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「――まぁ、こんなもんだよな」
「はい~? 何です?」
「いや……気にしなくていいよ」
現在、ごくごく平和な背中流しが繰り広げられている。自分の想像とは全く異なったものだが、ルティに対し色気のようなものを求めてはいけない。淡い気持ちをほんの少しだけ抱いていたのは内緒にしておくとして。
これ自体、ルティにとっては一つの作業のようなもの。そしておれは、単純に背中を洗われているだけ。さすがに背中洗いで防御力がつくといった感じじゃ無さそうだけど、妙な感じがあったりして。
自称回復士の彼女はもしかすれば隠れスキルがあるのかもしれないな。
「しかし宿の部屋に温泉とは、よく許可されたな」
「えっ? してませんよ」
「――えっ」
まさかの自己判断か。
「樽をわたしの家から持って来まして、そこに温泉水を入れただけなんですよ~!」
どや顔されても答えに困るがまぁいい。ルティは手先が器用らしいし、下手な真似はしないだろ。
これも彼女の錬金術スキルによる賜物かもしれない。温泉水も単なるお湯じゃなさそうだし、支援だけに特化させたらすごそうだ。
「ルティ。その温泉水は万能効果があるようだけど、いつでも作れるのか?」
「それがですね~、そろそろ手持ちの素材が尽きそうなんです。アック様はダンジョンとか魔物狩りをする予定がありますか?」
やはりそうだよな。素材は無限じゃなくて、きちんと調達しなければどうにもならない。剣スキルを上げるのには魔物狩りがベストだ。そして必要なことでもある。とはいってもダンジョンはやみくもに探すわけにもいかないし、どうするか。
「スキュラが戻って来たら出ようかなと思ってる」
「本当ですか! それは楽しみですっ! ところで、ガチャで出した防具はどうするんです?」
「あ~……目立つよな、やっぱり」
あの荒くれ騎士たちにもからかわれたし赤は目立って仕方が無い。
「……アック様がよければ、装備の素材を頂いてもよろしいですかっ?」
「素材を?」
「はいですっ! 何かに分解出来そうなのです」
「まぁ、いいかな。どのみち赤い装備のままでは目立つだろうし、いいよ」
錬金術で何かしてくれるということか。
「ありがとうございますっっ! 嬉しいですっ、アック様!!」
「――っ!? なっ……!? うごぁっ」
突然背中に感じられたのはルティからの抱きしめと、羽交い絞めの連続攻撃。
嬉しさのあまりに抱きつかれたまでは良かった――。
だがこのままでは意識が遠のきそう。それに別の見方をすれば彼女の動きは怪しい動きなのでは?
「――何を……されて?」
悪いタイミングでスキュラが戻って来た。
「こ、これはだな、うぐぐぐおお……」
「あぁ、そういうことですのね。それでしたら――」
ルティの暴走に気付いてくれたか。
「これならすぐに解放されますわ」
スキュラはルティに対し麻痺をかけたようだ。
「ほええ……ぶくぶく~」
その効果はすぐに出て、ルティは樽の中で弱り切っている。
「全く、宝剣がふてくされていたかと思えば、今度はその娘と一体何をしていたのかしらね」
「イスティさま、大丈夫~?」
スキュラの後ろから隠れるようにして、フィーサの心配そうな声。
「……な、何とか」
スキュラと一緒に行動してたみたいだな。
「アックさまの為に動いていましたのに、ドワーフ娘に振り回されているようでは困りますわ」
「う、ごめん。それで、首尾は?」
「まずは、アグエスタを早急に出る必要がありますわ!」
「え?」
スキュラによれば剣闘場での勝利に関係無く、良くないウワサが騎士国に伝わったらしい。暴れたおれを介抱した老人が話を広めたようだ。
「ですので、外での騎士団もどきが全ての元凶ですわね」
「――というか、剣闘場を使用したのは無許可だったのか」
何の疑いも無く戦いを挑んだが、あちらさんも勝手にしたことだった。
「あたしが取引をしたアルビン・ベッツなる男からの話ですわ。勝手に剣闘場を使ったのは、キニエス・ベッツ。騎士団を勝手に率いたことで破門されたようです。その男は、ベッツ一家の追放者のようですわね」
なるほど、酒場でスキュラにあっさりやられた男か。
「本物の騎士がアルビン・ベッツ?」
「そうですわ。そして、アックさまが魔石化された勇者グルート・ベッツの兄でもありますわね」
勇者グルート・ベッツの家の者、ね。
「その兄が追っているのはもしかしておれなのか?」
「いいえ。敵討ちでは無いようですわ。目的は勇者が放置した魔物を倒せる強さの人間。敵討ちでしたら、出会った時点で襲って来ますわよ」
それもそうだ。こっちのことは全く知らなそうだったし。
「あの勇者はSランクとなるまで悪行三昧を……」
「勇者が魔物を放置……? それって――」
言いかけた所でスキュラが突然おれの口を塞いできた。
「……むごうっ?」
「しっ。アックさま、ここにいては捕まりますわ。今すぐ裏から逃げなければ!」
「むう、むうう?」
敵が近づいているのか?
「この国は貴族以外の人間がしたことを罪に問うのですわ。剣闘場でのことが公《おおやけ》になった以上、アックさまは罪人なのです」
スキュラが声をひそめながら言うように外が騒がしい。どうやらおれの破壊活動と騎士団との私闘による悪評が広まったようだ。
「ぷはぅっ……そ、装備を代えないと――」
「あら、失礼しましたわ。目立ちますけれど、その赤い装備を急いで整えてくださいませ!」
「わ、分かった」
貴族騎士の国というだけで嫌な予感しかなかった。しかしまさか追われる身になるとは。
「ほへほへほえ~……あれれ、アック様、どこへ~?」
麻痺が和らいだのかルティが上体を起こしている。
「ルティ、おれの背中につかまれ! ここを出るぞ」
「は、はいっっ!!」
「あたしは宝剣と一緒に出ますわ! アックさまはドワーフ娘と共に、外門へ!!」
もはや資金稼ぎどころじゃないな。剣闘場での行為もまさかそんな濡れ衣を着せられていたとは。