ラキアスの部屋から出るとエイダンが扉の外で気まずそうに待っていた。
「ミランダ王女」
私に呼びかけるも言葉が続かない彼は、自分の不甲斐なさに打ちひしがれているのだろう。
「結果的にミラリネの力を帝国の人間に見せつけることができました。帝国の騎士の誰も私を狙ったミラリネの男に反応できませんでしたよ。エイダンはお仲間だから、私より彼を優先してしまったのですか?」
私はわざと彼に意地悪を言った。
エイダンは自分が声をかけたミラリネの仲間に私の命を狙う人間がいるとは思っていなかったのだろう。
「全部俺の責任です。ミラリネの人間はミラ王家の人間を恨んでいるのは事実ですが、その矛先が王女様にも向くとまで考えていませんでした。これからは命をかけて俺は王女様を守ることを誓います」
明日の騎士の選抜試験のために、今日は早めに試験を受ける人間が王宮入りしていた。
私はミラリネの武力に期待するばかりで、彼らの心情まで考えていなかった。
「私の護衛騎士を辞めたいと言うかと思っていました」
ミラリネは少数民族だ。
私の命を狙ってきた男もエイダンの顔見知りだったのだろう。
顔見知りの殺意に気後れしてしまうのは仕方がない。
しかし、ミラリネの身体能力と反射神経はどうやらその一瞬の気後れが命取りになるらしい。
「護衛騎士を辞めて欲しいのですか?」
エイダンはいつも大人っぽく見えるのに、自信なさげに見える今日の彼は年相応だ。
「いいえ。今日、私はミラリネからも命を狙われていると知りました。私を守れるのはミラリネの人間離れした力と私への忠誠心を持ったあなただけです」
「ラキアス皇子殿下は本当にミランダ王女のことを愛しておられるのですね。王女様の安全を考えたら、帝国で殿下に守ってもらった方が良いのではないですか? ミラ国で女王になろうとしているとお聞きしましたが、それではずっとミラリネの恨みのターゲットになってしまいます」
恨みのターゲットだろうと何だろうと私はこの豆粒国家を守ると決めたのだ。
怪我をしたのに私を全く咎めないラキアスの懐の深さと優しさに惹かれたのは事実だ。
でも、いつ変わるかわからない彼の愛に縋って生きる勇気もないし、私は今度こそ自分の守るべきものを守ると決めた。
「私に口づけまで要求したエイダン卿は、帝国で私がラキアスのものになっても宜しいのですか?」
私の返しが予想外だったのか、エイダン卿は目を丸くして固まってしまった。
私はエイダンがいつになく弱腰なのでからかってみようと思っただけだ。
私の冗談に笑ってくれて、少しでも彼が元気を出してくれれば嬉しい。
「それとも口づけを要求したのは私への恨みからですか? 幼い私のファーストキスを奪ってやろうとでも思ったのですか?」
やはり、私は自分の中身が既婚のアラサー女性だと自覚した。
私は夫しか男性経験がなく、男の子と話すのが得意ではなかった。
それなのに、今は15歳の男の子が私の言葉に動揺しているのが楽しくて仕方がない。
「それはミランダ王女が良くわからないことばかりするので、俺も良くわからない発言をしてしまっただけです。しかも、唇を微妙に避けてキスしましたよね」
良くわからないこととは何のことだろうか。
彼が痛ぶられているのを助けようとしたことがそれに当たるのだとしたら悲しい。
彼は自分は誰にも助けてもらえない存在だと思っていると言うことになるからだ。
「それは、申し訳なかったです。今度は唇にキスしてもらえるように、しっかり私を守ってくださいね。明日から、ラキアスがしばらく滞在します。ミラ国にいる間に彼にまた危険が及ばないようにしてください。帝国の宝をお預かりしています」
ラキアスは帝国の宝だ。
彼が怪我をしてしまった時に、彼自身への心配よりも彼に怪我をさせてしまってミラ国は終わったと絶望してしまった。
身を挺して私を守ってくれた彼に対して非常に失礼な感情だったと反省している。
「ミランダ王女もラキアス皇子殿下のことを演技ではなく好きになりましたか? 命を助けてもらっていましたし」
命を助けてもらったら好きになるというのは物語の世界だけの話だ。
実際、人を好きになるのはそのような簡単なことではない。
「命を助けられると好きになるのですか?それでは、騎士と姫のカップルばかりになりそうですね。そのように人を好きになれる人が羨ましいです。私は好意を持った次の瞬間には愛の終わりを考えています」
終わりのない愛があるとしたら、それは自分の子供への愛だけだ。
私はこの世界に来て、ミライのことを考えない瞬間がない。
私はこのまま自分の唯一続く永遠の愛を失ってしまうのだろうか。
毎秒のようにミライに会いたくて仕方がない。
「7歳なのに悟り過ぎです。王女様は自分の気持ちだけに正直には生きられないお立場だから仕方がないのかもしれませんね。明日からは、心を入れ替えミランダ王女もラキアス皇子殿下をお守りします」
やっと力が抜けたようにエイダンは笑ってくれた。
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