丘の斜面には
戦車の砲塔、潰れた履帯
折れ曲がったヘリのローター
そして、無数の弾痕と焼け焦げた地面が
残されていた。
その中心に立つソーレンの姿は
まるで風のない夜に浮かぶ
黒い彫像のようだった。
「⋯⋯さぁ、まとめてやるよ」
低く呟くと、ソーレンは片手を掲げた。
その瞬間、空気がぐわりと揺れる。
周囲の残骸が、一斉に浮き始めた。
破片、砕けた装甲、銃身、兵士の遺体すらも
まるで見えない渦に吸い込まれるように
ソーレンの中心へと引き寄せられていく。
金属と血と焼け焦げの残滓が
ひとつの点へと集まり
凝縮し、圧縮されていく。
ギチギチと、金属がねじ切れる音。
骨が軋み、屍肉が潰れ
やがて
直径30センチにも満たない
黒い球が彼の掌の上に残された。
「塵は塵らしく、散っとけよ」
ソーレンが手を閉じると
その球体は
ぱらりと崩れて砂のように丘に散った。
跡形もなく、戦の痕が清算されていく。
その様を
少し離れた場所で見ていた時也が
柔らかく目を細めた。
「お疲れのところ
後片付けまで、ありがとうございます」
「おー⋯。
パッと見、こっちには被害は無さそうだな」
ソーレンは肩を軽く回し
煙草の火をもう一度、燻らせた。
辺りを見渡すその視線には
疲労の中にもまだ鋭さが残っている。
「ティアナの結界で店の中は無事でも
こっちはクタクタだぜ」
レイチェルは
とっくに地面に寝転がっており
顔だけこちらに向けながら
ふにゃりと笑った。
「うぅ〜⋯⋯ベッドが恋しいよぉ⋯⋯
ふかふかの⋯⋯柔らかいやつぅ⋯⋯」
「ふふ。そういえば、夕食もまだでしたね」
「⋯⋯お腹空いたぁ!
でも、今なら食べながら眠れちゃいそう」
時也は小さく肩を竦め、空を見上げた。
戦の名残が
まだ空気の中に漂っている気がする。
けれど、花の香が
それを包んで薄めていく。
今は、ただ。
「⋯⋯早く、朝になってほしいですね」
そう呟く彼の声は
いつもの静かな調子のまま
けれどどこか
遠い祈りのようにも聞こえていた。
喫茶 桜は、静かで
けれど確かに〝戦を終えた〟後の空気に
包まれていた。
リビングに集まっているのは
欠けることもなくいつもの面々──
時也、アリア、ソーレン、レイチェル、青龍、そしてティアナ。
それぞれが
それぞれなりに疲労を纏い
クッションに沈み込み、床に寝そべり
家具に寄りかかりながら
この静けさを噛み締めていた。
「お風呂⋯⋯入りたいけどぉ⋯⋯
動きたくなぁい⋯⋯」
レイチェルが
床に顔を埋めたまま呻くように言った。
ソファに背中を投げ出していたソーレンが
口元で笑いながら煙草を指に挟む。
「あ〜。
じゃあ、一緒に入るか?レイチェル」
「わー!
それ、ぜったい私に洗わせる気でしょ!?
やだよー!ひとりで入ってぇ⋯⋯」
「ふふ⋯⋯」
時也は
微笑みを浮かべながらカップを置くと
アリアの隣にしゃがみ込み
その指に軽く触れた。
「では僕は
アリアさんを先に入浴させて参ります。
皆さんは、どうか⋯⋯
このまま少しお休みください」
その言葉に
床の上に正座していた青龍が、頭を下げた。
「時也様。
アリア様の後に、どうか時也様も⋯⋯
お背中を、お流しいたします」
その場の空気が一瞬、ピシッと張り詰める。
すかさず、ソーレンが手を上げた。
「青龍、俺もー。たまには流してくれよ」
「私も〜!ツルツルにしてぇ〜!」
レイチェルも
床の上で両手を上げて転がる。
青龍は
ティアナがソファの上で
毛繕いをしているのを横目で見つつ
溜め息ひとつ、そして静かに言い放った。
「⋯⋯時也様をお流しした後
アリア様の髪を乾かし
お支度がありますゆえ。
それが済みましたら⋯⋯
検討はいたしましょう」
「つれないな〜青龍ぅ⋯⋯」
レイチェルがジタバタと寝転がると
ティアナがその足に尻尾を巻きつけて
軽く舐めた。
「ひゃんっ!
⋯⋯ティアナに世話焼かれてる!」
「ふふ⋯⋯
ティアナさんには
みんな子猫に見えてるのかもしれませんね」
時也はアリアの手を取り
彼女を静かに立たせる。
いつも通り──
家族のようなそのひとときに
時也は今はただ
安堵の笑みを零した。
コメント
1件
戦いの朝、眠りに沈む喫茶桜と、静かに進む記憶の侵食。 誰も気付かぬ場所で、狂気の脚本家は次の舞台の駒を揃え始めていた。 静寂の裏に潜む、静かなる侵略の始まり──