「あ、あのっ……朝から調子が悪くて…お、お腹がとても痛いのです…」
「えっ、なに? 朝からず――っと寝ていたわけ?」
「ご、ごめんなさい…た、立っていられなくて……」
「連絡くらいできたよね?」
枕元に置いた晴海のスマートフォンを幹雄が見せびらかした。
「あ……」
「無能のくせに怠慢かぁ。とんだクズ嫁もらっちゃったなぁ。最・悪」
酷い暴言はそのまま美晴の身体に突き刺さる。震える手で鬼の形相をしている夫からスマートフォンを受け取った。恐怖で美晴の手は小刻みに震えている。
幹雄を見ていると急に動機が激しくなった。痛みと恐怖で胸が圧迫され、息をするのも難しい。普段と違うこんな状態なので少しくらいは心配してくれると心のどこかで期待をしていたが自分が馬鹿だった。
美晴は必死に息を整えながら答えた。「連絡しようと思ったのですが、動くと痛くて…」
「言い訳はいいよ」嘲笑を含んだ声が美晴に突き刺さる。
「ご、ごめんなさい…でも、すごくお腹が痛くてっ……び、病院へ、連れて行ってくださいっ……お願い…します」
「は? 僕が今から? 美晴を? 病院まで??」
「疲れているところ申しわけないのですが……」
「妊娠したから腹が痛いんだろ。大げさなんだよほんとに!! うっとうしいなあ、優しくしてりゃつけあがりやがって!!!!」
ベッドサイドをドン、と固めた拳で幹雄が殴りつけた。びくりと美晴の身体がすくむ。
「使えないクズ嫁に僕の貴重な時間を使うと思う? 病院行くなら勝手に歩いて行けよ。お前みたいな無駄飯食いの治療費なんか一切出さないからな!」
吐き捨てるように言うと夫が乱暴に部屋を出て行った。しかしすぐ隣の部屋で彼が騒ぎだした。
幹雄は今までに見たこともない程の形相でこちらの部屋にやって来て、ベッドに横たわっている美晴を見下ろした。
「お前っっ、今日の夜から出張に行くって今朝伝えただろうっ! なぜなにもできていない!? この無能がっ!!」
「すみません……」
「謝罪なんかいらないよっ。お前みたいなできそこないの嫁、見ているだけで腹が立つよ!! ああもうイライラするぅっ!!!! このゴミクズがっ。僕の前から消えろ!!」
病気でもなんでもないのにサボって寝てばかりいやがって、と酷い罵声を浴びせ、扉を壊れるほど激しく閉めて出て行った。
これが今まで愛し尽くしてきた夫の真の姿なのか――美晴は絶望に震えて泣いた。腹痛がひどく、いよいよ動けない。手の中で握り締めていたスマートフォンで119番することにした。
(あれ……通話中になってる……?)
画面を見ると、通話中のマークが出ていてどこかに繋がっていた。いつからかけていたのだろうかわからないが、どうやら誤ってどこかに電話をかけっぱなしになっていたようだ。相手からの応答はないので電話を切ってすぐに119番した。
ひどい腹痛を起こしていることを電話対応の職員に伝え、彼らの到着を待った。玄関まで自分の身体を引きずるようにして歩く。もうすでに幹雄は荷物をまとめて出張に行ってしまったようだ。彼の気配はなかった。
こんな時でさえ心配してもらえない私は、いったい幹雄さんにとってなんだろう――と意識が朦朧とする中、たった少しの距離が途方もなく遠い砂漠を歩く旅人のごとく、玄関まで進んだ。
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