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歩み
おじさんが外出期間を経て病院に戻ってから5日後、急におじさんの容態が悪化した。その知らせを菊さんから聞いて、僕は急いで佐藤さんに連絡を入れ2人であの病院へと向かった。
病室へと行くと既に和哉と菊さんが来ていて、僕らの顔を見るなりホッと安心たような表情を浮かべた。
「良かった、思ってたより早く来てくれて……」
「大丈夫なの?」
クラスメイトの彼女は尋ねると、菊さんと和哉は顔を合わせ、暗い表情を浮かべながら和哉が話し始めた。
「今は容態が落ち着いて眠ってるけど、これからまた今日みたいに急に容態が悪化してもおかしくないらしい。相当、危ない状態だって……」
ベッドに眠るおじさんの顔は妙に落ち着いた表情をしていて、ますますその事実を受け入れることが自分にはまだ困難なことだと感じた。
「もう会話が出来る状態でも無いって……。だから先生からは今のうちに心の準備をしておきなさいっても言われた。何故なんだろうな、俺なんか妙に落ち着いててさ。おかしいのかな、俺って。もう、じいちゃんと一緒にいられる時間は余り残されてはいないってのは十分、自分でも分かってるつもりなのに……」
和哉は俯きながら、そう告げた。
不安と困惑。その2つの感情がグチャグチャに混じり合って、僕の心に纏わり付いてくるような気味の悪さを感じる。和哉もきっと僕と同じような気持ちに襲われているのだろう。
おじさんの命がもう余り長くないことは知っていたし、覚悟も出来ていたはずだ。なのに、それらはまるで未完成の代物のように簡単に崩れ去ってしまう。
それから僕らは病室を後にした。誰も喋ろうなんてしない。ただ黙って病院まで歩いた。
駐車場に出て、空を見上げるとこの前の僕らを励ましてくれたような夕焼けの空の姿はそこには無くて、どんよりと曇ったズッシリと重たそうな夜空が広がっていた。
それから一週間後、学校から帰ってきて夕食を食べていると、和哉からおじさんが今日の昼に亡くなったと連絡があった。
どうやら僕と佐藤さんには学校の授業があるのですぐに連絡するのは遠慮したそうだった。それから僕は佐藤さんに連絡をした。彼女はおじさんのことを聞いても、案外すんなりと受け入れた様子で、ただ頷いている彼女の声が僕の耳に入ってきた。
僕らは話し合って、お通夜には出ずに葬儀だけに翌日の葬儀だけに出席することにした。その葬儀にはおじさんの古くからの友人や同僚だった人達などが参列した。
「じいちゃんは幸せだったのかな?」
風も少し寒くなって、ようやく秋らしくなってきて紅葉が色付いてきた嘉村堂の庭を縁側に腰を下ろし、眺めながら和哉は突然そんなことを言い出した。
「そりゃあ……」
「そりゃあ、幸せだったでしょ」
僕が答えようとすると、お茶を座敷へと運んできた菊さんに先に答えられてしまった。
僕らは運ばれてきたお茶を飲んだ。
「だってさ、俺。結局、じいちゃんに何もしてやれなかった」
「そんなことないよ」
また菊さんが答える。菊さんは何処か嬉しそうに微笑みながら、菊さんもお茶を一口飲んだ。
「多分、嬉しかったんだと思うよ。和哉君が短い間だったけどまた一緒に楽しく食事出来たりして勿論、凄く和哉君のことを心配もしてただろうけど……。」
少し肌寒い風が僕らの間をすーっと抜けていく。
「もしかしたら、分かってたのかも知れないわよ。隆さんは。和哉君の本当の気持ちを」
その通りかも知れない、と僕も思った。おじさんのことだ。どうせ、恥ずかしくて素直になれなかっただけで菊さんの云うように気付いていたのかも知れない。和哉が誰よりもおじさんのことを考えていたってことも。
「そうかもね」
僕は空を見上げながら、身体を伸ばした。
「そうだと良いな」
本当におじさんが幸せだったのかなんて、僕には見当がつかない。だけど、僕はおじさんと一緒にいれて幸せだった。小さい頃から沢山遊んで貰って、皆でお泊まりなんかして、和哉とイタズラをしては菊さんとおじさんに怒られたりして。楽しい思い出も苦い思い出も沢山あるけど、その全てが大切な思い出。
そして、いつかはその思い出も少しずつ薄れていき、おじさんと話したことなんて全部忘れてしまうかも知れない。だけど僕は、僕らは忘れない。おじさんと生きてきた証が僕と菊さん、和哉と佐藤さんの中にしっかりと刻まれている。
しっかりと前を向いて生きていこう。途中で立ち止まったって良いんだ。来た道を振り返れば、そこではきっとおじさんが見守ってくれているはずだから。
ぎこちない、頼り無い歩き方でも良いから。また誰かと肩を組んで助け合いながら、ゆっくりと前へと突き進んでいこう。僕らという存在は決して一人だけで形作られてきたものじゃない。
「そうだと良いな」
和哉が少しだけ寂しそうに微笑んで、大きな青い空を見上げる。
僕らはこれからも歩み。
そして生きていく。