コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──十月。
空は高く、澄んでいた。
夏の暑さはすっかり消えて、肌を撫でる風がひんやりと心地いい。
今日は文化祭。
校舎の廊下には色とりどりの装飾が施され、屋台の準備でざわめく声が響く。
校舎には各クラスの出し物が並び、生徒たちの笑い声が飛び交っていた。
紬は友達と教室を歩きながらも、つい先輩のことを探してしまう。
図書室では、いつも静かにページをめくっていた彼も、今日は文化祭の中心で忙しそうに動いている。
「お、紬!」
突然声がして振り向くと、水森先輩が笑いながら近づいてきた。
手には何か小さな紙袋を持っている。
「先輩、忙しそうですね」
「いや、ちょっと手伝ってただけ。ほら、これ」
そう言って差し出されたのは、祭りで使う小さな景品の一つだった。
「ありがとうございます」
「まあ、紬に渡したかっただけ」
先輩の笑顔は、夏祭りの夜と同じで、空気まであたたかくなるようだった。
昼休み。
教室の窓から外を見ると、生徒たちが屋台の前で列を作っている。
「行くか、紬」
「はい!」
先輩の手に導かれるまま、校舎を歩いた。
屋台の光に照らされる先輩の横顔が、いつもより少し大人に見えた。
「じゃあ、何食べる?」
「うーん……かき氷?」
「いいな、俺もそれ」
歩きながら、ふたりで笑う。
人混みに押されて、肩が触れ合う。
小さな距離なのに、胸の奥が少し熱くなる。
夜になると、教室の明かりが灯り、屋台の提灯がゆらゆら揺れた。
「紬、楽しいか?」
「はい…すごく」
「よかった」
そのまま並んで歩く影が、秋の夕暮れに長く伸びていく。
静かな一瞬、言葉はなくても、心が互いに近づいているのが分かった。
文化祭の喧騒の中で、 ふたりだけの時間が確かにあった。