4月。そうそれは春。そして恋の季節だ。
俺はそう思いながら学校に登校する。ああ、君のおかげで俺は毎日学校に行くのが楽しみなのです。
学校の校門の前の横断歩道で青信号になるのを待った。
「……お前、何言ってんだお前」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ‼」
俺は慌てて後ろへ振り返った。そこには松村が居た。
「なんだ、松村かよ……」
「……山路、お前好きな奴いんのかよ」
松村の質問に俺は固まってしまった。
「な、ななななんでそれを」
「口に出てたぞ」
俺は自分の体温がどんどん上がっていることに気が付かなかった。
「顔が赤いぞ山路」
「う、うるさいな」
「まあ、お前が誰が好きかなんてどうでもいいけどな」
松村は横断歩道を渡る。俺はそれに着いていく。
「まあ、俺はラブレター貰う事なんてザラにあるけどな」
「チッ。自慢かよ」
校門を抜け、昇降口に入っていくと、靴箱のロッカーを開けた。
パラパラ。
「ん?」
松村は下に落ちた手紙のようなものを拾った。
「ああ。またか、1年の子からは初めてもらったな」
平静な表情で手紙を開けた。
「うーん。でも手紙ってよく貰うから、どこに保存すればいいのか分かんないんだよな」
俺には縁のなかった悩みだ。俺は松村から目を逸らした。
「うう……胃が痛い」
俺は青い顔をして靴を履き替えた。
「おはよう!龍雅」
「おはよ」
大きい声であいさつしたのは尚だ。龍雅は冷静に返す。
「ラブレターか……いいなあ。俺なんか1通しか来たことないよ」
いや、俺は1通も来た事ねえよ‼俺は上靴に履き替えると、階段に上って行こうとマットから降りた。
「くっだらね」
俺は小さく呟いた。
なんで俺はモテないんだ?そこまで顔は良いわけではないけど、悪くも無いし、性格だって悪くないだろうし。一体何が原因なんだ?
そう考えながら俺は階段を上がっていく。すると、隣で何か話している声が聞こえた。
「そういえばさあ。あの先輩ってファンクラブあるらしいよー」
「え、マジで?私入ろうかな」
「でもやめといたほうが良いんじゃない?」
「なんで?」
「だって掟厳しいもん」
「えー。じゃあやっぱやめとく」
「それがいーよ」
「……」
俺は階段の上で立ち止まった。
そうか、ファンクラブだ。俺にだってファンクラブがあるのかもしれない。そうだ希望があるんだ。
「いやー、まさかそんなわけないよな~アハハ」
俺はぼそぼそと独り言を言った。
「何言ってんだこいつ」
歩美は赤いソファの上で本を読んでいた。
すると次の瞬間、突然暗闇が視界を覆った。
「いてっ」
本を顔の上に落としてしまった。
「ん~もう。なんか面白いことないかな」
「そんな都合よく起きないでしょ?」
「そういうもんかな?」
歩美は本を閉じて、棚に入れた。
コンコン。
「あ!もしかして依頼かな?」
「いえ、新聞でしょ?」
紗季はドアを開ける。
「ありがとう」
彼女は新聞を受け取り、軽く会釈した。扉を閉めると、ソファに腰掛けた。
「あら。入学早々、傷害事件。しかも一年生って……最近の一年生は気が荒いわね」
「うわあ、ぼっこぼこに殴られてって。しかも本人に取材するって…新聞部って残酷だなー」
「確かに……思い出したくないこともあるでしょうに」
紗季は、新聞の記事をまじまじと見つめた。
「犯人の特徴について載ってるわ。でもこれ、意味ない情報ばっかりじゃない」
「確かに。声も、男か女か分からない中性的な声で、身長もそこまで小さいってわけじゃないし、顔は薄暗かった上に、怖くて覚えてないって」
紗季は歩美に言った。
「それより、今日は予約が一つ入ってるわ」
「え?依頼の?」
「ええ」
紗季はコーヒーカップを2つ取り出すと、コーヒーを入れた。そのコーヒを歩美に渡すと、向こう側のソファに座った。
「さて。そろそろ依頼人が来るから、準備して」
「はいはい」
コンコン。
「ああ。もう来たの?」
「私が出るよ」
歩美がドアを開けると、山路が居た。
「どうも。久しぶりだな。卒業以来か?」
「どうしたの?珍しいね」
山路は頭を掻きながら言う。
「それより、真剣な相談があるんだ」
山路は赤いソファに座った。
「実は俺、ずっと昔から好きな人がいて、その人にどうすればアプローチできるかを教えてほしいんだよ」
「え⁉好きな人が居たの?誰?」
「い、言うわけないだろ」
机に乗り出した歩美に山路は少したじろぐ。
「とにかく、どうしたらいいと思う?」
「あんた小説家なんだし、手紙書いたら?」
紗季の言葉に山路は首を横に振る。
「いや、俺は純文学が得意ってだけだし」
「じゃあ雪ちゃんに協力してもらってラブレター書いたら?」
歩美は山路に提案したが、眉間の皺を寄せた。
「誰があんな奴に相談するか‼」
「なんでよー?仲悪いの?」
歩美の質問に山路は視線を逸らして答えた。
「俺とあいつはライバルなんだ。それに好きな人もバレたくないしな」
「えーもうめんどくさいな」
歩美は姿勢を崩した。
「俺、ほんとにモテないんだよ」
「でもモテないとはいえ、1通くらいはラブレター貰ったことあるんでしょ?」
「……一度もない」
「ええええええ⁉」
山路が小さく呟いた時、二人が驚いて叫ぶ。
「う、うそでしょ?」
紗季は驚いて口を押える。
「なるほど。じゃあモテるやつに話聞いてくれば?」
「松村君とか、海くんとか、マスターとか」
歩美が人差し指を立てて、名前を並べていく。
「そうね。ついでにこの障害事件についての話を聞きに行こうかな」
紗季はたたんだ新聞を片手に持ちながら言った。
「そうだね。じゃ、さっそく行こう」
「はあ?なんでモテるか……?」
「うん。今依頼でやってて、お願いだから教えてよ」
「お、教えてって言われても……」
松村は身を乗り出した歩美に対して後ろに退いた。
「俺、別にモテるわけじゃ……」
「じゃあ聞くけど、好きな人とかいるの?」
紗季が聞き返すと、松村は顎に手を添えた。
「いや別にいないけど……」
「そう……」
紗季はほっとしたようにため息を吐いた。
「そんな事よりも、この傷害事件について何か知ってる?」
「さあ、聞いたことないな。まあ今日の昼の放送でもやるだろうけど、もし詳しく知りたいんなら、海にでも聞いて来いよ」
「え?海くん?」
なんで?と言うように二人は首を傾げた。
「あいつ、情報屋をやり始めたらしいんだよ。聞いてきた方が良いだろ。なんでモテるかも参考になるだろ?」
「……分かった」
B棟の廊下をずっと歩いた先に、一つ小さな部屋がある。
「はあ?なんでモテるか……って知らねえよ」
「でも、実際モテてるじゃん」
「いや、俺別にモテたくてモテてるわけじゃないし……」
紗季は怒ったようにため息を吐いた。
「はあ……アンタ眼鏡取った方がかっこいいんだし、取ってごらんよ」
「嫌だ!眼鏡取って、あんまり女子にモテたくないし……」
「ま、確かにアンタ女子苦手だものね」
小馬鹿にしたように笑う紗季の隣で、歩美は新聞記事を取り出した。
「ねえ。この傷害事件について何か知ってる?
「ん?」
海は目を細めたが、内容が読めなかったのか、眼鏡を取った。
「さあ……知らないけど」
紗季が「ありがとう」と言おうとした時、後ろから、ゴトッと何かが落ちる音がした。
「あ、す、すみません」
後ろに立っていたのは眼鏡をかけた前髪の長いぼさぼさのロングヘアの少女だった。
「……誰?」
「さあ……?」
カランカラン。
バーのドアが開いた。
「なんだお前らかよ」
マスターは困ったように言った。
「今、依頼でさ、なんでモテるのか聞いてるんだよ。教えて?」
「俺はモテてない、今年で5回しか告白されたことないんだ」
「十分じゃない。始業式から1か月も経ってないよ」
紗季が頬杖をついてマスターに言う。マスターは目を瞑って、答えた。
「まあ露はそれなりにモテるだろうし、聞いてみたらどうだ?」
「いや、これ山路からの依頼だから……」
紗季の言葉にマスタが驚いて目を見開く。
「あいつが?まあ、あいつもモテないわけじゃないけどさ」
「そうなの?」
「サッカー部にはイケメンが多すぎるんだ。あいつもかっこいいって言われてるんだろうけど、俺含め海とか、上位互換が多くて影が薄いのさ」
マスターはコップを拭きながら言った。紗季は苦笑いで「そう」と答えた。
「そうだ。この傷害事件について何か知ってる?」
「……いや別に知らないけど?」
「そっか。ありがと」
放課後……
事務所の窓からは夕日の光が漏れていた。その光がまるでスポットライトのように山路を照らす。
「率直に言うと、モテるための方法は分からなかった」
紗季がそう言うと、山路は「……結局顔かよ……」と肩を落とした。歩美は彼を見て「いや、別に、山路も顔が悪いわけじゃないからさ。性格だって優しいし……」と肩をさすった。
山路は顔を上げる。
「それって……いや、考えすぎだ……」
山路は顔を赤くして逸らした。その顔が夕日に照らされてよく見えない。
彼は財布から1000円を取り出し、机に叩き付けた。
「ありがとう」
そう言って去って行った。
「バイバイ」
歩美は胸の前で小さく手を振った。
「歩美、さっきのどういう意味?」
「え?」
歩美はとぼけたように紗季を見た。
「ほら、さっきの……」
「うーん。内緒‼」
歩美はくるっとソファへと歩いていった。
紗季の目には、夕日で照らされた赤いソファに座る、彼女の姿が写っていた。
海は放課後あの部屋に籠って仕事をしていた。
コンコン。
「はーい」
海は大きく返事をした。
「あの傷害事件について、詳しい情報をくれない?」
海は無言で頷いた。
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