「ルーイ先生の怪我に侍女の失踪……続いて警備隊の名を騙る不審者の出現ね。なんか事態が更にややこしくなってる気がするんだけど、これ収拾つくのかな」
「で、でも!! その不審者はすぐに捕まったそうですよ。リズが無事で本当に良かったです」
「……はい。レナードさんのおかげです。あの方がいらっしゃらなかったら、私はどうなっていたか……」
ルイスさんは大きく息を吐きながら不機嫌そうに組んだ足を入れ替えた。私たちに対して怒っているのではないと分かっているけど、彼から漂うピリついた空気に当てられて息が詰まりそうだ。リズも居心地悪そうに目線を下に落とし、自分の履いている靴ばかりを見つめている。
私たち3人は馬車に乗って移動している最中だった。リズは私の隣、ルイスさんは向かい側の席に座っている。狭くて密閉された空間にいるため、余計に圧迫感を感じてしまうのだろう。会話も途切れがちになり、気まずい空気が流れ始めていた。
「あー……ごめん。イライラして態度悪くなっちゃってた」
怖がらせてすまなかったと、ルイスさんが謝罪を口にした。眉尻を下げてバツが悪そうな顔をしている。そんな彼からは、もう息苦しくなるようなプレッシャーは感じない。安心して体から力が抜けていく。
ルイスさんが苛立つ理由も分かる。二番隊の隊員に扮していた謎の青年……ルイスさんはその人物と数日前に接触していた可能性があるというのだから。
先日の夕刻、リズが王宮に戻って来た。彼女の行動は想定外のものだったので皆驚いた。しかもリズはただ戻って来たのではなく、なんとレナードさんの代理として彼の任務を託されたというのだ。
「俺らがあの時……逃げた盗み聞きヤローを捕まえてさえいれば、姫さんの家に上がり込むのを防げたかもしれないんだ。あぁっ!! ムカつく!!!!」
「ルイスさん、落ち着いて下さい。もう捕まっていますから大丈夫です」
リズは拙いながらもレナードさんの代理をしっかりと勤めてくれた。彼の代わりにレオンに『報告』を行ったのだ。さすが、リズ。けれど本来であれば彼女がこんなことをする必要はなかった。
レナードさんが私の家に赴いた僅かな時間に、またしても事件が起きてしまったのだ。その影響で彼は現場から動くことが出来なくなってしまう。そこで、レナードさんの代わりとして選ばれたのがリズだった。次から次へと発生する問題に、セドリックさんたちは手一杯になっている。そんな彼らを手助けするために、彼女は自ら志願したらしい。リズにはリザベット橋の通行許可証があるし、彼女以上の適任はいなかった。多少の不安はあれど、セドリックさんはリズを信用して任せてくれたのだという。そうして、彼女からの報告を受けた次の日の朝……私たちはすぐに王宮を出発したのだ。
「でもレナードが直接見張ってなきゃダメなくらいヤベー奴なんだろ。そんなのが今まで野放しだったかと思うと悔しくてさ。もっと早く捕まえられるチャンスがあったのに、俺らはそれをみすみす逃しちゃったんだよ」
警備隊の隊服を着用した不審者が、私の家に堂々と入って来た。それを聞いた時は恐怖で体が震えた。使用人たちは言うに及ばず、リズも最初はセドリックさんが呼んだ応援なのだと疑いもしなかったという。
隊服の力って凄い……身に付けている人を無条件で軍の人だと思い込ませてしまう。だからこそ悪質でルイスさんも怒っているのだ。
私は知らなかったけど、警備隊の中に間者が紛れているかもしれないという疑惑自体は上がっていたのだそうだ。でもそれには何の根拠もなく、ルイスさんたちの勘。大掛かりな調査をするほどの説得力はなかった。しかしこの時、彼らが感じた違和感……疑惑を向けられた者こそが、私の家に現れた不審者と同一人物であろうと予測されている。『もっと深く追求していれば……』と、ルイスさんは当時の事を思い出して悔しそうに呟いた。
「最終的にはボスが上手いこと締めてくれるだろうけどさ……後悔先に立たずだよ」
「その少女と青年は、私たちと同じでニュアージュの魔法使いを追っているのでしたよね。リズの話だと、コスタビューテの者に危害を加えるつもりは無かったと供述しているそうです。身分を偽るのは許されないことですが、もっと詳しく事情を聞いてみる必要がありそうですね」
「口では何とでも言えるからね。苦し紛れの言いわけだと思うわ。大体連れのガキは先生に思いっきり手出してるんだからさ。釣り堀襲撃犯との繋がりは知らないけど、そいつらも同じニュアージュの人間なんだろ? 少なくとも魔法使いについては俺らより詳しいのは確実だろうね」
ルーイ様が襲われた件はとても腹立だしい。しっかりと罰して貰いたい。しかし、有益な情報を得られるのではという期待もあった。犯人のグレッグが死んでいるため、捜査の進行状況も芳しくないと聞いた。現状を打開できるチャンスだ。
最初に届いたセドリックさんの報告書と合わせて、レオンはどのように考えているのだろう。彼はバルト隊長と一緒にもう一方の馬車に乗っているため、今この場にいない。直接尋ねることは出来ないけど、きっと同じようなことを考えているのではないだろうか。
「クレハ様、ルイスさん。その侵入者……名前をノアというそうですが、私は彼と直接会話をしています。『ノア』は捕まっても余裕な態度を崩すことはなく、私の目にはそれがとても奇妙に映りました」
連れの少女共に拘束され、セドリックさんたちが見張りについている。どう考えても逃げることなど不可能。でもリズは、そのノアという侵入者の振る舞いが心に引っ掛かり、心配で仕方がないのだそうだ。
「私が気にし過ぎなのかもしれません。でも……皆さんどうか、十分にお気を付けて」
久しぶりに帰れる自宅……でも目的は事件の調査だ。レオンを筆頭に強い人が常に側にいてくれるからといって油断してはいけない。私はリズの忠告を己に強く言い聞かせるのだった。