竜之介くんの縁談については問題がなくなり、これまで通り私たちの交際は続けられる事になってから数週間が過ぎた、ある日の事――。
「花宮 良太です、よろしくお願いします!」
私の働くお弁当屋に、アルバイトの男の子が入って来た。
実は近々宅配も始めるとの事で、花宮くんは主にその要員として雇われたらしい。
「亜子ちゃん、配達が無い時は良太くんもレジに入る事になるから、指導、お願いね」
「はい、分かりました」
昼間のレジは基本私が任されているので、教育係として抜擢された私は少し緊張しながらも、先輩としてしっかりしようと喝を入れた。
「初めまして、八吹 亜子です。よろしくね」
「はい! あの、亜子さんって呼んでも、いいんですか?」
「え? あ、うん……呼び方は何でも」
「分かりました! それじゃあ亜子さん、よろしくお願いします! あ、俺の事は良太って呼んでください!」
「分かった、それじゃあ良太くん、早速だけどレジの使い方から教えるね」
「はい!」
お弁当屋では店長が従業員を皆名前で呼んでいる事や人数が少なくフレンドリーなところがあるから名前呼びでも違和感が無く、そんなに何とも思わなかった。
それに、良太くんは二十二歳と竜之介くんよりも年下とあって最早弟に近い、そんな認識だった。
良太くんはとにかく覚えもよく、明るくハキハキしていてフレンドリーな性格で、あっという間に常連さんとも距離が縮まっていて、とても初日とは思えないくらい既に馴染んでいた。
「亜子さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様」
「今日は色々ありがとうございました!」
「ううん、良太くん覚えがいいから逆に助かったよ。ありがとう」
帰るタイミングが重なり一緒に店の裏口から私と良太くんが出たその時、
「亜子さん、お疲れ」
いつものように迎えに来てくれていた竜之介くんが声を掛けて来てくれた。
「竜之介くん、お疲れ様」
「……亜子さん、そちらは?」
「あ、今日からバイトで入った花宮 良太くんだよ」
「へぇ、バイトの子か……それよりも、凜が待ってるだろうから早く行こう」
「うん、そうだね。それじゃあ良太くん、また明日ね」
「はい! 亜子さん、また明日!」
何だかいつになく焦ってるというか、早く凜を迎えに行きたがる竜之介くんに手を引かれ、良太くんへの挨拶もそこそこに私はその場を後にした。
「……り、竜之介くん? どうかした?」
何故か無言な彼を不思議に思った私が声を掛けると、
「…………アイツ、今日から入った新人なのに、何か馴れ馴れしくない?」
「え? そ、そうかな? まあ、まだ若い子だから仕方ないのかなって思ってたけど」
「馴れ馴れしいって。初日から名前で呼び合うとかさ……」
どうやら良太くんと名前で呼び合っている事が気に入らなかったらしく、不貞腐れた様子で思いを口にして来た。
(もしかして……ヤキモチ妬いてる?)
それに気付いてしまった私は、不謹慎かもしれないけど嬉しくなる。
いつも頼り甲斐があって大人びてる竜之介くんが、ヤキモチを妬いている事が何だか可愛く思えてしまったのだ。
「……亜子さん、ちょっとこっち来て」
「え?」
不機嫌なままの竜之介くんは急に人気の無い路地裏へと私の手を引いて向かって行く。
「ちょっ、竜之介くん? どうしたの――」
そして、建物の影になって通りから見えない細い道へ入るや否や、
「――っんん!」
いきなり抱き締められたと思ったら、強引に唇を重ねて来た。
恐らく滅多な事じゃ人は通らない道だろうけど、こんな外でキスをするなんて恥ずかしいのに、何故だかドキドキしてしまう。
「……りゅ、のすけ、くん……ッん、」
「いいから、黙って――」
「――ッ」
だけど、そんな中でもやっぱりこんな所でキスなんてと思って竜之介くんから離れようとするけど、彼は離すどころか私の後頭部を押さえつけて、何度も何度も唇を重ねてくる。
そして、竜之介くんが舌を割入れようとしてきた時、少し離れた所から人の話し声が聞こえてきた事で竜之介くんは我に返ったかのように私から唇を離すと、バツの悪そうな表情を浮かべながら「……ごめん」と一言謝り身体も離した。
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