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#ファンタジー
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ところで、後に「太平洋大震災」と呼ばれた大災害が発生した時点に遡る。
僕は逗子鎌倉高校の一年生の金窪隼人(かなくぼはやと)16歳。父子家庭の一人っ子。
身長170センチ。痩せ型で猫背気味。
濃い眉と強い目と言われる。だけど顔は丸い。体のパーツで嫌いなところだ。
なぜかって、イケメンの男子は大体細面だし童顔って舐められる。
球技はとにかく苦手。
オンラインゲームは大好き。
父子家庭で、親父は元防衛省研究者で今は家でコンサル業をやってる。
住処は北鎌倉の山の奥。
あの日、僕は薄汚れた上履を半分脱いで、貧乏ゆすりしながら眠い授業を聞いていた。
制服のネクタイは半分ほどけ、シャツの第二ボタンも外れている。
全くやる気のない高校生を絵に描いたような姿だ。
あまりに退屈なので窓を見た。
斜め前の窓際の席に目が吸い寄せられる。
少し色の薄い髪の毛をポニーテールにまとめた横顔。細い首と三角形の顎の形が芸術的な美しさを作っている。
付けまつ毛かと思うほど長いまつ毛に彩られた光をよく反射する二重でエスプレッソ色の目は、黒板に集中している。
きっちりボタンを止めた真っ白なシャツ。そこからはピアニストみたいに白くて細い指が伸びる。
北条美咲さん、勉強もできて美人、それ以上に気位が高いというか清楚というか、とにかく僕にとっては神棚で拝みたくなるような存在だ。
そこで終了のチャイムがなる。彼女が視線を黒板から離した。僕は慌てて前を向いた。
あーあ、今日も終了。この後は特にやることなし。真っ直ぐ帰宅しようと靴箱を開けた。
「え!ラブレターじゃね?」
僕の擦り切れたハルタのローファーの上に何か載っかってる。
まさかね、学校の通知かな?それとも部活の勧誘?
右手を伸ばす。少しピンク色の封筒だ。や、やはり?震える右手で横長封筒を開く。
いやいや、左右を確認する。誰もいない。僕は39代目金窪流剣術伝承予定者だ。油断してはならない。
改めて封筒を確かめる。
周りが綺麗にギザギザで飾られた便箋だ。
開く。
ハートで飾られた丸っこい文字が目に飛び込む。
「♡♡♡ 隼人くん、大切なお話があります。2人だけでお話がしたいです。♡♡♡」
僕は不覚にも涙ぐんでしまった。
人生で初めてのラブレターだ。でも一体誰が?
便箋の下段に目を這わす。
服部日菜(はっとりひな)
グオオぉ、知ってるぞ。
一軍の中でも上位階級の5本の指に入る女の子だ。
小柄でゴム毬のようにいつも弾んでいる感じのキュートな雰囲気。ちょっとこなれた雰囲気で、渡辺とかクラスのワルたちをいいようにあしらっているのを見たことがある。
かといってヤンキーって感じではない。
少なくとも僕が「可愛いんじゃ」っている範囲だ。
名前の下にはインスタのアカウントが書いてある。
ここで我に帰り周りを見渡す。
何しろ僕はクラスで「皮肉屋」というポジションをとっているつもり(自分でそう思ってるだけ)。
ヤンチャはしないがルール違反行為にも寛容派でちょっと斜めに構えたような態度。それが僕の位置づけだ。
じゃないと球技も苦手で得意技もない帰宅部の僕なんてモブ以下だからね。
封筒をポケットに捩じ込むと靴を下ろす。慌ててタタキに落としてしまった。
靴下の先で靴をかき集め、僕は急いで学校を出た。校門を曲がると即、スマホをポケットから取り出した。インスタのアカウントを探し、DMを送ろうとする。ここで手が止まった。
素人丸出し?の返事じゃダサい。
うーん、いいや、スピードだ。とにかく入力だ。
「ありがとう、手紙読んだ。もちろん、オッケー。会いたいね」
画面を見つめる。すぐに既読。返事がくる。
「あたし、体育館のところにいるの。来れる?」
「僕も近いよ、今行くね」
ここでふと嫌な予感。まさかそこ行ったら、クラスメートが大勢いて「ちょろいな、ひっかかりやがったぜ」なんてことにならないだろうな?
そこでわざわざ迂回して現場へ。
彼女は1人で下を向いて立っていた。
手を後ろに組んでいる。短かいスカートが風で少しふんわりまくれる。か、可愛い。
そうだ、彼女、経験者っぽいから、もしかしたらファーストキスができるかもしれない。
そんな妄想で頭をパンパンに膨らませながら僕は彼女に声をかけた。
「ごめん、待った?」
振り向く。パッと明るく目を輝かせて跳ねてきた。
「金窪君、来てくれて嬉しい、これ内緒よ!」
彼女が駆け寄ってきた。
ちょっと馴れ馴れしく僕の肩を叩く。
それからニコニコしながら手を握られ、2人の距離が縮まった。
目の前の髪の毛からいい匂いがする。
僕の青春ホルモンは満員御礼放出サービス状態だ。もう、行くしかない。握った手を両手で包み込む。
顔が近い。少し吊り目だけど、綺麗な目じゃないの。
鼻筋が通った先に丸い鼻先。唇はぽっちゃりだけど綺麗なカラー。ルージュを薄く引いている。
柔らかいだろうな。彼女の切れ長の目が閉じられる。少し微笑んだようだ。僕はもう、ちょっと早いけどキスするしかない!と、口を寄せた。
外れた。
「あれ、嫌なの?」
彼女の体が揺らぐ。僕の肩を強く掴む。目の前の可愛い口が縦に開く。
「きゃー!地震」
そうなのだ、揺れていたのは彼女だけじゃない。僕の体もグラグラだ。
「でかいぞ」
どうする?ここでいいとこ見せないと。
「ビロン、ビローン」
今頃スマホが嫌なサイレンを吐き出し出した。
ここで僕はようやくキスを迫ろうとしているどころじゃないって気がついた。
でもいつか続きをしたい!
揺れは3分間も続いたろうか。視線を上げると電線が大きく揺れている。サイレンの音が聞こえてきた。津波警報が出ているようだ。こりゃまずい。
彼女は僕に
「またね、気をつけてね」
と、挨拶をして跳ねるように駆けて行ってしまった。
僕もやることがないので変えることにした。学校前の坂を下り、それから家への僕山道を急ぎ足でハアハア登りボロ家の玄関を開けた。築百年近い家。今回の地震にもなんとか耐えたようだ。
親父、金窪純一(かなくぼじゅんいち)はすでに畳の居間に正座している。
周りを見ると本棚から本が落ちている。
ちゃぶ台の上にはカップ焼きそばのメガ盛り。
「おい、お前も食え」
ゲジゲジ眉の親父はいつにもなく真面目な顔をしている。
右手でプラスティックの容器をずらす。僕の大好きなやつ。隣に並んで座る。湯気の向こう側にノイズで揺らぐ液晶画面。ネットニュースのテロップが流れる。
「ニュース速報です。太平洋大地震発生が発生、沿岸部には津波警報が出ています。今すぐ避難してください」
「東名高速、東海道線は復旧の見込みは依然として経っておりません」
「沿岸地域の被害続報」
「富士山に噴火の恐れあり、地域の方は避難してください」
「電力供給は依然不安定です。情報をご確認ください」
「引き続き余震が起きています。ご注意ください」
「各地の様子をお伝えします」
こうして、東南海地震と富士山が噴火。津波も発生し、日本は麻痺状態になったのだった。ソースの味が濃いはずのカップ焼きそばも味がわからん感じだった。
僕は親父と顔を見合わす。もちろん学校も休校になった。
3日後の朝、僕は親父とやっぱり居間でテレビを睨んでいた。
食卓にはご飯と庭の家庭菜園から取ったトマト。それに納豆。
画面では、まず各地の被害情報を報道。気象庁の予想、ついで自衛隊の活動などが紹介される。ニュースキャスターは次々に手渡される原稿に大忙しだ。
そうだ、服部さん、大丈夫かな?僕はスマホをポケットから引っ張り出す。震災でインスタも接続状況が悪い。つながるかな、と心配したが、彼女からすぐにレスがあった。
「そっちはどう?」
「うん、大丈夫だよ。だけどしばらく連絡途切れるかも」
「え、どうしたの?何かあれば応援に行くよ」
「お父さんがね、こういう状況だから北海道の実家にしばらく行こうって」
ふーん、初耳だけど、そうなんだろうな。
「そうか、うん、今回の災害って関東から南だもんな、北海道はいいかもね」
少し余裕を持って答えてみる。これでいけてる高校生のポイントアップだ。
「そうなの。明日にはこっちを出るわ」
え、なんだって?
「急だね」
「だって食べるものがないんだもん。ここにいられないよ。金窪くんちはどう?」
「うちは家庭菜園とかあるし、少しは大丈夫かな」
「お野菜自分で作ってるんだ、すごーい!」
ヤバ、山のボロ屋に住んでいることがバレる。
「日菜がいれば僕は大丈夫さ」
少し遊び人風にカッコつけてみた。でも彼女の反応は真逆。
「せっかく仲良くなれたのに。もう会えないかもね。残念。じゃあ、気をつけてね」
あっさり通話が切れた。
え、ちょっと待ってよ。それってもう別れ?早くない?キスの続きはどうした?
呆然として僕はスマホの画面を眺めた。
こうして、僕の初キスは地震に邪魔され、幸せで充実するはずの高校生活は消え去ってしまった。
そして、彼女の正体を知るのはずっと後のことになってしまった。
5日後の朝、やっぱり僕は親父と居間でテレビを睨んでいた。
今日は災害現場からの報道じゃないようだ。場面が切り替わった。
首相官邸のホールのようだ。
乱立する三脚。束になったマイクとコードの渦。血走った目とマスコミ関係者の怒鳴り声。
今度はスーツ姿の少し歳をとったアナウンサーが画面に大写しになった。
どうやら、首相の閣議場から出てきたばかりのようだ。寝不足で隈のできた目を吊り上げてマイクを握りしめている。
「北畠和夫首相が緊急災害対策を発表しました」
「近隣諸国から緊急援助が来ます。東アジア救援軍は日本への即時、部隊派遣を申し入れました」
「これを受けて、日本政府は救援軍上陸の全面受け入れを発表しました」
アナウンサーの声は掠れている。
「東アジア救援軍?そんなもの、あったっけ?」
僕は親父に聞く。
「知らんなぁ」
親父は腕組みをしている。ゲジゲジ眉の下の目は眠そうだ。
画面の中ではアナウンサーが引き続き声を枯らしている。
「これで緊急物資が届きます。復興も進むでしょう。ありがとう」
男性は薄っぺらい声とカメラ目線を外さない。
画面は再び切り替わった。
どこかの港の風景だ。津波の跡は見えない。おそらく日本海側のどこかだろうか。
先ほど発表された最初の救援チームが、段取り良く上陸を開始したらしい。
巨大な灰色の艦船が画面上に見える。
そのうち一隻が埠頭に接岸している。
船首の巨大な扉がゆっくり開いてゆく。その奥に多くの人とコンテナの気配。
そうか、これで、一息つけるに違いない。
でも、次の瞬間、その期待はものの見事に裏切られた。
「これが救援だって?」
僕は思わずつぶやいた。
だって画面に映っているのは、軍服姿の兵士だよ。
肩には銃が揺れる。ヘルメットの下には同じ顔。揃った足並み。そいつらが整然と灰色の船から降り立つ。その背後にある白い救援物資のコンテ。鋭い対比を見せている。
「侵略だな」
ニュースはさらに続いていた。
「通貨デフォルトに伴い預金封鎖が即日実施されます」
「え、預金封鎖ってなに?」
「銀行のお金が引き出せなくなったってことさ」
親父が応える
「それじゃ、モノが買えないじゃないの」
驚く僕。
「それだけじゃないさ、クレカもQ R決済も全部凍結だろうな」
「僕の貯金はどうなるの?」
「お前、貯金なんてねぇだろう。どっちにしても召し上げだよ」
親父は苦虫を潰した様な顔をしている。
ニュースは続く。
「新たにデジタル通貨の導入開始」
と、アナウンサー。
「代わりにこいつを使えってさ。使い物になるかよ」
吐き捨てるように言う。
そう、彼はもともと、防衛省の研究員だった。専門は暗号通貨で業界の第一人者である。
ニュースに名前が出たこともあったと思う。
ある時、市場で普及している暗号通貨の技術的な致命的欠陥を見つけてしまった。それを発表。
市場は暴落。多くの大富豪や政治家がゴッソリ資産や裏資金を失い、親父は逆恨みされた。その余波で防衛省を退官。
今は自宅でコンサル業だ。
その後、美人の母は恋人を作って出て行ってしまった。
そうだよな、国家公務員をスキャンダルでクビになり鎌倉の山奥にこもっているおっさんなんて愛想尽かすよな。
その時僕はまだ小学生だった。僕は母の抱き締める暖かさと安心感ってのをそこで失ったと思う。
以来、ガサツな親父と僕、この北鎌倉のボロ家で、ひっそりと暮らしている。
これだけじゃない。さらに、驚くべきことをニュースは伝え出した。
「自衛隊・警察は復興迅速化のため、東アジア救援軍の指揮下に入ります」
「災害視点の円滑化のため、自衛隊、警察含め、銃火器の使用は禁止されます」
アナウンサーは淡々と続ける。
「令和の刀狩りだな」
親父は呆れたような声を出す。
「親父、これって……」
流石の僕もショックを受けた。これじゃ、戦国時代に逆戻りじゃねぇか。
「なあ、隼人」
親父は画面から視線を外さずに言った。
「こりゃシナリオ書いた黒幕がいるな」
こうして、僕の人生は予想もしない大胆な方向に転がり始めたのだった。