を上げた先、叶が新しい彼女と話していた。
──楽しそうに。
私と付き合っていたときには見せなかった表情で。
彼女が何か言うと、叶は笑って肩をすくめる。その仕草すら、私の前では見たことがなかった。
比べるつもりなんてなかったのに。比べたくなんてなかったのに。
気づけば足が止まり、彼らを見つめたまま動けなくなっていた。
──私といるときより、ずっと幸せそうだった。
喉の奥が痛む。胸の奥がひどく重い。
私の存在は、叶にとって一体なんだったんだろう。
「……行こ」
友達の声で、ようやく我に返る。
もう終わったことだ。忘れよう。忘れなきゃ。
そう自分に言い聞かせながら、私は叶の姿に背を向けた。