テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
帰宅後───…
玄関の電気をつけて、靴を脱いで
「今帰ったよー」と声を出してリビングに向かうと
そこに、いつもなら帰っているはずのちひろの姿がなくて
俺はネクタイをほどきながら辺りを見渡した
すると、キッチンのコンロの上に鍋が置いてあって蓋を取ってみると、中にはおでんが入っていた。
おでんは好きだ。
でも、作るのに手間がかかるからと滅多に作らないのに……。
(わざわざ作ってくれたんだな。)
そうこうしていると、部屋着姿のちひろが奥の部屋から出てきて
「あ、つばさ帰ってたの?おかえり!」
「あぁ、ただいま。おでん、わざわざ作ってくれたの?」
「うん、作り置きしてるとあったまるし、楽だよ〜。あと、母さんからもらった白菜も入れてるから!」
「そう聞いたら、お腹空いてきたな」
お腹がグゥーと鳴り ちひろはケラケラ笑ったあと 俺の分のお椀によそって渡してくれた。
おでんは、大根やこんにゃく、たまごなど色々入っていてとても美味しくて 俺は思わず笑みがこぼれた。
ちひろはそんな俺の向かいの椅子に座ると
「んー翼見てたら私もお腹すいてきちゃった、私もちょっと食べよっと!」
ちひろは、ニヒッと笑って言って、自分の分をお椀によそった。
───……
おでんを食べ終わり、食器を片付けてちひろの部屋に向かうと彼女はベッドの上で寝転びながら雑誌を読んでいた。
俺は、妻の隣に座って
そんなちひろの横顔を見ながらふと、今日あったことを思い出した───……
俺がΩになったとわかったら
彼女はどう思うだろう?
でも、優しいちひろのことだしきっとすんなり受け入れて大丈夫だよ、と励ましてくれるだろう。
そんな信頼から、俺は雑誌を読んでいる彼女の横顔を見つめながら言った。
「実はさ、今日事務所で具合悪くなって、医務室行ってさ」
「えっ、大丈夫だったの?最近撮影で忙しそうだったもんね…」
「うん、まあ、病気とかじゃなかったんだけど…その、さ」
「うん?」
「俺、後天性オメガって言われたんだよね」
すると、そんな俺の言葉を聞いた彼女は
少し驚いた表情をしてこっちを向いて口を開いた。
「え、後天性オメガって……。
それって、翼がΩになったってこと?」
「うん。」
「え…なんかの間違いじゃなく?だって翼はβでしょ?」
「いや、俺もそう思ったんだけど……検査結果にそう書いてあったから…」
すると、彼女は少し考えて
「私、翼がΩならあんま一緒に居たくないかも」
「え……?」
「もしそうならの話よ?だってΩだったら面倒じゃない」
そんなちひろの言葉を聞いて俺は呆然とした。
これまで付き合ってきて、そんなことを言われるのは初めてで……
ショックだった。
「あ、はは。そうだよな。ごめん」
「翼が謝ることじゃないけどさ……」
「もしかしたらちひろの言う通り勘違いかもしんないし、今週中にΩ内科行ってみるよ」
それからも、彼女はなんか歯切れが悪くて
俺は逃げるようにちひろの部屋を後にした。
───……
「……はぁ、」
部屋へと戻る途中、俺はため息をこぼした。
「今まで第二性について話したことがないから知らなかったけど、ちひろもΩは嫌なのかな…」
俺がΩだとわかった途端 ちひろのあの嫌そうな顔
ちょっと前まであんなに優しかったのに
急に冷たくなって
(これが現実か……)
そんな実感が湧いた。
もう今までのようにちひろと一緒に居られないのかな、なんて不安も過ぎって
瞼を閉じてもなかなか眠れずに寝返りを打ち
枕元に置いたスマホを手に取って時刻を確認するともう2時をを過ぎていて
明日も早いし寝ないとと思うのに完全に目が冴えてしまい、オールしようか迷っていたところ
(ん……?)
突然、壁の方から彼女の話し声が聞こえた。
もう3時なのに、彼女はまだ起きてるのか、と疑問に思ったが
隣の部屋は彼女の寝室だから彼女以外はありえない。
それに、秘密主義なちひろのことだ
俺がΩなんて言ったから…誰かに相談してたりする可能性もある。
そう思い、俺は隣の壁に張り付くように耳を当てた。
「もしもし嘉慶さーん?」
ちひろの話し声は俺と居るときよりも楽しそうでワントーン上がっていて
(友達か…?でもこんな深夜に??)
そんな不安が過ぎりつつも、壁に耳を押し当てたまま彼女の話に耳を傾けた。
「ウチの彼氏後天性オメガになったかもしれないとか言い出してさー、そろそろ潮時かなって感じ?」
そんな言葉が聞こえてきて、
俺は一気に鳥肌が立って頭が真っ白になって
心臓がバクバクした。
すると今度は通話相手の声がハッキリと聞こえた。
「しっかしその彼氏も気の毒だよな~推しのテオだっけ?その男と繋がりたいからってために利用されて、オメガだって知ったらバッサリ切られて?」
「も~それは別にいーじゃん!w」
「マジ悪女だわ~」
「ひっど~!仕方ないじゃん?テオ様と繋がるにはこれしかないなぁって思ったんだもん!」
「…でも全然合わせてくれないし、しかもオメガになったかもとかほざくんだよー?めんどすぎて推しどころじゃねぇよって感じ」
「がははっ!しかも彼氏が寝てる深夜見計らって今不倫相手の俺と電話してんだろ?」
「も~不倫相手は翼だからw本命は嘉慶さんだし!ま、明日は翼病院行ったりで忙しいだろうし家でヤろ?」
「オッケー!」
「じゃまた明日~おやすみ~♡」
通話はそこで終わったみたいだが
俺はしばらくその場から動けずにただ呆然としていた。
彼女は俺を利用していたんだということ
そして、妻に不倫相手が居たということ。
いや、あっちが本命なのか。
俺がΩかもしれないと判明して
このタイミングで俺から離れていくのかもしれないということ。
全てが一気に分かってしまい
俺はショックで何も考えられなかった。
(うそだ……俺だけじゃなかったのかよ……)
そんな思いが募って涙が滲んだ。
俺は壁を背にして床に座り込んだ。
翌朝
仕事を休んだ俺は念のため、と勧められたΩ専門の内科クリニックへの紹介状を握りしめ
クリニックに向かった。
専門クリニックでの診察は、より詳細だった。
いくつもの検査を受け、診察室で告げられたのは、医務室のそれと寸分違わない診断。
「正式に、後天性オメガと診断します」
その言葉は、俺の頭の中に重く響いた。
これまでごく普通のβとして生きてきた俺にとって
それはあまりにも突拍子もない、そして到底受け入れがたい現実だった。
いや、この際自分の第二次性がΩになったことなんてどうでもよかった。
それよりも、俺を悩ませているのは彼女のちひろのことだ。
クリニックを後にした俺の足取りは鉛のように重く
アスファルトを踏みしめるたびに未来への不安がのしかかる。
ちひろに、なんて言えばいいんだ。
ようやく自宅のドアを開けた瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡った。
寝室のドアの隙間から、聞き慣れた喘ぎ声が漏れてくる。
心臓が嫌な音を立てて早鐘を打ち、全身の血の気が引いていくのが分かった。
まさか、そんなはずはない。
頭では否定しても耳が拾う現実はあまりにも生々しい。
理性と本能がせめぎ合う中
俺の我慢の限界が来た。
怒りにも似た感情が胸の奥で渦巻き
次の瞬間には、俺は無我夢中で寝室のドアを蹴り破っていた。
視界に飛び込んできたのは、乱れたシーツの上で蠢く二つの生々しい肉体。
俺がその指一本すら触れさせなかったちひろの貞潔が
そこに、赤の他人の男に貪り食われていた。
脂ぎった男の背中が、俺の愛したちひろの白い肌にのしかかり
その動きに合わせてベッドが嫌な音を立てる。
絡み合う肢体から発せられる熱気と
背徳的な匂いが鼻腔を衝き、頭がクラクラした。
男の低い唸り声と、ちひろの乱れた吐息が混じり合い
悍ましい協奏曲となって俺の鼓膜を嬲る。
ちひろの白い脚が、男の背に絡みついている
その表情は――快楽に溶けたように蕩け
半開きの唇からは濡れた吐息がこぼれていた。
「……や、んっ……もっと、奥……」
掠れた声が、聞きたくもない音となって俺の耳に突き刺さる。
ちひろは、俺が一度も見たことのない顔をしていた。
媚びて、縋って、誰かの腕の中で――悦びに身を任せていた。
俺の愛した人間は、俺の知らない場所で
俺の知らない姿で、穢されていた。
俺の日常が
一瞬にして淫らな悪夢へと変貌した瞬間だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!